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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

クリスチャンの生活

灰の日 Ash Wednesday

Ash Wednesday(灰の水曜日)の礼拝から今、帰ってきたところです。

シカゴ在住の皆さんは、今朝早くからシカゴ市長の額の上にも、十字に灰が黒く記されているのをTVなどでご覧になったでしょう。シカゴの政治家の話をするつもりは毛頭ありませんが、多くの政治家が灰をかぶるという行為、即ち、罪の悔い改めをして、清い政治を目指してくれることをお願いします。

イエスは生まれる500年前に、苦難の人となると予言されています。
まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った。彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと、
しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。
彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、
その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。 イザヤ書53章4-5節

今日の灰の日からイースター、今年のイースターは4月12日ですから、その日までの6週間と4日間、イエスの十字架の死に至る最後の苦難を思って、まず罪ある体に灰をかぶって悔い改めをし、祈りの生活をする準備をします。

またイエスの苦難を思うだけでなく、体験的に身にしみるために、ファスティングをする人たちもいます。年齢を重ねた光子の今年のファスティングは甘いものを一切断つことにしようと祈りました。イエスの十字架の死を思い、続けられるように祈っています。

続きも読んでくださいね。
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クリスチャンの生活

S.S.の子供たちと光子

光子が話す聖書の話は、四、五歳の子供たちと一緒に学んだときに身についたもので、英語もやさしい英語で、聖書の話もやさしいです。子供たちに教え、教えられた、とても楽しい三十年でした。今年の二月でそれを終わりにしました。ブログに書いたり、投稿したりの新生活へ。
子供たちへ教え初めたときは、とってもぎこちなく子供に分かるように教えていたのかどうか、今、思うと不安です。子供たちでも、先生の生活を通して語る聖書の話には耳を傾けてくれます。子供たちと話した聖書の話を少し書いてみましょう。面白いですよ。子供たちとの話から、光子は多く教えられました。

「先生、今朝寝坊しちゃてね。イエス様とお話もできなかったよ。」
「先生、『おばよう』だけでも言った。」と聞かれて、
「そうだね。チャンとお座りしてイエス様と話すだけがお話じゃないものね。」
「そうだよ。イエス様はいつも私たちと一緒にいてくれるんだからね。」と教えるべき聖書の言葉を生徒たちから聞かされたりしました。
「そうよね。『イエス様は、天にお帰りなるとき、いつも(世の終りまで)あなた方と一緒にいる。』って約束してくださったものね。」五歳の男の子。

「先生、天国にはテレビがあるかね。テレビがなければ天国には行きたくないよ。」
「ええ。?!」これ光子。一瞬のあと、
「天国ってここよりもっともっと素晴らしいところと聖書にあるのだから、みんなが考えるよりもっともっといいところだよ。テレビだって凄いのがあるんじゃないかな。」
「フーン。それじゃ僕は天国へ行きたいよ。」
「どうしたら天国へ行けるかな。」と光子。
「イエス様を信じたらいいのさ。」
「そうだよ。僕もイエスさま信じてるから。」
「私はイエスさまを愛してるから。」
「それじゃ、みんな天国へ行かれるね。」みんな五、六歳の子供たち。
イエスをどのくらい愛しているかで、天国もどのくらい良い所か決まるんではないでしょうか。愛している人の側でなら、どこも良いところですものね。

「先生、この頃、太って困っちゃった。どうしよう。運動しなくちゃ。」
「先生、イエス様は私たちの中にいてくださるんだから、太ったほうがたくさんスペースがあって、イエス様はきっと喜んでいるよ。」六歳になる女の子。
「ふーん。?!」これ光子。

「イエス様が洋服をたくさんくれたよ。これもそうなの。」
「そう。?!」これ光子。
「私のママは、あなたは洋服をたくさん持っているのだから、持ってるもので満足しなしなさいと言うに決まっているし、お金もないので洋服買ってくれないの分かるから、『新学期が始まったとき着たい新しい今はやりの洋服が欲しい』ってイエス様にお願いしたの。」
「そう。そしてイエスさまが洋服をくださったの。」
「うん。イエス様が家に来たのではないけど、お願いしたあと二、三日して伯母さんが『このお洋服あなたに丁度いいからあげるよ。』って持ってきてくれたの。丁度そのようなお洋服が欲しかったの。イエス様は何でも知っているね。凄いね。」六歳の女の子。
「そうね。むーん。」これ光子。

「イエス様にお願いしたいことがあるんだよ。」と五歳になる男の子。
「そう、何をお願いしようか。」
「うちの屋根が壊れてね。雨が漏るの。パパがそれを直すのに屋根に上るから、落ちないようにって。」
「そう。偉いね。先生と一緒にお願いしようね。」
次の日曜日、忘れないでお父さん大丈夫だったと聞いた。
「イエス様が守ってくれるようお願いしたんだから、勿論、大丈夫だったよ。」と言われてしまった。

「みんなイエス様が私たちを愛してくれるのを知ってるよ。」
「聖書の中に書いてあるからね。さっき歌った歌。」
  Jesus loves me this I know, For the Bible tells me so!
  Little ones to Him belong, They are weak but He is strong
  Yes, Jesus loves me! Yes, Jesus loves me! Yes, Jesus loves me!
  The Bible tells me so.
「そうね。でもね。先生、悪いことしちゃったのよ。それでもイエス様、愛していてくれるかな。」
「何やったの。」
「会社から鉛筆持ってきちゃったのよ。」
「ああ、悪いね。」
「それでね。先生、神様にゴメンナサイって言ってね、お願いしたの。」
「何ってお願いしたの。」
「神様、こんな悪い子でも愛してくださいってね。」
「ふーん。そしたらどうした。」
「イエス様がそばに来てくれたよ。」
「良かったね。」

まだまだいろんな話があります。でももう一つ、光子がした大失敗の話をしましょう。

これは教え始めたころだったでしょう。
クラスが始まると出席をとって、歌をうたって、そしてお祈りをします。
「さあ、みんな座って。目を閉じて。手を合わせて。お祈りしましょう。」
英語では、最後のところはLet’s Prayとなります。RとLの発音がよくできない光子が『お祈りしましょう』というとLet’s Playとなる可能性もあります。それまでだってそう言って、みんなちゃんとお祈りしてたのに。その日はどうしたのでしょう。その子はきっと虫の居所が悪かったのでしょう。
「何をして遊ぼうか。」
「??!!」これ光子。
この子がそう言ったため他の子供たちもお祈り(Pray)を遊ぶ(Play)にしてしまって、「カードする」「かくれんぼ」「フルーツ・バスケット」と大騒動でした。
でも子供たちを落ち着かせて、
「ごめんね。先生の英語がおかしいから。じゃ今からイエス様とお話しましょう。みんな、イエス様に何を話したいか考えて。」
しばらくみんな大人しく考えていましたが、
「ぼく、イエス様にゴメンナサイというよ。」
「私も。でも私はイエス様、愛してますっても言いたいよ。」
ということでよいクラスになりました。
それからは光子はお祈りとは言わず、お話しましょうということにしました。でも本当にお祈りより、お話というか、イエス様とおしゃべりするほうがいいですよ。

いろいろな失敗をしましたが楽しく、いろいろ学ばせてもらった三十年でした。

子供たちにライス・シリオからいつも作っていたライス・クリスピーのレシピを下記しますのでご覧ください。日本の「おこし」のようです。
プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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