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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

愛されている光子

義人はいない、ひとりもいない

トントン。「ハロー。ごめんくだなさい。」
誰だろうこの忙しいときに。うちの夕食が早いということを知らない人だから、押し売りだろうと思って、戸を開けるのをためらった。戸を開けずに、「どなた」と聞いた。
「恵(けい)さんのお宅でしょうか。」
「あなたは誰。」
「ああ、済みません。ノースショア教会のホイットマン牧師ですが...。」
「えっ。どなた。教会だって。宗教には興味がないから。」
「先日、母の日にいらしてくださったお礼に訪問させていただいてるんです。」
「今、とっても忙しいのよ。夕食のものがこげちゃいそう。誰かよくわからないし。宗教には関係ないし。それに訪問するときは電話してからきてください。それでは...。」
「ああ、すみませんでした。今度電話させていただきます。」
ドアーの内と外での会話だったのでその人がどんな顔をして帰って行ったか分からないが、やれやれ帰ってくれたと考えてキッチンに行った。「オニオンが焦げちゃったじゃない」と独り言を言いながら、今夜のデナーのスパゲティーを作り続けた。スパゲティーを茹でるお湯も沸きあがっていて、「何分話したんだろうね。この忙しいときに牧師かなんか知らないが、電話もしないでくるなんて失礼だよ」と思った。それでもクッキングしながら今の会話を思い出して、はっとした。「母の日に尋ねた教会だって。そうだ。あれは井上さんの教会だ。井上の栄(さかえ)に誘われて、母の日にランチを一緒にする前に行ったんだ。リックは、教会か、しばらくぶりだなあ、行こうと行って、行ったんだ」と思い出し、今その先生に何か失礼なことを言ったように思えて、びっくりした。「教会へ行くのは考えなくちゃ。行った御礼に訪問して来るんだ。でも電話もしないで来るなんて。」
夕食のとき、リックにさっきあったことを話し、電話しないで来るなんでアメリカ人らしくなく失礼だよと言った。リックは、
「恵、電話がかかってきて、今から訪問したいと言われたら、おまえは何んと言う」と聞かれ、恵は、
「勿論、忙しいとか、予定があるとか言って断るよ。」
「そうだろう。牧師はちゃんと知ってるんだよ。それで電話なしで来たのさ。」
「ふーん。なるほどね。でも何だか騙されたみたいだよ。ところでリックは教会に、子供ときは行っていたって言ってだけど、今はどうなの。」
「うーん。教会ね。覚えている限り教会に行ってたなあ。聖書の中のいろいろな話…。」
「聖書って、何。」
「ハハハ…。聖書を知らないんだなあ。日本人だね。聖書は神の言葉を神の霊に感じて書いたと言われているんだから、神の言葉だよ。」
「ふーーーん。そんな本があるんだね。それで教会ではその本の話をするの。」
「いろんな話があるよ。」その夜、リックは聖書のことを少し話してくれた。
日本では、クリスチャンのくせになどと言って、クリスチャンは、アルコールを飲んでははいけない、タバコは吸ってはいけない、ダンスはいけない、あれはいけない、これはいけないとうるさく言うらしいし、生活の楽しみがなくなっちゃう。アルコール、タバコ、ダンスなど週末に友達と寄り集まって楽しんでいる今、教会は止めとこう。興味もないし。
井上さんに悪いことしたかなあ。今度会ったときに言っておこう。教会の牧師先生が来たけれども、戸も開けないで追い返しちゃったて。
週末に栄たちと会ったとき、教会の先生が来たことを言って、井上さんに謝ってくれと言った。栄のところにも来たそうだ。栄はママ(お姑さん)の手前もあるので先生を家に上げて一応挨拶をしたと言った。
「この間教会に来てくださってありがとう。キリスト教のことを何か知っているかということと、どうしてアメリカに来たのかなどと聞かれて、尋問されてるみたいだったよ。」
「いやだね。」
「教会へ行って大失敗だったね。ゴメンヨ。ママが行ってみたらなどと言うからさ。」
「いいよ。いいよ。教会では良かったよ。子供たちのクラスもあって、みんな親切に話しかけてくれたしね。」
「本当に、温かみがあって。いい人たちだったね。」
「キリスト教というと、あれもこれも、してはいけないことが多くて、若い私たちには向かないって思ったんだよ。もっと楽しみたいからね。」
「そうそう、この間、ママのところで日本から来た若いクリスチャンに会ったよ。」
「どんな子だった。クリーンで、スクエアだった。」
「うん。ママがいい子だ、いい子だ。お行儀はいいし、クリスチャンとして育てると、あんないい子になるなんて言ってたね。」
「ふーん。ママのクリスチャン・プロパギャンダだね。」
「お父さんがギデオンとかいうキリスト教の団体の北海道支部の支部長さんで、とっても厳格でね、ダンス、映画はだめ、スカートの丈まで決められるんだって。」
「だからさ。私は何を言われても教会はおわづけだよ。」
「でもその子面白いこと言ってたよ。厳格なお父さんなのに一人でアメリカに行ってギデオンのこと、アメリカのキリスト教のこと勉強しておいでと、ギデオン関係のおうちに泊まって、英語の勉強、キリスト教の勉強してるんだって。それでね。その子が分かったのは、キリスト教は、あれしてはいけない、これしてはいけない教じゃないんだって。」
「何それ。」
「ミシガンの方のアメリカ人の家庭にお世話になったとき、教会の若い人たちがソフト・ボールのゲームをする日があって、その子も誘われたんだって。でもソフト・ボールをやったことなかったんだって。お父さんがそのような楽しみは罪だって言うんだって。」
「わあ、罪なんて。そんな言葉聞きたくもない。それであんた何と言ったの。」
「勿論、私はクリスチャンじゃないから何が善くて何が悪いかなど言えないけど、ソフト・ボールが罪だなんていうキリスト教には興味がないというか反発を感じると言ったわよ。そしたら本当よね。日本に帰ったらクリスチャンの人たちはもっとのびのびとソフト・ボールなどをして楽しんでもいいって言おうと思ってるって。そこのうちのご夫妻は、お食事のあとなど楽しそうにダンスもしていたんですって。日本のキリスト教のイメージ変えなくちゃって意気込んでたよ。」
「そう。でもキリスト教と教会はいまのところ関係がないよ。」
「私もそうしたいけど、そうもいかないときがあるけどね。」
なんだか日本のキリスト教とアメリカのキリスト教は違うみたいで、一体キリスト教って何なのだろうと、恵は少し疑問をもったことは事実だった。
恵のお父さんも厳格な人だった。お父さんは地主で村会議員、恵と十六歳も年齢の違うお兄さんは立派な軍人だった。お父さんとこのお兄さんのもとで、恵は息がつけなかった。尋常小学校卒業のときに、恵は主役に選ばれ劇に出ることになった。その劇はヨーロッパが舞台で、そこに育ったある女の子の話だった。一幕目で、「青きドナウ」をバックミュージックに肩を少し出してドナウ河の水で髪の毛を洗い、その長い毛を梳きとかしているシーンがあった。そのシーンがはじまったとき、劇を見に来ていた恵のお父さんはつかつかと舞台に上がって、恵を引き下ろし、家に連れて帰った。お兄さんはそれを聞き、学校に抗議を申し込んだというようなこともあった。
恵は同じ村に住んでいる従兄弟のところへ行くのが息抜きだった。そこは恵の家とは反対で、従兄弟の大学の友人たちがたくさん来ていて、自由にいろいろなことを討論し合っていた。恵も政治、経済のことを話すのは好きで、仲間に入れてもらった。
その中の一人に信太郎がいた。恵はその信太郎に恋をした。信太郎も恵を思ってくれた。そうなると若い人たちはどんなに大勢の人がいても目と目で話し合い、会う日を決め、遠い街へ行き外で会うようになった。信太郎は大学生なのに文科であったため召集令状が来た。第二次大戦の終わりごろのことだった。信太郎が出征する前に二人は行きつくところまで行ってしまった。恵には悪いことをしているという意識はなかった。信太郎は結婚を約束してくれた。信太郎が出征したあと、恵は身ごもったことを知った。こんなことをお父さんやお兄さんに知られたら殺されると思った。お母さんに相談して、お母さんの実家に行き、子供が生まれるまでそこにいた。その子は養子に出された。信太郎は特攻隊に入れられ、敵艦に突撃して名誉の戦死を遂げてしまった。
第二次大戦は日本の敗戦で終わった。日本の指導者階級は大混乱に陥った。地主制は廃止され、土地は全ての人に平等に与えられた。軍隊はなくなり軍人は何をすればよいのか、みな気が抜けたようになってしまった。恵の家でもお父さんもお兄さんも混乱していた。家も進駐してきたアメリカ兵に一時借用という名目で没収されてしまった。恵の始末どころではなく、小さない家に移り、来る日も来る日も、お父さんとお兄さんは縁側に座ってため息をついては互いに顔を見合わせているばかりだった。
家を没収して使っていたアメリカの将校が帰国することになり、家を返してもらった。その将校がお父さんとお兄さんとに、アメリカに帰るときに、恵をアメリカに連れて行き、その家の子供たちのお守りをしてもらい、学校に行かせるとの話しがあった。お父さんとお兄さんとはいいことだと、その話を有難く受け入れた。恵には相談がなかったが、その話を聞いたとき、監獄にいるような生活から出られると思い、有難かった。
シカゴに来て、言葉が分からず、食べるものも違い、全てに戸惑い、神経衰弱のようになった。大学に行くようになり、栄に会え、栄の家族とも行き来できるようになって神経衰弱も良くなった。また大学で知り合ったリックと結婚し、子供が与えられ、恵の生活は順調だった。しかし二番目の子が生まれ、結婚六、七年目になったとき、恵は、何か埋めることのできない溝が二人の間にあるような感じをもった。それは恵だけでなくリックの方もそうだったようだ。リックは、考えたいことがあるので別れて暮らしたいと言って家を出て行った。
上の子が幼稚園を終わり、小学校へ行くようになった。恵はアメリカの小学校では修身を教えないのに気が付いた。子供たちに善悪を教える責任は家庭にあるのだろうか。栄が修身学習のことをどう思っているか知りたくて電話した。栄もそのことに気がつき、いろいろな人に意見を聞いてみたら、ある人が修身の勉強は教会でするのだと言ったことを聞いて、なるほどと思ったと言った。それを聞いて恵も考えさせられた。
そんな話をしたあとしばらくして、栄から電話があり、ママから言われたので子度たちを教会に行かせることにしたと言った。恵もそれを聞き、リックに相談するため電話することにした。リックも電話しようと考えていたところだったと言った。恵は事務的に、娘たちを教会に送ろうと思うけど、どう思うかと聞いた。リックは賛成だった。リックは自分たちも教会に行ってみるのもいいことかもしれないなどと言って、恵を驚かせた。
子供たちをはじめて教会に連れて行く日だった。あの牧師先生と顔を合わせたくないなあと思いながら教会に行くと、栄と教会の入り口で会い、サンディー・スクールの先生方に紹介してもらった。そのあと何をしてよいのか分からず、車に帰って座っていると、リックとの電話では話せなかったことをあれこれと考えた。考えても答えがなく、考えだけが駆け回り、その中にどっぶり浸かり、押しつぶされそうだった。サンディー・スクールが終わったらしく子供たちが出てきたので、恵も子供を連れに教会に入って行った。先生にお礼を言い、来週もまたいらっしゃいとの言葉に送られて教会を出た。子供たちはサンディー・スクールがとっても楽しかったので来週もまた来たいと言った。
それからは毎週子供たちを教会に連れて行ったが、教会の前に車を止め、子供たちだけを教会に送った。サンディー・スクールが終わるまで、恵は車の中で新聞を読んだりして待っていた。そんなある日、車の窓ガラスをコツコツと叩く音で、新聞から目を上げると、ハンサムな日本人の顔をした人が立っていた。ウインドーを下ろすと、その人は丁寧に自己紹介し、大人のクラスがはじまるから出席していただけるだろうかと聞いた。新しい牧師先生が来ることになり、その先生が大人のサンディー・スクールをはじめることになったのだと言った。恵は、あの先生がいないのが分かったことと、丁寧な誘いに、承諾してしまった。今まで聖書を読んだこともないし何も知らないのだと言うと、その人は聖書は何回読んでもはじめて読んだように思え、知っていると思っても知らないことが多いし、新しい先生で、みんな新しくスタートするのだからと言って、恵を安心させてくれた。
先生は背の高い初老の白人で、優しそうに一人一人を見て微笑んでいた。自己紹介が終わり、聖書の一番はじめの本、創世記を勉強しましょうと仰った。恵は何も分からないままクラスに出席するようになり、はじめてキリスト教の神はこの宇宙の創造主で、人をも創られたと聖書にあるのが分かった。いろいろ疑問が沸いたが、クラスの中で質問する勇気はなかった。何回が出席しているうちにキリスト教の神は愛の神で、人の必要を満たそうとパッショネートに愛してくれると仰った先生の言葉が忘れられず心に残った。
夕食の支度に忙しいとき電話がなった。上の娘が出て、何かいろいろ話していた。誰からの電話か心配になり娘のほうに行った。娘は電話を切り、
「マミー、ダディーが帰ってくるって。今夜。今の電話、ダディーからだったよ。」
「そう。今夜、ダディーが帰ってくるって。マミーに話したいって言わなかった。」
「ああ、そうか。嬉しくって、じゃ、あとでねって、切っちゃった。ゴメンネ。」
「いいよ。ダディーが話したかったらまたかけてくるよ。」
「だって今夜帰って来るんだから…。」
「そうだね。じゃ、今夜は何にしようか。」と娘のはしゃぐ気持ちに引きずられ、いろいろ思う思いを押しやって、娘と気持ちをあわせることにした。
でも夕食の支度をしながら、リックが今夜帰って来るが、この一ヶ月半のセパレーションは何だったのだろう。リックは問題が解決できたのだろうか。恵は考えているうちに、この間のサンディー・スクールで聞いた神の愛、パッショネートに人を愛してくれる愛の神のことを思い出していた。恵がリックに対して持っている不満の一つは、パッショネートな愛のないことだった。今までは若さにまかせ、栄たち、友人たちと生活を楽しんでいて、リックへの不満も底のほうに沈んでいた。でもその不満が心にあるので、ときどきリックを引きずり回すようなことをしていた。リックは、そんなことでも心が重かったこともあったのだろう。恵はサンディー・スクールに出席し、自分を省られるようになり、考えをもまとめられるようにもなったと思え、驚いた。
リックが帰って来たが変わったとは思われなかった。リックもサンディー・スクールに出席してくれるといいのだがと思ったが何も言わないことにした。それでも恵はサンディー・スクールに出席するようになり、キリスト教の神はパッショネートに人を愛してくれると聞いたが、聞いたことがあるかと聞いてみた。リックはパッショネートに愛してくれる神はお前に合っているのではないかと言った。何ごともなかったように前とあまり変わらない日常生活に戻った。でも恵は恵なりにリックをあまりプッシュしないことにした。
日曜日がきて、子供たちを連れて、教会に行ってくるよと言っただけで、リックを誘ったりせずに出かけた。その日は人が犯した罪の話だった。人の罪。罪なって言葉は聞きたくもない恵だった。愛の神、そして人間の罪。一体どんな関係なのか興味が沸いた。全ての人が生まれながらにして持っている罪、それは創世記にあるのだった。神のようになりたいと思う思いが罪のもとなのだと先生は仰った。先生は続けて、神のようになりたいと思う思いとは、自分がしていることは全て正しく、自分には罪がないと思う思いだ。アダムはエバが悪いから自分はそうなったと言い、エバは蛇が悪いと言い、みんな自分がしたことを人の責任にして、自分は悪くなかったと言っていると仰った。恵はそれ以上聞きたくなかった。こんなはずじゃなかった。恵の心の中に仕舞ってあるものをこの先生からほじくり返されているようだった。
恵は結婚もしないうちに子供生んだが、それは自分が悪いのではなく、お父さん、お兄さんの理解のなさ、頑固さが恵あそこまで追いやったと思っていた。先生は自分は悪くない、人が悪くさせたと思う思いが罪だと言った。
夜になって、その日サンディー・スクールで学んだことをリックに話し、全ての人は罪人だと先生は仰ったけど、リックも罪があるかと聞いてみた。リックは神に反抗することが罪だから、教会から離れ神に背を向けている今の自分は罪人だろうと言った。先生が仰ったように全ての人が罪人であるのはそれでうなづけた。一体その罪、悪をどうすればいいのかとリックに聞いた。リックはその先生を家に呼んでお昼でも食べながら話し合ったらどうか。自分もその先生に会いたいと言った。
恵は、自分が罪人であることは容易にうなづけた。しかし罪人と分かった今、何をすればいいのか。次の週に牧師先生と昼食を一緒にすることが待ち遠しかった。必ず何かが分かると思った。
恵は、イエスが十字架で人の罪のために死に、蘇り、またいつの日か帰ってくることを信じ、キリスト者になった。恵みは自分の罪深さを知っている分、イエスの愛を深く知ることができ、またパッショネートは愛を欲しがった分、イエスはその必要を満たしてくれた。恵はイエスなしには生きることのむなしさを知るようになった。
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愛されている光子

愛されている光子 13 「闇の中の光」

「暗闇の中の光」
シカゴの晩秋は十月に始まる。十一月になると真冬のような寒さの厳しい日が訪れる。そんなある日、光子は出かける用意をしていた。電話が鳴り響き光子を驚かせた。出かける前の電話に少し苛つきながら、光子は受話器を手にし、「ハロー」と言った。
「光子、今日は寒いよ。」と光子のハズ、正だった。「ゼロ(F)・ウェザー(零下ニ十度C)との予報だったよ。」
「ああ、あなた。ありがとう。わざわざ電話くださって。小林さんの家は近いし、大丈夫よ。それに納豆作りに行くのだから、楽しみなのよ。」
「その納豆、今晩食べられるのかな。」
「まさか。二十四時間以上はねかさなければならないのよ。」
「残念だね。ホームメードの納豆を食べられると思ったのに。気をつけて行ってらっしゃい。山本先生にも、愛子さんにもよろしく。」と言って電話は切れた。
小林愛子は上手に納豆を作るのだが、半分以上ダメになるとのことだったので山形在住の弟から、山形にある納豆菌製造所の納豆菌と作り方の書いてあるものとを取り寄せ、送ってもらった。そのインストラクションに従って、今日は納豆作りをする約束をしていた。
愛子の家に着くと美味しい匂いが入り口のところまで漂ってきた。それはチキンを煮ている匂い、『今日のお昼はチキン・スープだわ。』などと考えていると愛子が出て来て、
「いらっしい。寒かったでしょう。先生、もう来ていらっしゃるわよ。」
「そう。あの先生はいつも早いから。良い匂いね。チキン・スープ。」
「あら、分かる。寒いからお昼はチキン・スープにしたのよ。昨日から煮ているからチキンのみも柔らかくほぐれてるわ。」
「美味しそうね。ありがとう。よろしくね。お昼、待ち遠しいわ。」
「美味しいといいんだけど。」
「あなたのお料理はいつも良い味がしてるから期待しているのよ。レシピ頂戴ね。」と言いながら光子はいろいろ着てきたものを脱ぎ始めた。
「オーバーなどはベッドの上に置いてもらったんだけど...。」
「はい。いいわよ。ベッドの上に置くわね。」
「先生はダイニングにいらっしゃるから。私はちょっとキッチンにいるから。」と愛子はキッチンに行った。光子はコートなどいろいろなものを愛子が言ってくれたベッドの上におき、そのあと先生のいらっしゃるダイニング・ルームへと向かった。
「先生、おはようございます。寒いですね。大丈夫ですか。」
「やあ、おはよう。私は車だから大丈夫だけど、君こそ寒いところ歩いてきて、大丈夫だったかい。」
「ハイ、ありがとうございます。近いですから。」
「ピック・アップしてあげればよかったけど、君が一方交通が多いからと言ったから。本当に一方交通ばかりだね。愛子さんの前の家は分かりやすかったけどね。」
「先生、間違わずに来られましたか。」
「まあまあだったけどね。一つ間違えると大変だね。」などと話し合っているところに愛子がお茶を持って来てくれて、
「どうぞ。」「ありがとう。」お茶を出したあと、愛子は、
「まず、納豆作りから始めましょう。チエ子もそろそろ来るでしょうから。」
「あら、チエ子も来るの。」
「ああ、ごめんなさい。一番に言おうと思ったのに忘れちゃった。先生が...。」
「チエ子さんが今朝電話してきて、何か話があると言ったので『今日は君達と納豆作りをすることになっている』と言ったら、『自分もお邪魔させてもらいたい。』とのことだったので、愛子さんに電話してOKをもらい、チエ子さんも来ることになったのだよ。」
「そうですか。良かったですね。私も山形から納豆菌がきたとき、それを使って納豆作りをするからって、一応誘ったのよ。彼女を。でも仕事があるでしょう。だから来れないと言ってたんだけど。チエ子、きっと何か急用ね。よほどの話があるのね。先生と。」
「君達にも聞いてもらいたいってことだったから。」
『ピーン・ポーン』
「あっ、チエ子ね、きっと。」と愛子はチエ子を出迎えに行った。二人で挨拶をしながらやってきた。三人で一応の挨拶が終わったところに、チエ子のコートなどをベッドに置きに行った愛子が戻って来て、
「さあ、お湯が沸いてるから。納豆作りをまず始めましょう。チエ子、今お茶を入れてあげるからね。先生も、光子もお茶の茶碗を持ってキッチンに来てくださいね。」
光子は納豆菌を取り出しながら、一応先生とチエ子に説明し、説明書を渡した。愛子は手際よく大豆をねかせる用意をし、大豆をオーブンの中にねかせた。そのあと皆で愛子を手伝ってお昼にすることにした。
「先生はどうぞダイニング・ルームの方においでください。今日はスープとパン、そして変な取り合わせですが、漬物で、昼食です。」
「美味しそうなパンね。」
「チエ子が持ってきてくれたのよ。」
「うちの近くに今度イタリヤン・レストランができてね、パンがとても美味しいとのことなので買ってみたのよ。美味しいといいんだけど。」
愛子はパンの包みを開けながら、
「イタリヤン・ブレッドはスープに合うし、美味しそうな匂いよ。」と言った。
「このスープ皿とスプーン、お箸などを持って行っていいかしら。」
「ええ、チエ子、お願いします。光子、その漬物切ってね。」
「漬物切ったら、私はこの漬物とパンを持って行くわ。」
「ああ、そこにあるオリーブ・オイル、パルメザンチーズ、それにスイス・チーズなども持って行ってくれる。パターもいるかしら。」
光子は漬物とパンをダイニングに置いてからキッチンに戻ってきて、
「愛子、みんなバターはいらないって。スープ持てる。」と愛子に言った。
「ええ、大丈夫よ。」愛子はスープを持ってきて、
「さあ、スープもお一人、お一人ここから各自のボールに入れてくださいね。さあ、頂きましょう。先生、お願いします。」
「ハイ、では食膳の感謝をしましょう。」といって先生はお祈りを始めた。
「ご在天の父なる神、あなたのみ名が崇められますように。小林家に集まり納豆作りの楽しいときをありがとうざいます。あなたもここにいてくださることを感謝します。備えられて食事を祝し体の糧、霊の糧としてください。これから語られる会話をもあなたが祝してくださいますように。イエス様の御名によって。アーメン。」
みんな美味しい匂いのするスープをいただき、その味の良いのに満足し、『美味しい』、『美味しい』と言い合って、レシピを日曜日に持って来てくれるようにお願いした。
食事はまだ続いていたけれども、先生はチエ子に、
「チエ子さん、何か話があるとのことだったけれど、今話しできますか。」と聞かれた。チエ子は皆の顔を見回して、
「皆さんも一緒に聞いてね。私に直接関係があることではないだけど...。」と言って話し始めた。
「私の働いている事務所の若い女の子のことなの。高校を出てニ、三年かな。まだ結婚もしていない子なんだけど、その子が私に話がしたいと言って来たの。その子はメール・ルームで働いていて、毎日二度はメールを配って歩くのでそのとき顔を合わせ、『ハロー』と言うくらいで、そんなに親しいわけではないのよ。でも一ヶ月くらい前だったかな。その子の誕生日にケーキを作ってあげたりしたのよ。三、四日前の朝、その子の顔色が余り良くなく、病気なのかなと思えるような感じがしたから、いつものハローだけでなく、『何か元気がないわね。風邪などひかないようにしなさいよ。』と言ったのよ。そしたら涙ぐんでしまってね。話がしたいって言われたの。」
先生はチエ子の顔を見ながら、
「あなたはえらいですね。そうやって人を見て、その人が何かいつもとは違うと分かるのだから。それが互に愛し合いなさいということでしょうね。」
チエ子はちょって恥ずかしそうにして、
「先生、そんな大それたことではないんですけど、毎日顔をみているとその人の喜怒哀楽ってわかるのではないでしょうか。」
「それはそうだけどね。あなたはそうやって人のことが分かるってとこあるわよ。ねえ。」と光子は愛子に同意を求めた。
「そうよ。チエ子、あるわよ。」
「そうかしら。気をつけなくちゃ。」
「そんなことないですよ。」と先生は仰り、「それは良いことで、きっとあなたに与えられた霊の賜物のひとつでしょうから考えてお使いなさい。」
「ああそうですか。ありがとうございます。」
「それからどうしたんですか。」
「ああ、すみません。話がそれてしまって。それでその子とお昼を一緒にする約束をしたんですけど、お昼まで待てそうもないその子の状態だったので、直ぐにお手洗いにその子を連れて行ったんです。その子の話は驚くべきことだったのです。『三日前にレープ(強姦)された。』って言ったんです。私は何も言えなかった。何か言わなければと思うのだけど何も言えなかったんです。それに私まで涙が出てきちゃって考えることなど出来なかった。その子と二人で泣いちゃったんです。だらしがないですが泣いただけでした。その子が仕事に戻らなくちゃというので、お昼を一緒にしましょうねと約束したんです。でもその日から昨日まで急な仕事が入ってしまって全然時間がとれず、昨晩は遅くまで働いたので今日は休ませてもらったのです。明日は出勤しその子とお昼を一緒にするつもりなんだけど、何を言えばよいのか。今日、先生はじめみんなとこうやってお昼をご一緒できたこと、本当に感謝しています。」と愛子の顔をみながらチエ子は話し終わった。
愛子は一番常識があり、こんな問題のとき答えを考えてあげるのに最適の人だった。
「お医者さんに行ったかとか、警察に届けたかとか。これらは常識的な質問よね。」
「そうよね。私はそんなことにも気が回らなかった。ただただ吃驚しちゃって、その上可愛そうという想い出いっぱいになってね。」
先生はゆっくりとみんなの顔を見回して、
「こういうことって多々ありますね。特にこの頃の新聞に載っているのはチエ子さんの話と似通った本当に悲しいニュースばかりですよね。この間も私の孫の行っている大学での乱射事件。娘は取るものも取りあえず大学へ飛んでいきましたよ。孫は何でもなかったけどね。大学生たちが精神的に病んでいる人が多いですよね。そのため何十人もの若者たちが何の理由もなく、只そこにいたためという理由で殺されてしまうんですから。親の気持ちはどんなでしょうね。」
「クェーカーの村落で起こった乱射事件も本当にかわいそうでしたね。先生。」と愛子。「愛子さん、あなただって乱射事件ではないけれども息子さんを亡くし、心痛めたからよくわかるでしょう。悪いことをされたときどうすれば良いか。考えるべきことですね。」
「私は息子の死によって真の神を見つけられたんです。先生のお蔭でもあります。感謝しています。」
「いや、私ではありませんよ。あなたのその経験を話してください。チエ子さんの助けになるかもしれませんよ。」
「そうですか。」と愛子は話し始めた。
「私は十六歳になる息子を亡くしたんです。自動車事故でした。バスを捕まえようとして飛び出した息子も悪かったんです。でも初めはそれが見えませんでした。ただ息子を撥ねた運転手さんが憎かったんです。私は仏教徒の家に生まれ、お寺に行ったことはないのですが、仏教徒と思っていました。それで息子が死んだときもおお坊さんにお願いし、お葬儀をしてもらいました。お葬儀は無事終りました。そのあと悲しみがどっと押し寄せてきて、悲しくて、悲しくて気が狂いそうでした。悲しくなると息子を引いたその女の人も、仏さんも、神さんもみんな憎らしくなりました。」
「そんな状態のときでしたか。私がきたのは。」と先生が口を挟んだ。
「いいえ、先生がいらしてくださったときはもっと悪くなってました。私は仏教のことを悪く言ったり、宗教の良し悪しを比較したりする考えは全然ありません。お寺のお坊さんは、私がそのように苦しんでいるときに来てくださったんです。それはそれで感謝しています。お坊さんは、『お子さんを亡くして悲しいでしょうね。私は子供がありませんし、子供の死に会ったこともありませんので小林さんの悲しみ苦しみを分かち合って慰めてあげることなどできません。でも仏陀は諦念の心を教えてくださってます。息子さんは十六歳の寿命で生まれてきたんです。ですからそれを考え、寿命として受け取り、仏陀の教えである「諦めること」が大切です。』と話してくれました。でも子供を亡くしてそれを「あきらめろ」と言われても諦め切れません。寿命だからと言われると誰が人の寿命を定めるのかと聞きたくなりました。寿命として息子の死を諦めることなどできることではなく、ますます悲しみ、迷い、苦しみました。その女の人を恨み、神や仏が寿命と定めるのかと考え恨み、怨念に満たされた邪鬼のような心の自分を見て苦しみました。」
「私の母は五歳の子を亡くしたとき気がふれたわ。」と光子は二十年近く前の母の苦しみを少しは理解できたような気がした。
「そうね。気がふれるか、気が狂ったほうが楽になれるかもしれないわね。そんなときでした。先生がいらしてくださったのは。今、冷静になってあのときの先生の話を考えると、先生の話も、何故息子が十六歳で死ななければならないのかという私の質問の答えにはなっていませんね。先生は神の愛と恵みを話されました。神は神の子を十字架に付けて死なせ、それによって愛と恵みを表してくださったという話をしてくださいました。先生の話された神は自分の子を亡くしている。私の苦しみを分かってくれるに違いないと思いました。先生はそれだけ話されてお帰りになりました。お祈りしてくださったのでしょうが覚えていません。泣いている私を残してお帰りになりました。」
「えっ、私がそんなことをしましたか。」
「ええ、お帰りになりました。でもその日のうちに電話してくださって、次の日にまた来てくださいました。そしてその日は難しいことを言われました。神は息子を十字架で死なしただけでなく、息子が死に至る前に、『この人たちを許してください。』と言わせているんですよと仰って、私に息子さんを死に至らしめたその女の人を許しなさい。どのような情況の下であっても息子さんを死に至らしめたその方は悪いでしょう。それは法に任せるとして、あなたはその方を許さなければ憎しみがつのり悪鬼のようになりますと仰いました。私にその方を許しますか、と二度お聞きになりました。」
「それでどうしたの。あなたわ。私もその点で考えなきゃならないことがあるのよ。噂の対象にされてね。それが全然間違った話になってしまい、多くの人たちから恨まれ、ボイコットされたことがあるのよ。」
「噂は人を殺すって言うものね。」とチエ子。
「先生の仰った許しのこと、朝も昼も夜も考え通したわ。ニ、三週間かかったかしら。先生に来ていただいて祈りながらその方を許し、神には私を許してもらったんです。」愛子は考え深げに話し続けた。「それはもう体中が暖かくなって、重い荷物をどさっと置いたような、体が軽く、軽くなったようでした。暗い、暗い闇の向こうに光が見え、その中に飛び込んだようでした。息子の死の悲しみはなくならなかったけど、邪鬼のような醜い心が見えなくなったのですから。それは良い気分でした。それから息子のこともその他いろいろ勉強させてもらいました。先生、本当にありがとうございました。」
「いや、さっき言ったように私ではないですよ。」
チエ子も何か分かったようで、感謝の気持ちを表して、
「今日は本当にいろいろとありがとう。お昼は勿論だけど今の話、本当に良かったわ。明日はその女の子とお昼を一緒にするけど、どのように話をするかが分かったわ。」
「私は今から帰りますから。」
「あっ、先生デザート食べなくちゃ。持ってお帰りになりますか。」
「じゃ、そうしてもらおう。」
先生にデザートを差し上げ、『さようなら』をしたあと、三人でデザートを食べながらまたおしゃべりをして楽しい時間を過ごした。
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愛子のチキン・スープのレシピを続きに書いたので作ってみてください。

愛されている光子

愛されている光子 12 愛されている光子

光子の上の娘、グレースの結婚式だった。三百人以上が招待され、ブライド、グルームの付き人もそれぞれ友人達が五人もつき、祝された結婚のはじまりだった。

グレースは株式のブローカーの資格も取り、良い環境で順調に仕事をしていた。グレースのハズ、ジェームスも良い仕事をもち、収入も多く、二人は人が羨ましがるような結婚生活をはじめた。プール付きの家も郊外に購入し、グレースは幸せそうだった。グレースは結婚後も遠くの郊外の家から毎日曜日教会に出席し、日曜学校でティーンの子供たちを教えていたし、金曜日には教会にくる殆どの子供たちのための特別集会を開き、新しい子供たちを連れてくるように奨励して、楽しく遊び、その中でイエスのことを教えていた。ハズのジェームスはクリスチャンだと言ったが、あまり主に仕えることはしなかった。でもグレースが教会へ来て子供たちの指導していることに文句は言わなかった。それだけでも光子は感謝していた。

そんな二人の結婚生活をみながら、光子はいろいろ考えていた。グレースは小さい時からボーイ・クレージーで光子を困らせた。グレースがボーイ・クレージーなのか、グレースのほうに何かあるのか、周りにいるボーイたちがいつもグレースを構うのだった。六歳くらいのときから、髪の毛を引っ張られたり、靴のかかとを踏まれたりして、光子に文句を言っていた。光子はそんなとき、きっとそのボーイはグレースのことが好きなのかもしれないよと言ったりしたが、それは大人になってからのグレースには良い結果ではなかったようだ。ボーイたちが表す「好き」という感情に混乱したらしかった。その後もボーイたちから高価な送りものを沢山もらった。少し大きくなると、高価な宝石、貴金属品などを贈り物として貰っていた。髪を引っ張られたり、靴のかかとを踏まれたり、高価な贈り物のプレゼントで表される「好き」という感情の表現に、グレースは戸惑っていたらしかった。こんなグレースと、光子はボーイフレンドのことで、何と多く言い合ったことか。白人のお母さんたちは、娘たちが何歳であっても、ボーイフレンドができると喜んでいた。光子にはそんなふうに考えることは出来なかった。グレースは、友達のお母さんたちは違うと言い、ボーイたちと夕食後どこかに出かけるのは普通のことだと思っていた。それでグレースと光子の意見がいつも食い違い、言い合うことが多かった。

光子は、自分は母親で、子供は母親の言うことを聞き、従うべきだし、親のいうことは全面的に正しいのだと言った。それに聖書の教えは絶対であると思っている光子は、聖書の言葉を引用してはグレースと言い合った。
「グレース、親の言うことを聞くべきでしょう。」
「だって、キャーシーのお母さんは行ってもいいと言ったわよ。それに早く帰ってくるんだから。」
「キャシーのお母さんとママの言うことと一緒にしないでよ。ママはあなたのことを思って言うのよ。宿題はどうするの。それに明日は学校に行かなければならないのよ。」
「だからそんなに遅くならないうちに帰って来るって言ってるでしょう。宿題はもう終わったわ。」
「ママは駄目と言ったのよ。聖書には親の言うことに従う子は祝福されるってあるでしょう。」中学生くらいまではここまでで、グレースは何もいわず、黙ってしまっていた。でも高校生になるとそうはいかず、グレースは、
「聖書に、親は子供を苛立たせてはいけないってもあるのよ」と言った。光子には、それは屁理屈にしか聞こえず、そのようなグレースに、ママはあなたのことを思って言ってるのに、そんなことを言うなんて、あなたはママの言うことを聞けない悪い子だなどと言って、部屋に追いやった。

中学生のときは、プレゼントされたものは返すように、また映画を見に行ったり、お食事に出かけたりするときは、グループで行くことと言ってあった。そして必ず誰と誰が一緒に行くのかと煩く聞いた。そして二人だけでそんなところに行くことができるのは十六歳、高校二年になってからであることを強く言って聞かせていた。何回声を荒げてグレースと言い合ったことか。グレースは長女で、小さい時からボーイたちがグレースの周りにいて、光子はずいぶんと心を痛め、どのように扱えばいいのか分からず、恐れていた。そしていつも必要以上に酷い言葉でグレースを扱った。

グレースが高校二年になり公然とデートするようになったとき、一言の弁解も聞かずに、光子は一方的にグレースのデートの相手をけなしたり、悪く言ったりした。それと言うのもグレースが選ぶデートの相手がいつも教会では問題視されているボーイたちだった。親の目から見ると、この女の子、あの女の子とデートの相手を探しているようなボーイで、その上教会にはあまり来ないし、そのボーイたちの親も教会には来ていないことが多かった。光子は自分は正しいと思い、グレースと話し合ったり、静かに教えたりせず、一方的にこうしなさいとか、それをしてはいけないとか、聖書にはこのように書いてあるでしょうとか言って、グレースに命令した。

大学を選ぶときも、多くの子供たちが家から出て州外の大学へ行きたがり、自分に合った大学を見て回って選んでいた。でも光子は一方的にシカゴ市内にある州立大にするように言った。グレースはそれに従った。しかしその後、グレースはそんな光子を無視するようになり、大学に入ってからは何も言わなくなった。勉強も良くしたが、いろいろな人とデートを楽しんでいた。女の子がデートに出かけ、夜遅く、一時、二時に帰ってくるのは、どんなにか親の心を痛め、心配なことか、子供たちは分かってくれないのかと、光子は思って過ごしていた。

そして大学四年のときに知り合ったジェームスは、高価な送りものをしてグレースの心を捉えた。光子はこのボーイのことを余り知らなかった。教会で育った子ではなく、他の教会から来た子だった。でも初めて会ったときの印象では、口が重く、男尊女卑を建前にしているようなところがあった。光子のお父さん、旦さんと似ているところがあり、気にかかった。光子はグレースに聞いた。
「今度の人はクリスチャンなの。」
「ママ、今度会ったときに聞いたら。」
「いつ会わせてくれるの。家に連れてらっしゃいよ。」
「ママが批判して、反対するから連れて来られなかったのよ。」
「今は、連れて来られるの。」
「そうね。今度連れて来るわ。」
「そう。クリスチャンか、どうかは聞かなくちゃね。いつも言ってるでしょう。聖書にはノンクリスチャンと結婚してはいけないと書いてあるって。」
「もう何回も聞いたわよ。そうね、ウィーク・エンドにでも連れてくるから聞いてよ。ママが直接。」
「そう、土曜日の夕食にする。」
「相談して、返事するから。」
そんなことを話したあとで、グレースはジェームスを土曜日の夕食に、やっと連れて来てくれた。そのときの会話からジェームスが一応はクリスチャンであることは分かった。ジェームスは、自分が一番で、自分は何でもできるし、収入が高い良い仕事をしていることを自慢しているようなところがあると、光子は思った。あとで、光子は反対しているわけではないけれどと前置きして、そんな批評をグレースにはっきりと言った。グレースは、またママの反対がはじまったと言って耳を傾けてはくれなかったし、ジェームスはね、普通はお喋りで誰とでもよく話をするのよ。きっとママだから口が重かったんじゃないのなどと言われた。

その後しばらくして、ジェームスはグレースに高価なアパートをミシガン湖畔にあるハイライズに借りて、住まわせるようなことをしたが、光子には何の相談もなかった。そして結婚することにしたとの報告を受けた光子は、光子のお母さんが、光子が結婚するときに言ったことをグレースに言いたかった。でも今さら何を言っても思い、何も言わなかった。でも言うだけは言えばよかったとあとで後悔した。光子のお母さんが言ったことは、「光子。あなたの結婚にとやかく言うわけではなく、あなたの結婚を喜んでいるけど、あなたのお祖母さんもそうだったし、私も、どうもうちの家系には、夫に何を言われても言い返したり、夫に反抗したりせず、夫の言いなりになる弱さがあるんだよ。あなたもそのことでは気をつけなさいよ。」とのことだった。それを聞いたときは何を言われているのか分からなかったが、あとになって理解できた。それでグレースの結婚相手に対して持った疑問が、光子に言ったお母さんの言葉をグレースに言いたかったのだ。

グレースは結婚後十年経ったとき、息がつまると言って離婚を考え始めていた。自分の意見が言えず、言われるままに生活していることに自分を見失ってしまったと言った。光子のお母さんの言う通りだったことに、光子は驚いた。おしてお母さんの言ったことを言っておけば何かの役に立ったかもしれなかったなどと思い、後悔したのだ。グレースの離婚の話がはじまったとき、一緒に住むようになっていた舅、姑が病に倒れ、昼夜二時間毎に痛み止めの薬をあげなければならないため、一睡もできないような日が続く看病の最中にだった。グレースの離婚問題が起こったのは、光子の子育てが悪かったからだと思った。

それにずいぶん前の話になるが、下の娘、リンダはやっと大学を卒業し、将来何をすればいいのか分からず悩んでいたことがあった。リンダは勉強の嫌いな子だった。高校ではほとんど勉強せずに卒業を迎えてしまった。それで良い大学に行かれず、大学を卒業しても、リンダは将来のことで深く悩んでいたのだが、光子はそれが分からなかった。リンダは何も言わず、悩んだあげく、最後には自殺を試みた。そんなことがあったあと、環境を変えて勉強に励みたいと言って、日本語の勉強に日本へと発って行った。

グレースの離婚のことと一緒に、リンダに起きたこれらのことが心に蘇り、光子が全て悪かったのだと自分を責めた。子育てに失敗したことを思い、落ち込んでしまった。舅、姑を寝ずに看病することと重なり、光子は参ってしまった。旦さんは、グレースもリンダも女の子だから、教育は全て光子に任せてあったと言って、相談にならなかった。

光子は、このグレースの離婚の話が出る前に、悪霊追い出しの祈りをしてもらい、イエスの愛を深く知ることができるようになっていたのを感謝した。またその祈りをしてくれた牧師先生とは親しく話ができたことも感謝だった。神は光子の問題を先取りして準備してくれたように思えた。そうでなければ、光子は精神に異常をきたしていたかもしれなかった。牧師は苦しんでいる光子をみて、
「そんなに苦しむことはないよ。この世に完全な親なんていないんだから。それに父なる神も子育てに失敗しているよ。」
「えっ、神が失敗?!」
「そうだよ。アダムとイヴのことを考えてごらん。」
「ふーん。本当にそうだ。でも何だかおかしいなあ」と、光子は考えさせられたが、そんな神にもっと親しみを覚え、更に一歩近づき、話することができた。

そんなとき光子は、友人がお祖母さんになるベビー・シャワーに招かれた。いつもはこれらシャワーに出席するのが光子は楽しみだった。シャワーには、ウエディング・シャワーとベビー・シャワーがある。新婚生活、ベビーに必要なものをまた式の日、または予定された日の二、三週間前にプレゼントしてあげる。そして品物のプレゼントだけでなく、新婚生活に必要な知恵とか、赤ちゃんを扱う上の注意とかをサジェスチョンしてあげるのだ。でもこの友人の娘の赤ちゃんのためのシャワーに出席することは、光子には少し苦痛だった。そして更に辛かったのは、このシャワーに出席している人たちの中に、グレースが離婚するらしいということを知っている人がいた。その人が光子に、
「光子さん。あなたはお孫さんがもてなくなるね。淋しいね」と言った。いつもの光子なら、教会のサンデー・スクールの子供たちがみんな光子の孫みたいだからと、冗談交じりに言えるのに、その日は何も言えなかった。人の口というのは、時々人の心を突き刺す矢のような役目をする。恐ろしいことだ。そうだグレースにはまだ子供がいなかった。子供がいないのが離婚するときは助かることだ。親が離婚すると子供が可哀そうだと思い、その人が言ったことは辛いことだったが、子供がいないことは良かったと思えた。

グレースのことは、牧師先生にも来ていただき、みんなで話し合い、離婚しないで何とか二人でやって行くようにと話したが、全然駄目だった。グレースは離婚したいの一転張りで、とうとう離婚してしまった。そのあと教会へは出席しなくなった。

グレースの離婚、舅、姑の病、そして死などで転倒している光子たちのところに、二番目の娘、リンダが「神の時は美しい」という歌を聞き、そのときが来たことが分かったと言って、日本から帰ってきた。熱心に教会に出入りし、病人を見舞ったり、ナーシング・ホームを訪ねたりしていた。そのうち仕事を見つけ光子たちのところから出て行った。しばらくして、結婚したよと言ってやって来て、光子を驚かせた。五歳も年下のボーイだった。リンダは勉強しないことで光子を困らせ、高校生のとき多くの時間をかけて話し合い、最後には喧々囂々とやりあった。でもボーイのことでは心配しなかったのに、この突然の結婚のことには驚き、不安だった。結婚式もしなかったが、光子の友人たちに祝されて、何も持っていない二人のためにとシャワーをしてもらい、安いアパートだったが、イヌなど飼ったりして楽しそうに生活していた。

しかし二年くらいして暴力を振るわれて、着の身着のまま、リンダは逃げてきた。それでリンダを連れてアパートに行き、リンダのものを持ってきた。でも朝起きたらその子が光子のアパートの裏のポーチに寝ていたりして、恐ろしかった。その子が、「悪かった。これからは気をつけるから」と言うのでその子の話を聞いた。でもリンダに帰るようには言わなかった。リンダはデートしているときにも暴力を振るわれたが、自分がこの人を治してあげようと思って、結婚に踏み切ったそうだ。そのあといろいろあったが、子供もおらず、お金もなかったし、離婚が成立した。

光子の二人の娘は、それからは結婚せず、職業婦人として仕事に励んでいる。二人とも子供が生まれる前に離婚したので、光子たちには孫はいない。年末年始の挨拶状、そしてクリスマス・カードが、年末になるとたくさん送られてくる。その中の多くは、光子の友人たちが家族、そして孫に囲まれた写真で作ったカードだった。それを見て光子は、自分は神に愛されているだろうか。グレースの離婚騒ぎのとき、あの人が、孫がもてなくなって淋しいねと言ったなあなどと思い出される。

聖書の中では、女の数は数えないのが普通で、五切れのパンと一匹の魚で五千人に食べさせたミラクルでも、その五千人は男の数だけとのことだ。また旧約聖書の中の系図でも、普通は男の人の名前だけなのだ。女の子しかいない光子は、愛されているのだろうかなどと考えてしまう。その上、孫がいなくて淋しいでしょうと二、三の人に言われたし、これも光子が愛されているのだろうか考える理由だった。

光子は聖書の中のできごとや、人々が言うことによって、愛されているのだろうかなどと考え、滅入ったりはしないことにした。光子は情熱的に愛されていると思っている。愛され、祝福されていると思えることが多くあるからだ。イエスがいつも一緒にいてくれている確信がある。年をとると忘れることが多く、人を呼んでデナーをするときなど、忘れ物がないかと考え、これでよし、万事完了と安心すると、天ぷらするなら油が少ないよなどと思い出すのだ。光子は、イエスが側にいて見ていてくれているからだと思え、些細なことでも感謝する。教会で子供たちのミニストリーで働かなくなっても、ブログでイエスのことを書いたり、キリスト者でない人たちが編み物を習いたいなどと出入りしてくれたりしている。これもきっとイエスがこれらの人を送ってくれているからと感謝する。負け惜しみでなく、孫がいたらできないことをたくさん用意してくださるイエスに感謝している。

孫がいないことでは、グレースとリンダが老人になったとき淋しくないかなあと少し心にかかるときがあるくらいだ。この不景気のとき、グレースは株式ブローカーとして、職がなくなるかと思ったこともあったが毎日忙しく残業しているし、リンダも弁護士事務所で忙しく働かせてもらっている。これらのこともイエスに感謝できることだ。

ただ一つ、グレースとリンダがイエスを愛し、仕えるようになるために教会に戻ってくれるように祈っている。これが光子の肩に重くのしかかっている十字架である。「一度神に捕まりイエスを受け入れた者を神は離すことはない。人が神から離れても、神はしっかり捕まえててくれる。自分もそうだった。グレースもリンダも神に捕まえられていて必ず戻ってくる」と言ってくれた人に感謝している。光子の願い、祈りがいつ現実化されるか。光子の生きている間か、死んでからか。それは神の時だから分からない。

最後に、愛されていると思える光子の第一の理由は、神は何故か分からないが、光子をイエス・キリストを信じるものにして下さったことだ。これを思い大いに感謝し、光子は愛されていると考えている。

愛されている光子

愛されている光子 11 自由になった

「ハロー?」「ハロー、光子?}「ああ、恵(ケイ)、どうしたの?」
「ええ。どうしたのと聞きたいのは私なのよ。」「どうして?」
「だって、あんたこの頃どうかしてない。ぼんやりしてるし。何があったの。」
「・・・。」「どうしてだまってるの。」
「うん。恵、あなた子供たちとゲームしたりして遊ぶ。」
「何よ、突然。私はね、子供たちとよく遊ぶよ。ワード・サーチは難しいけど、日本の双六みたいなゲームは簡単だし、楽しいじゃない。そしてうちではリックがギター弾いてくれるから、ゲームの中で罰に芸をしなさいなんていうのがみんな大好きなのよ。」
「そう。楽しそうだね。」
「楽しそうだねって。あんたは子供たちとゲームしないの。」
「恵、私はね、何だか楽しんだりしてはいけないみたいに感じるのよ。話したでしょう。神がしなさいってことをしないで逃げ出しちゃったこと。それって、神の言うことに逆らったというか、しなかったのだから罪なのよ。」
「それだからどうしたの。罪を犯さない人なんていないし、罪を犯したのだから楽しいことをしてはいけないの。」「だって、...。」
「あんた、イエスのこと間違って考えてるんじゃない。私だって大きな罪を犯していたよ。イエスに会い、聖書を勉強すればするほどその罪が心にのしかかってきたけど、ある日とうとう分かったのよ。こんな罪人でも、イエスは愛して許してくれるってね。」
「あなた、どんな罪をおかしたの。」
「光子。今日は私が心配してあんたに電話したんだから、あんたのことなのよ。私のことはいつか話してあげるよ。」「ほんとうよ。」
「ところで、罪を犯したんだから楽しいことしちゃいけないって、あんた本当にそう思えるの。」「そうね。そう思えるというか、そういう考えになっちゃうというか。」
「あんた悪霊というか。サタンを信じる。」
「信じるし、霊の世界のことはいつも考えてるよ。」
「そう、自分のことって分かんないだね。あんたね。あんたが、罪にあるものは楽しんじゃいけないなんて考えるのは、サタンのささやき掛けだよ。」「うん。そうだね。」
「あんた、サタンと戦わなくちゃ。それに子供たちが可哀そうじゃないか。」
「そうだね。ありがとうね。電話してくれて。」
「一人で考えないで話しなね。」「うん。じゃ、またあなたの話も聞かせてね。」
恵からの電話を切ってから、光子は考えてみたが、どうしても罪を犯していると思う思いが重くのしかかってきて、がんじがらめになった。

恵は光子を見ていてくれて、電話をしてくれたり、あれこれと心を配ってくれてる。有
難いことだった。でも恵が言うように、罪について口にだして謝っても、光子には許された、自由になった、心が晴れ晴れしたというような思いにはなれなかった。時間が経つと元の木阿弥で、苦しんで、落ち込んでしまうのだった。

光子の教会には牧師がおらず、こんな苦しみを話して相談するには、どうすればよいのか。それに神の声が聞こえたなどと牧師でも言わないほうがいいように思えた。
そんな苦しみの中にいた光子に朗報が伝わってきた。フール・タイムの牧師が雇われるらしいとのニュースだった。恵は、今度来る牧師は、若く、経験も浅いらしい上に、説教よりも教えることのほうが良いと言っているが、それでは牧師が務まらないのではないかと心配していた。光子は、それとは反対に、心に期待があった。何か光子の心霊に触れるものがあった。それが何のか分からないが、その牧師が言ったことの一つに、自分は神の声にならない声に導かれて、この教会で働くことにしたと言ったことだ。この牧師は、もしかしたら神の音になった言葉を聞いているかもしれないと光子は思った。

しばらく経ったある日、牧師は光子に、今度の土曜日に悪霊追い出し(デリバランス)の祈りをするので手伝ってくれと言った。光子は「はい」と答えたものの、デリバランスなんて映画などで見るあの恐ろしいエクソシズムのことじゃないのか。心配性の光子は、悪霊に取り付かれたり、暴れ出されたりしないのだろうかと心配した。

光子は、土曜日に会う人の名前も知らなかったが、何かと心にかかり、時間をかけて祈っていた。光子は祈っているとき、目の前に何か黒い人の形をしたようなものがすーっと過ぎ去って行ったのを見たり、頭の上から冷水を浴びたような感じがしたりした。
土曜日が近づくにしたがって、心が重く、深い深い沼の底に引き込まれるような感じになり、もがけばもがく程、もっと深く引き込まれるような感じで恐ろしくなった。これは悪霊の仕業なのだろうか。こんな状態では土曜日に会ってデリバランスの手伝いをすると言っても何ができるのだろうか。はじめてなのでその恐れもあるのだろう。何はともあれ、「全てのことを益としてくださる」との神の約束を頼みとしようと考えた。
とうとうその土曜日がきた。光子は早めに教会へ行き、お茶を沸かしたりして、今日会う人たちが来るのを待った。牧師はお茶や水を出すときはペーパーカップを使うようになどと言った。何故なのだろうなどと考えていたとき、その人たちが来た。お父さんのトムと息子のジェーソンの二人で、牧師も光子もそれぞれ紹介し合い席についた。飲み物はいらないとのことだった。お父さんは会の始まる前にお手洗いにと立って行った。ジェーソンは、ここは落ち着けないから帰りたいなどと言い出したが、お父さんが戻ってきてジェーソンに声をかけると椅子に座りなおした。

ジェーソンは二十歳とのことだが、どこか頼りなく十五、六歳の少年のようにみえた。牧師は、ジェーソンが電話してきたときのことを確認した。ジェーソンは麻薬をやっていたこと、アルコール依存症でもあること、女性関係もあることなども話した

牧師は、デリバランスをはじめる前にもう一つ確認しておきたいと言って、イエス・キリストの福音、聖書は神の言葉であること、それから悪霊が人に働きかけること、人の中に住みつくことがあること、その悪霊を追い出せるのはイエスであり、聖霊の働きによるものであることなどを信じるかどうか聞いた。二人は牧師が質問した一つ一つに、信じると答えた。

デリバランスの祈りの方法を牧師は説明した。聖書の中にはイエスが悪霊に声をかけて導き出している。自分もそのように悪霊に声をかけて導き出す。ただ、導き出した悪霊を入れておく箱を作り、その中に悪霊を一つづつ入れて、審問する方法を用いる。そうすることによって悪霊をコントロールできるからと言った。

はじめる前に四人がそれぞれ自分たちの罪の告白をするために、第一ヨハネ1章9節をジェーソンに読むように言った。ジェーソンは読みはじめたが、頭の中が真っ黒で何も分からない。この聖書の言葉も何を言っているのか分からないと言った。牧師は、それではまず一番初めにジェーソンの思考を惑わしている悪霊を追い出さないことには何もできないと言って、その悪霊を導き出し、入れるための箱を作り、聖霊と天使達に守り固めてもらう祈りをした。

ジェーソンを惑わしている悪霊に箱に入るように命令した。ジェーソンは、箱も見えるし、箱の中にいる悪霊も見えると言った。牧師はその悪霊の名を聞いた。ジェーソンは直ぐにスティーブという名前だと言った。何の為にジェーソンのところに、そしていつからいるのかとの質問を一つづつ聞いた。ジェーソンは、はっきりと、思考を遮り何も理解できないように、二年前からジェーソンのところに来ていると言った。牧師は、その悪霊ともども一緒に働いている他の悪霊全てをイエスの何よって地獄の底に追い払ってくれるように、聖霊と天使の助けを祈り願った。

ジェーソンの様子が変わり、体中が痛い、手指に痺れるような感じが走り抜けており、震えが止らないと言って、指先で机を叩き、体中を震えさせ、足を踏み鳴らしはじめた。牧師はジェーソンの名前を呼び、ジェーソン、今何処にいるのか、誰と話をしているのかなどと質問した。ジェーソンは目をつぶり、牧師の顔も見ていられない状態になった。牧師は、話しているのはジェーソンか、ジェーソン、ジェーソンと名まえを呼び続けた。ジェーソンは、体中が痛い、痺れると前のように苦痛を訴え続けるので、牧師はジェーソンの肉体を痛みつけている悪霊を取り除くと言った。ジェーソンは、その悪霊の名前はルービンといい、二年前から来ていると言った。牧師はその悪霊を呼び出し、前と同じように名前を聞き、何故ジェーソンのところに来たのかなどを確認した。そしてイエスの何よって地獄の底に追い払ってくれるように、聖霊と天使の助けを祈り願った。

光子はジェーソンの体を抱きしめてやりたい思いになったが、牧師が何もしないのでじっと祈っていた。と牧師がジェーソンの名前を呼び、ジェーソンの片手を握り締めた。光子も反射的に反対の手を握り締めた。その手の冷たいこと。昔、光子の手の中で死んでいったお祖母さんの手を思い出した。そのあとも何回か悪霊を呼び出し、同じようにして悪霊を追い出した。少しづつジェーソンの体が静まってきた。

ジェーソンがお手洗いに立ったとき、お父さんが電車の中でも、道を歩いていても、今のように体中の震えがはじまるのだと言った。それからジェーソンのガールフレンドというか性的関係のある女性はよくないのだとも言った。この女性とは二、三年前から付き合っているのだが、どうもその頃から急にジェーソンは悪くなったようにも思えると言った。光子は、さっきから悪霊にも性別があるのだろうか。ジェーソンは男性名だけを言っていたが、光子には女性名も聞こえていた。女性名の悪霊がいるのもうなずけるななどと考えていた。
ジェーソンがお手洗いから戻ったとき、牧師は、今日はこれで止めて、またの機会にしてはどうかと聞いた。ジェーソンは続けたいようだが何も言わず、目を開けていられないから目をつぶっていて良いかなどと聞いた。でも時々目を開けて、牧師と光子をジロリと一瞥する目の氷のような冷たさ。牧師はそんなジェーソンに、立ってお父さんに抱いてもらって、お父さんとの愛を確かめるように薦めた。お父さんはそれを喜んで立ち上がり、二人は抱き合っていた。ジェーソンの体の震えも、お父さんに抱きしめられて完全に止んだ。牧師は、そんなジェーソンにどうするか聞くと、ジェーソンは続けたいとはっきり答え、席についた。でも目を閉じたり、開けたりはしていた。お父さんはジェーソンの震えがはじまらないようにと願ってか、肩をしっかりと支えていた。

牧師はジェーソンをゆったりさせるためか、ジェーソン、お父さんとどんな楽しい思い出があるか、ジェーソンはお父さんが好きかなどと聞いた。ジェーソンはあの冷たい目を半分開けながら、お父さんはとっても優しいよ、お父さんとキャンプに行ったり、釣りに行ったりしたよと答えた。お父さんのほうは、ジェーソンがそんな答えをしたとき、何か落ち着かない様子だった。牧師はそんなお父さんを一瞥しただけで、続けてジェーソンにもっと何か思い出せるかと聞いた。ジェーソンは落ち着きがなくなり、短い息をハアハアとしはじめた。牧師はお父さんに席につくように言い、ジェーソン、どうした。ジェーソンと名前を呼んだ。ジェーソンは過去のことが何も思い出せないと言った。
牧師は、過去のことを思い出せなくしている悪霊を呼び出し箱に入れて追い出そう、ジェーソンまた協力してくれるねと聞き、悪霊を導き出し、名前を聞いた。ジェーソンはジョージだと答えたが、牧師はいやその名は本当の名前ではない。何と言う名前かと聞き続けた。ジェーソンは耳を澄まし聞いているような様子で、二、三度いろいろな名前を言った。最後に、その名はジュリアンだと言った。牧師はそうだその名だと言って、何のためにジェーソンのところに来たのかと聞いた。お父さんはじめ家族を痛めつけ破滅に追いやるために随分前から来ていると言った。牧師は、この悪霊もイエスの名によって追い出そうと言い、祈った。そのあと小刻みに震えているジェーソンに、確かめるように、ジェーソンの考えを纏わし考えられなくしていた悪霊も、体を痛めつけた悪霊も、今また過去を思い出させない悪霊も追い出したんだよ、分かるかと念をおした。

そのとき、お父さんが自分は良い親ではなかった。離婚の過程で子供たちをないがしろにし、まだ小さかったジェーソンが煩くするので感情に任せて叩いたりもしたと言って、ジェーソンに謝り、許してくれと言いはじめた。ジェーソンはそんなお父さんをじっと見ていた。お父さんは立ち上がりもう一度ジェーソンを抱きしめたい様子をしたので、ジェーソンも立ち上がり二人はまた愛を確かめるように抱き合っていた。

牧師は、今日はこれまでにしよう、主な悪霊はいなくなっただろうと言ったので、光子は悪霊に性別があるのか分からないが、女性名の悪霊が多くいるようだと言った。ジェーソンも、お父さんも席につき、ジェーソンの女性関係の話になった。ジェーソンは、今付き合っている女性は、自分のことを魔女だとか、悪霊が宿っているとか言っていると言い出した。牧師は、そうか、その女性に関係のある女性名の悪霊を呼び出したいが、名前は何かと聞いた。ジェーソンは、ミッシェルだと言った。牧師は、その名の悪霊を呼び出し、箱に入るように言った。とジェーソンは「ノー」と言ってテーブルをドンと叩いた。光子は、恐ろしいことになるのではないか、またはこの悪霊が怒って光子の中に入ってくるのではないかなどと想像して恐れた。牧師がどうするか耳を済まして聞いていた。牧師は驚いた様子もなく、お前には何の力もないし、もう負けているのだ、ジェーソンはイエスの名の下に自由なのだ、お前の力は及ばないのだと強調した。箱に入るように言い、同じようにして悪霊を追い出した。

ジェーソンは、震えが止り、体が軽くなったようだと言った。光子も、ジェーソンがはじめ見たときより優しい、ハンサムな青年になったように見えると言って励ました。お父さんも喜んでいた。

最後に、ジェーソンは、このような悪霊のいうことを聞いたりしたことを許してくれるように神に祈った。みんなでジェーソンを囲んで、これからのジェーソンのため、イエスの愛で満たされるように、また悪霊のいたところが聖霊で満たされるように祈った。ジェーソンとはその後会ってないが、光子は牧師からジェーソンは仕事につき、小学校から知っていた女性との付き合いもはじまり落ち着いた生活をしていると聞いた。

このあと、牧師と一緒に多くの人たちのデリバランスの祈りをした。その中の一人で日本から来た人のデリバランスをしたとき、光子は自分の中にも同じような悪霊がいるのを見た。それは光子を死に誘い続けた悪霊だ。母親から受け継いだものらしかった。それが分かったあと、その悪霊は光子の肉体を苦しめはじめた。今まで何でもなかった血圧が急に高くなったり、脈が異常に早くなったり、呼吸困難、出血などがあった。その都度医者に行ったが何でもなかった。牧師にデリバランスの祈りをお願いしたが、夜寝る前の祈りをしていたとき、その悪霊を見ることができたので牧師がやったように聖霊と天使に願って、イエスの足下に連れて行って貰った。すると体の異常さがなくなったように思えたので、牧師にデリバランスの祈りはしなくてもいいと言ったが、来てそのときの様子など話し合おうということで約束の日に教会へ行った。

牧師とその頃教会でインターンシップしていた牧師の卵とで、光子のデリバランスの祈りがはじまった。いつものように、祈り、箱を作り、悪霊を呼び出し、箱の中に入るようにいった。箱の中には何も見えなかった。光子は牧師に、悪霊を追い出したからもういないのではないかと言った。牧師の卵も、光子には悪霊はもういないだろうなどと言った。でも牧師は執拗に迫った。まだいる筈だから、もう一度やってみようと言った。牧師は、凛とした声で、箱に入れと悪霊に命令した。と光子は見えた。箱いっぱいの大きな黒い塊のような悪霊が。それと一緒に光子の目から何の涙かわからなかったが、涙が出てきて止らなかった。そしてしゃっくりあげるまでに泣いた。この悪霊なのだ。光子は大学でキリスト教概論を学んだとき、家の宗教である禅宗も学ぶと言って禅寺に行ったとき、この悪霊に光子は取り付かれたのだ。

この悪霊は「ザー」という名だと言った。その働きは、光子がクリスチャンにならないように働きかけ、クリスチャンになってからは神の言葉、聖書を学んでも目を眩まして理解できないようし、神の言葉に逆らわせたりした。光子はイエスに会ってから、イエスを救い主と受け入れるまで十三年かかったのもうなづけた。聖書が理解できなかったのもこのためであることが分かった。牧師はいろいろ聞いたあとその悪霊を追い出してくれた。そのあとも数種の悪霊の追い出しをしてくれて、祈り会は終わった。

それからは、恵が言っていたように、罪の許しの祈りをすると体が宙に浮くように軽くなり、罪から自由になったのが分かった。その上、神の愛がひしひしと体の中から溢れ出てくるようだった。そして神の恵みと愛に泣けるものとなった。その涙は光子の罪を流してくれた。その涙は光子を自由にし、体を聖めてくれた。その涙は光子を神の愛で包んでくれた。

日曜学校の子供たちが光子を見つけると飛んできて、光子、光子と言ってなついてくれた。

光子の子供たちは、ゲームをしようという年齢からはかけ離れてしまったが、話し合って笑ったり、映画に行って泣いたり、ボーイフレンドのことを言い合ったり、楽しい日々が送れるようになった。

愛されている光子

愛されている光子 10 イエスの声III

「光子さん、どうだね。グレースとリンダはいるかね。」
「ああ、パパ。もう教会のお掃除は済んだんですか。」イエスを愛し、教会を愛しているパパとママは、毎土曜日、朝早くから教会のお掃除のボランティアをしていた。
「さっき、帰って来て、今、ランチも終わったとこだよ。」
「ああ、そうですか。私たちも、今食べたところです。グレースもリンダもフロントで、テレビ見てますよ。」
「おお、そうかい。ところでな、光子さん。」
「はい、何でしょう。」
「子供たちが喜ぶかどうか分からないんだけどね。わしが働いている会社の五十周年記念会があるんだよ。家族がみんな招待されたんだ。ママは行かないから、あんたと子供たちはどうかと思ってね。行ってくれるかい。」
「そうですか。面白そうですね。いつなんですか。パパの会社に行くんですか。」
「そう。来週の土曜日のお昼ごろでね。だから来週の土曜日の教会のお掃除は、金曜日の夕方に正人に手伝ってもらって終わらせたいんだよ。」
「そうですか。それで何があるんですか。」
「わしの働いている工場に行って、いろいろな種類のテープレコーダーなどあるから、それで遊んでもいいんだよ。その他にもいろんな新しいエレクトロニックの製品があるよ。それにランチボックス、ドリンクやケーキ、クッキーなどもくれるそうだよ。」
「そうですか。子供たちと私は行きますよ。」
「そうかい、行ってくれるかい。正人は行かないだろうけど、お掃除のこともあるし、話しておこう。グレースにもリンダにも知らせたいし...」などと言いながら、パパはフロントへと入って行った。光子も昼食のあと片付けを終わらせてフロントにい行った。丁度、パパが子供たちに話したとこだったらしく、子供たちは、「グランパー、行くよ。」「私も行くよ」と言って大喜びしていた。

それから一週間、テープレコーダーの使い方を教えながら、話声や歌声を吹き込んだり、聞いたりした。丁度、よいチャンスだったので山形のグランマーに声のテープの手紙を作ったりした。子供たちはテープレコーダーが操作できるようになって大喜びだった。

土曜日になってパパの働いている3Mの工場に出かけた。3Mでは最新のテープレコーダーなども沢山あって、子供たちは声を入れたり、聞いたりして楽しんだ。美味しいランチとスナックも頂いた。

光子は一つとても珍しいものを見せてもらって、忘れられなくなった。それは音は高く大きくなると、人の耳では聞こえなくなることをはじめて知って、その小さな機械を何回も何回も回して納得した。そして考えた。神の声も大きくて人には聞こえないと新約聖書の中にも書いてある。神が天から語りかけたが、人々は、「雷がなったのだ」「御使いが話しかけたのだ」と記されている。そのように神の声は大きくて人の耳では聞き取れないということを証明している機械をみて、光子は感心した。

家に帰ってからも、その機械のことが頭から離れず、考えたり、正人に話したりして確かめていた。そしてあるときフト思った。光子は今まで二度聞いたあの声ははっきりと聞こえた。はっきりとした、もの静かな、丸く、柔らかい声だった。神の第一格である天の父なる神の声は、あの機械が示していた、高い、大きな声の音で、人の耳では聞こえないのだ。では光子が聞いた声は、神の第二格である、神で人となった子なる神イエス・キリストが語りかけてくださったのだと確信した。きっと、そうだ。

イエス・キリストを信じていないときに、光子は二度、その声を聞いた。あの声は絶対にイエスの声だった。サタンや悪霊の声ではなかった。あの声を聞くと心が和み、何か暖かいものが体中を流れるのを感じたのだから。何よりもイエスの声であることを証明しているのは、光子がキリスト教で言われる「罪」について考え、分からなくて、本を読んだり、体験してみようかと思ったりしたときに、イエスは語りかけてくださったのだ。その声は、左の耳に聞こえた。日本で話してくれた。「罪とは、神の意志に反して小指一本動かしても、動かさなくても罪なのだ」と。光子は、それで罪の問題が解決した訳ではなかったが、反発する気持ちは起きなかった。でもそのことによって光子の人生が変わることもなかった。

二回目の声を聞いて、光子の人生は変わった。光子はキリスト教で一番大切なこと、イエスのよみがえりは確かだったと確信できたのだ。イエスは、神であり、人であって、十字架にかかって死に、三日目に蘇ったという、イエスの福音を信じられるに至ったのだった。二番目の声も左の耳に聞こえた。シカゴに来て半年ほど経ったときで、親、妹、弟、友人知人から離れ、その寂しさにどうしようもなくなったとき、イエスは、「光子。光子。私はここにいるよ」と仰ってくださったのだ。

このように光子の疑問に答え、光子を救いに導いてくださった声が、サタンや悪霊の声である筈がない。イエスを心に迎え入れ、洗礼式のとき、これら二つの声のことについて証し、導かれてキリスト者となったと語った。それを聞いた教会の人たちは、自分も神の声が聞こえるなら、もっと、もっと良い信者になれるし、イエスのためにもよい奉仕ができるのにと言った人たちがいた。教会に来ていない、キリスト者でない人たちは、自分もそのように神が語りかけてくれるのなら、直ぐにクリスチャンになると言った。光子は、それら二組の人たちが、イエスの声について意見を言ったのを聞いてからは、イエスの声が聞こえたことを証しないようにした。ダラス神学校の教授の一人だった方が、「神の声が聞こえることにびっくりする」という本を書いているように、世の中の人たちは、神の声が聞こえたりすることには、半信半疑なのだろう。また、何故ある特定の人だけで、自分には起こらないのかと言っている。

神の声が聞こえるというのは、そんなに簡単なことではないのを光子は経験した。責任が伴うし、その声に服従し、聞いたことを行うという重要な課題があるのだ。

キリスト者になって三年目の夏の修養会で、光子は、神からの賜物について学んだ。その中の一つに宣教の賜物があった。光子はその宣教の賜物が欲しいと神に願った。賜物というのは願うものではないらしいし、また宣教の賜物なんて大変な賜物であるのだが、知らなかったのでそんなことを頼んでしまったのだ。でも宣教の賜物がもらえたら、日本にいる多くの友人知人、北海道、山形、広島にいる親類縁者にイエスのことを語れると、単純に考えたのだ。

宣教の賜物のことをお願いしたのが八月、同じ年の十一月に、神は光子のその願いに答えてくださったのだ。でも光子にはそれはテストだと思えた。それが起こったのは十一月のはじめの暖かな日だった。三度目のイエスの声を聞いたのだ。十一月のシカゴでは珍しい暖かい、風のない日だった。外に出られる日もだんだん少なくなるのだから、暖かい良いお天気の日を楽しむため外で遊ぼうと、リンダを連れて近くの公園に行った。午前中だったが、子供たちが沢山来ていた。リンダはブランコが嫌いなので滑り台で遊んだ。大きな滑り台ではリンダ一人で滑るのは無理なので側についていた。そこに白人の女の人と女の子が同じ滑り台で遊んでいた。
「ハロー、ナイス ディー!」と声をかけられた。
「イエス、イト イズ」と光子は答えて、リンダを追った。リンダは砂場に行き、そこで遊びはじめた。光子は砂場の近くのベンチに座ってリンダを見ていた。すると、また、あの声が聞こえたのだ。「光子、あの女の人のところに行き、私のことを語れ」と言った。光子はびっくりして辺りを見回すと、遊園地にいた沢山の子供たちはいなくなっていた。さっきまでリンダが滑っていた滑り台の側のベンチにさっきの白人の女の人が、まだ座っていた。さっきはリンダを見ていたので光子はその人を見なかった。今度はその人をよくみた。光子より若そうな人だった。連れている子はリンダよりも少し大きく、一人でその大きな滑り台で滑っていた。光子が、「えっ、どうするの!?」と恐ろしさと驚きで変な声を出した。するとその声はもう一度、同じことを言った。「あっちまで行って、何と言い出そう。イエス様、この声はあなたですか。それならあの女の人をここのベンチに連れてきてください。そしたらできるかもしれません」と光子は考えながら言った。光子は何も起こりはしない。あの女の子は楽しそうにあの滑り台で遊んでいるからと思った。どうしたんだろう。楽しく遊んでいた女の子がリンダの遊んでいる砂場目掛けて走って来たではないか。子供は来ても、あの女の人はあそこにいるだろうなどと思っている光子に、大間違いだよと言わんばかりに、その女の人は立ち上がり、光子のベンチに向かって歩いて来た。光子の足はガクガク震え、心臓はトントンと早く打ちはじめた。何と言おうと考えたが、光子の口から出た言葉は、「リンダ、おうちに帰りましょう」だった。そして「神様。あの人は白人です。英語ではあなたのことは語れません。帰ります」と言って、リンダの手を引いて、家に逃げるようにして帰ってきてしまった。

家に帰って、どうやってリンダの面倒をみたのか。グレースも毎日お昼を食べに帰って来るのだから、グレースにもランチも食べさせた筈。でも気がついたらリンダはお昼寝。グレースは学校へ行ったのだろう、家の中はしーーーんとしていた。光子は、そこで頭を抱え、何を考えればいいのか、思えばいいのか、恐ろしかった。どっしりとした重い、重い大きな石が胸の中にどっかりと置かれていた。イエスが語りかけ、話すようにと言ったのに、光子はそれをしなかったのだ。これは罪だ。神がするように言ったことをしなかったのだから。

あの人がクリスチャンじゃなくて、午後に事故にあって死んでしまうから、イエスは救いのことを語れと言ったのだろうなどと想像した。そしてそれが本当ならどうしよう。イエスのいる天国には行かれない。いや、もしかしたら病気なのかもしれない。だから神は語れと言ったのだ。それなのに、それなのに。どうなるのかと、考えれば、考えるほど恐ろしさが増すばかりだった。次から、次にとマイナスの考えが浮かび、心はますます暗くなるばかりだった。

何もできないでいるうちにリンダは昼寝から起き、グレースも学校から帰って来た。グレースとリンダにおやつをあげたり、グレースにホームワークをさせたり、そのうち夕食の支度をしなければならない時間になったりして、考えることは中断された。
夕食のあと、あの遊園地の広場で子供たちのためのいろいろな乗り物が設置され、食べ物が売られたりして、楽しい集まりの場ができるとグレースが聞いてきて、行きたがった。夕食のあと、光子は子供たちを連れてそこに行った。その遊園地にあの女の人が子供を連れて来ていた。でも光子は、とうとう何もその人に言うことはできなかった。その人の健康、そしてイエスのことを知ることができ、救いに導かれるようにと、祈るより他なかった。

このことがあってから、光子はますます宣教に励んだ。自分にはできる筈だと、何かを証するために、自分で考えては一生懸命に働いた。幸い信仰の友、恵(ケイ)は宣教の賜物があるのだろう。だれにでも直ぐにイエスのことを語っていた。
「光子、今日は教会から西の方にいる三、四人の日本から来た人たちのところに行こう」と誘ってくれたりした。光子は喜んで恵と一緒に宣教に出かけた。一人でも多くの人たちにイエスのことを語れば、光子のあの失敗、いや罪が許されるかもしれないと思ったりした。恵はそんな光子を見て、
「イエスの良いおとずれをかたるのは愛をもってしないと失敗するからね」とよく言っていた。恵はどうやって「今日、訪ねる人たち」を決めるのか知りたかったので聞いてみた。恵は、
「光子にはイエスを知らないあの人、この人の顔が目に浮かばないの。その人たちのためにいつも祈っていると、今日はこの人のところがいいと、声にならない声が聞こえてくるんだよ」と言った。神とともに、愛をもって宣教しなければ、宣教にはならない。聖霊の働きがなければイエスを神と認めることはできないんだし、神だけが人をクリスチャンにできるのだからと恵はよく言っていた。

また、罪の償いのためにというように、光子が一生懸命やったことのもう一つは、日曜学校で教えることだった。何でも引き受けてよく働いた。英語の歌も一生懸命習い、聖書もよく読んだ。でも一つ日曜学校で教えるのに重大なマイナスがあった。それは子供たちがそんな風に一生懸命やる光子についてこないのだ。光子が教えたクラスは幼稚園の子供たちだった。まだまだ一人でクラスに来るのが怖いし、ママ、ママとよく泣いたりした。そのような子供たちが光子の顔を見ると泣くのだから、先生はやっていられなくなった。それでも光子は働きたいと思い、その小さい子たちのクラスは辞めて、別なクラスをもったりした。でもそのクラスで教えた子供たちの何パーセントが、教会を離れないで、キリスト者生活を送っているだろうか。

こんな状態の光子には、聖書の中に二、三箇所読むのが恐ろしく、苦痛の箇所があった。聖書は、神が書かれたものなのだから、聖書から神の声を聞くのが一番だった。聖書を読み、学ぶことは重要なのだし、そこから、神の声を聞き、神の愛と恵みを受け取れなければならないのに、聖書の中のある箇所を読んでいると、苦しく、意気消沈し、考えがマイナスになってしまう自分が悲しかった。

その一つは、陶器師と陶器の話で、陶器師は粘土をこねて作り、良くできなかったものは壊し、自分の意のままに別のものを作るという箇所である。主なる神はその例えをもってご自分の主権を語られ、罪あるものは意のままに滅ぼすと仰る(エレミヤ書18章)。その箇所を読んで、人々は、普通、大いなる愛の神を讃美できるのだそうだ。光子には考えられないことだった。光子は、神の言われたことをしなかったのだから。イエスは、神の意に反して、小指一本動かしても、動かさなくても、それが罪だと仰ったのだから。いつ光子を出来損ないとして、陶器師がするように壊し、滅ぼされるかもしれないのだと考えると、とても恐ろしかった。

こんなことで、光子の心はいつも恐れ、苦しみで満ちており、いつも俯いて歩いていた。近所に歌の先生がいて、その人は俯いて歩いている光子を見て、
「そんな俯いて歩いていると声帯がつぶれて歌がうたえなくなるよ。神を讃美できなくなってもいいのかい」などと悲しいことを言った。

このように心が暗く、重い荷を背負っている母親に育てられる子供たちは可哀そうだった。何か楽しいことをして遊ぼうと、「ママ、このゲーム一緒にしようよ。ママがリンダを見てやって」と、グレースはゲームをしたがった。言葉のゲームなどはすれば光子のためにもなるとは思うのだけど、何だかそのように遊んだりしていられないような、そんな楽しみをもってはいけないような、さらなる罪になるのではないかなどと考えると、子供たちとでさえ一緒に楽しんだりしていられなかった。罪に恐れ、罪にうずもれて苦しんでいた。

こんな状態のとき、日本から悲しいニュースがあい続いて入った。第二次大戦のときに東京にいた子供たちは疎開をさせられた。光子はお母さんの里、北海道のお祖母さんのところに疎開していた。そのときお世話になった伯父さんが亡くなったとの通知を受けたのがお正月も済んだ頃だった。伯父さんは苦しまず、寝ていながら死んだらしく、朝起きてこないので見に行ったら亡くなっていたとのことだった。伯父さんが苦しまないで亡くなったことが光子の心を少し安らかにした。そして横浜に住んでいた光子のお父さんの同窓生だった方で、光子は大変お世話になった方が亡くなったとの知らせがあり、その方の奥さんが会いたがっていると言われたが、どうしようもなかった。アメリカに船出する前日に円覚寺にも連れて行ってくれた方だった。そしてお母さんの死。光子は孤児になってしまったと思った。この人たちはイエスを知らないで死んでいったのだ。
それに続いて、大学のキリスト教概論を教えてくださった雅歌教授。教授とはキリスト者として、聖書のことを話し合った記憶はなかった。いろいろ聞きたいことがあったのにと、とても驚いたし、悲しかった。教授の死の知らせとともに、「想い出」集を出版するので何か書いてくれと言われたときは、教授の死が心に中でまだまだ確実になっていないときだったので、光子は「私の心の中では、教授はまだ亡くなっていない。想い出など、書くことはできない」と、怒りとともに書いた手紙は、頼んできたその人の心を傷つけてしまったと聞いた。その方も亡くなってしまった。

このときから一年余り、光子は聖書も読めず、祈ることなど思いもつかなかった。愛の神はいないのではないか。愛の神はいても、光子のように「しなさい」と言われたことをしないで逃げ出したものは、陶器師の手の中の粘土のように、いつかは握りつぶされ、捨てられるのだと思っていた。イエスは恵みに満ちていると言われるが、光子が一生懸命働いても何も言ってくれなかった。こんなときこそ神からの語りかけが必要なのに、神は何も語ってくれなかった。神の言葉である聖書は読めず、祈れず、イエスの声は聞こえず、光子は暗黒の日々を送るようになっていた。
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光子はこのような状態の中でも、妻、母親としての責任は果たしたいと、いつも食事には気をつけていた。揚げ物は良く食べてくれるので、魚は殆ど揚げていた。
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プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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