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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

伝記 井上家の人々

井上家の人々 XI  パパとママの死

井上家のパパ(長男の勇さん)とその家族は、日本のハワイ奇襲攻撃によりはじまった第二次世界大戦の間、アメリカ政府による屈辱的待遇の下、アリゾナ、ヒラ第二キャンプ(強制収容所)に入れられ、そこに四年近く住んだ。
大戦が終わり、キャンプ閉鎖の二、三週間前に出て、シカゴに来て、市の南のほうにあった三階建てのアパートメント・ビルを購入し、兄弟たちと住んだ。
戦前はカリフォルニア州オクスナードで両親が宿泊所と雑貨商を営み、パパはママ(正枝さん)と一緒にメキシコ人を使って、レタスとストロベリーの栽培をしていた。農業の経験だけで、何の技術もないパパは、キャンプを出るとき、どんな仕事につけるか随分心配した。キャンプの中で教会に添われ、キリストを受け入れクリスチャンとしての歩みをはじめたばかりのパパだった。子供たちがパパを信頼して楽しそうに遊んでいる姿をみて学び、全ての心配を神に任せることにし、重荷を下ろした。心にかかっていた職も見つかった。これで親子四人生活していかれるようになった。神の助けだったと感謝した。親子が一緒にテープルを囲んで、朝、昼、夜の食事ができるは何とすばらしいことか、自由であることの素晴らしさを味わった。また、ことあるごとに家族が集まって食事をする楽しみは何にも変えられなかった。
感謝祭のターキーはママの得意だった。胃があまり丈夫でなかったママは、ターキーが好きだった。いろいろ工夫して、ターキーのお腹の中などに入れてベークするスタフィンもママ独特のものにした。ソーセージやナッツを入れて味を濃くするレシピもあるが、ママののはブレッドにオニオン、セロリ、パセリ、そしてレバーを細かく切って混ぜるだけのシンプルなもので、日本人の口に合う美味しいものだった。(このターキーの作り方は、岩の上の家のカテゴリー「レサピ」を参照)
パパは引退近くになり、引退後の生活のことが心にかかった。社会保証金だけでは生活するのが困難なことを正人に相談した。いろいろ調べた結果、あと半年も働けばママも社会保障金が全額もらえることが分かり、パパと相談してママの働きやすいところなどを探した。でもママは働きに出たりしたら神経に障るから、働きに出たくないと言った。正人はママのそんな言葉を聞き、パパの引退後のことに関しては無視した。
しかし何年か経ったときパパとママに迫られ、正人はある日、光子に言った。
「パパとママが社会保障金だけでは生活できないと言ってうるさいのだが、一緒に住むことを考えてくれないか。」
「そう。そういえばこの頃、家を購入しようと一生懸命だね。ふーん、そうなんだ。」
「まあ、今すぐじゃなくてもいいけど考えておいて。」
「家を買っても庭の手入れはしないからね。」
「庭の手入れは一緒に住めば、パパがするさ。」
「ああ、そうか。」それでその話は立ち消えになった。
それからも家の購入のことであれこれと喧しかったが、正人も光子もあまり家を買うことに興味がなかった。そのうち正人の同僚の日本人が仕事の帰り一緒になり、その人が持っているアパートに来て住んでくれないだろうかと言われた。アパートを借りてくれる人を選ぶのも大変なんだそうだ。人種差別などで訴えられる恐れもあるとか。そんなことで二階で三寝室のアパートが長い間空いているので見るだけでも見に来てくれと言われ、正人と光子は見に行った。三寝室ならパパとママと一緒に住めるからとの正人の考えだった。随分広々とした造りだった。そしてパパとママを加えて下の娘と五人になるが、良いということだった。
相談した結果、パパとママにその話をした。一軒屋でないことが少々問題らしかった。三寝室あるといっても同じフロアーに一緒に住むのがどうも不安のようだった。正人はちょっと怒ったように、じゃ、考えてまた返事してくれと言って席を立った。何やかやとあったが、アパートを見に行くことになった。正人、パパ、ママと光子の四人で見に行き、あれこれお部屋を見て回ったあと、ここに決めてもよいということになり、正人は大家さんと話をするからとあとに残った。
光子はパパとママと一緒にそこを出てうちに向かった。同じ階に住むのだから食事も一緒にするようになるとすると、働いている光子は、どうしてもママにいろいろお世話になるなあと思い、うまくやっていかなくちゃと考えた。それで帰る途中、
「ママ、今までもいろいろやってもらったけど、これからはもっとやってもらうようになるね。よろしく...」と言った。するとママは、
「今までだって随分やってあげてたよ」と言った。光子はびっくりして次の言葉が出なかった。うちに帰り一人になっていろいろ考えてみた。ママはどうしてあんなことをいったのだろう。一緒に食事をし、私たちの分まで食事の仕度をするようになるのが大変だと言っているのだろうか。それならそれで考えなくちゃと思った。
正人が帰ってきたのでママが言ったことを伝え、どう思うか聞いた。正人はそんなことと言わぬばかりに、面倒くさそうだった。それで光子は正人に、
「食事は一緒にしないからね。時間が違うし、ママは何だか今まで以上にやってもらえないようだから」と言った。正人は、
「一緒じゃなくてもいいよ。食べるものも違うし、食事代のことで話し合う必要もないし、別々のほうがいいだろうよ」と言うことだった。正人がそういうならそれでよし。食事は別々にしようと思った。しかし次の日ママが来て、
「これからの食事のことだけど、正人は早く帰ってくるから、帰ったら直ぐに食事にしてあげるから、光子さん、あなたは一人で食事するようになるね」と言った。光子はまた驚いてしまったが、
「ママ、いいですよ。今までも一杯やってもらってたし、うちの食べる分は仕事から帰って作りますから。食事は別々にしましょう」ときっぱりと断った。
シカゴの日本人社会の中で姑と嫁が一緒に住んだということで取り沙汰された。ある人たちは、同じ階に住んでいながら食事も一緒にしないと噂し合ったり、光子に直接言ったりした人もいた。またママが人々から、どうしているかと聞かれ、迷惑がかからないようにと思うと、気詰まりだなどと応えているのも聞いたことがあった。
何を言われても食事を一緒にしなかったことは、主なる神が導いてくれたミラクルだと思え、正人が賛成してくれたことにも感謝していた。そのようにしてあれこれ不自由はあったが、あまり波風も立たず一緒に生活していた。
そのうちパパが軽いストローク(医者はミニ・ストロークと言った)で倒れ、運転もできなくなり、正人の方に多くのことがかかってきた。
丁度その頃、正人の仕事場がコンピューター化することになり、年齢の多いものは早期引退を奨められた。パパのこともあり、正人は引退して家にいることになった。
そんなとき、今度はママが立ち上がるときつまずいて転び、骨盤を折り手術することになった。手術は成功し、リハビリに行けるようになったが、ママは何もできないで迷惑になる、どうしたらいいのか。死んでしまったほうがいいなどと言って、リハビリの訓練をせず、ベットの中で泣いてばかりいた。
面倒をかけることがそんなに悪いことだろうか。罪の問題で悩んだことのあった光子は、ある日本人に罪とは何かと聞いたことがあった。その人は、人に迷惑をかけることだと答えた。多くの日本人はそう思っているとも言っていた。日本人の一世が、重度のストロークになり、入院して治療を受け、退院できるようになった。娘の家に帰えるその人に、医者は、しばらくは安静にしているようにと言ったが、娘の重荷になる、迷惑をかけると、娘の目を盗んでベットから起きだし、トイレに行き、そこで倒れて死んでしまったというような話を二、三聞いたことがある。面倒をかけることは罪だろうか。人に何かをしてもらって感謝の言葉が言えず、ゴメンナサイと言えず、人の喜びを喜びとすることができず、人のいうことに「はい」ということができないこと、これこそ原罪、自我、誇りではないだろうか。迷惑をかけられないのが罪ではないか。自分のできないこと、間違いを素直に認め、謙虚に人にお願いして生きるとき、平安が、喜びが、出てくるのではないだろうか。
そんなことを思いながら、光子は、ママの隣のベットの人が、骨折ぐらいで娘のところには行かなくても、一人で生活できるようになると言って、頑張ってリハビリをやっているのをみて、
「ママ、隣のベットの人を見て。ママと同じように骨折して骨盤を取り替えたのよ。あの人はリハビリをやって頑張ればまたできるようになると一生懸命やってるでしょう」と励ました。友達のナースは老人なんだから、そんなきついことを言わずに、優しく話すようにと言った。でもそれからママは光子の顔をうかがうようにして、リハビリを励んでくれた。家に帰ったときは休み休みだったが、一人で階段も上がれるようになった。二、三日のうちには買い物をしてあげれば自分で食事も作れるようになれた。
でもその年から、感謝祭にも、クリスマスにも、お正月にもママの料理は食べられなくなった。何もできないで皆に迷惑をかけて申し訳がないなどと言いながらも、孫たちと一緒に楽しく食事をした。
パパの病状が進み、一人でベットから起き上がってトイレにもいかれなくなった。ママは夜中に、パパがベットから起き上がる手助けができないと正人に訴えた。正人はパパと一緒にダイニングのフロアーに寝た。パパは正人の眠っている隙に起きだし、何回も転んだ。頭、手足を打って紫色になったりした。椅子を積み重ねたりして出られないようにすれば、テーブルの下を潜って出たり、椅子の上をよじ登ったりして倒れた。最後には手と手を結んだりしたが、それも解いて一人で歩き回り、倒れた。光子も仕事を三日にして正人を助け、夜パパを看た。パパは動きまわりたがったので、家の中を歩かせたり、外に連れ出したりしたかったが、ママが心配してさせてくれなかった。
そんなとき、ママがまたトイレのタイルの上に倒れ、反対側の骨盤を折った。その手術も成功し、リハビリに行き死にたいなどといわず、一生懸命にリハビリに励んだ。でも今度は少し様子が違うようだった。前のように体が動かないし、疲れが酷く感じるなどと訴えた。医者に相談しても大手術の後だし、年齢も重ねているのだからなどと言い、何もしてくれなかった。たった三年しか経っていないのにと光子は思った。リハビリもやっと終わって家に帰ったが、前とは違い、一人で階段も上がれず、正人が抱えて二階に上がった。料理するのも億劫がり、トイレに行くのがやっとだった。
そして手術後の診断に行き、検査した結果、右側の大腸に癌が見つかった。医者は簡単な手術で取れるから大丈夫と励ましてくれて、手術の予定を立ててくれた。手術の結果、癌は全て摘出したと言って、医者は喜んだ。
しかし三ヶ月あとに、ママは、「光子さん、チョッとここを触ってみて」と言って、右乳の下あたりを押さえた。光子が手を触れると卵大のものがゴロリと手に触れた。正人に直ぐに言い、医者に連れて行った。その結果癌が肝臓に転移していることが分かった。
それからママは痛い、痛いと言って苦しんだ。はじめのうちは痛み止めを飲むと四時間位は眠ってれた。三、四ヶ月経つと痛み止めでは効かなくなり、モルヒネを飲ませるようになった。ママはモルヒネなんか飲むとくせになり、体に悪いからと言って飲んでくれなかった。
そんなとき医者からホスピスナースを使うようにと言われ、正人は電話した。何語を話すナースがいいのかと聞かれた正人は、日本語を話すナースをと言った。これもミラクルだった。シカゴに日本語を話す優しいナースがいて、来てくれた。ママと直接いろいろなことを話してくれたのて、ママも安心してモルヒネも飲むようになった。
ママは弱り、一人で歩くのが危ないようになった。トイレで転んで頭を打ったとかで、病院に連れて行ってくれと言われ、正人はママを連れて行った。打った頭よりも血栓が少なく四パイントも輸血をしてもらい少し元気になった。そして退院するとき、ママはみんなに迷惑をかけられないから家には帰りたくない、ナーシング・ホームに入れてくれと言い張った。しかし医者は許可しなかった。
ホスピス・ナースは、今度病院に行くときは必ず報告してくれるように、今の状態で病院に行けば輸血され、少し元気になるだけなのだからと言った。光子は、ママは病院に行けば、退院したあとはナーシング・ホームに行かれると思っているので病院に行きたいと言い張るのだから、ママに直接言ってくれるように頼んだ。ナースはママに話してくれたので、それからは病院に行くとは言わなくなった。
痛みはますます激しくなり、二時間おきに痛み止めとモルヒネを交互に与えなければならなかった。パパは二時間毎に起きていた。仕事がある光子はあまり手伝ってあげられず、正人は一睡もしない夜が続いた。そんなとき、光子はある人から、
「光子、あんたママが痛みで呼ぶのが聞こえないんだってね。良く寝られるね」などと言われた。こっちの状況を知らないから言えるのだろうけれども、随分酷いことが言えるものだなあと光子は思った。それにママは人に告げ口をするなんてと思い、二人に憎い思いが出るのがどうしようもなかった。
友人のナースが正人の様子を聞き、正人にパパをナーシング・ホームに入れるようにとサジェスチョンしてくれた。正人はパパをナーシング・ホームに入れるのは忍びなかった。パパが夜中に起き出すのはトイレだけじゃなく、ママの痛い、痛いと言って苦しんでいるのが気になり、ママを心配しているのが分かった。口もきけなくなり、足も弱り、十分前のことも覚えていられないようになったのに、ママが痛いと言うのを聞いて心配してのがいじらしかった。しかしママを全面的に看てあげるには、パパをどうしてもナーシング・ホームに入れるしかなかった。正人はやっと決心し、パパをホームに入れた。
ママの痛みはますます激しくなり、今までは光子が作る、チキン・ストックの汁で卵を入れたお粥、それからアプリカット・ブランディーを入れたケーキを美味しいと言って食べてくれていたが、それさえも喉を通らなくなった。
ホスピス・ナースに、もうお風呂にも入れないように、それからトイレにも起こさないように、本人も辛いのだからと言われた。ママは嫌がったが、おしめを使った。
光子はハスピス・ナースに何故こんなに痛がるのかと聞くと、ママのお腹を触らせてくれた。握りこぶし程の石みたいなものがゴロゴロとお腹の中にあった。
その夜のことだった。ママにモルヒネをあげ、何かして欲しいか、聖書でも読んであげようかと聞いたが、ママは今じゃなくていいと言った。薬を飲んでも痛みがどこかにあるのだろう。顔をしかめていた。光子はそんなママを見て、
「ママ、我慢しないで、大声で痛いよと言ってもいいのよ。そしてイエス様にも言ったらいいよ。痛いって。そして痛みを取り除いてくれって言いなよ」と言った。
「光子さん、ママは今朝、そこのドアのところに白い衣を着た人が立っているのを見たんだよ。あれはイエス様だったと思うよ。」
「そう。苦しみ、痛みを我慢しているママを見に来てくれたんだね」と話し合った。ママは少し休むから祈ってくれといった。祈っていると、ママは鼾をかくようにして、深い息をはじめた。光子はびっくりして正人を呼んだ。
丁度そのとき、夕方帰って行ったホスピス・ナースが来てくれた。虫の知らせというか、来たほうが良いと思い、来たのだが、丁度良かったと言って、ママを看てくれた。そして今夜かもしれないというので家族と牧師先生方を呼び、来てもらった。でもママはそのときから昏睡状態になり四日間痛みもなく生き続けた。夜中に痛い、痛いとの声が聞こえず、正人も光子も一晩中寝られるのが不思議だった。
その日、教会から若い人たちがお見舞いに来て、英語で讃美歌を歌い、祈って帰って行った。そのあと光子は日本語でママの好きな聖書の箇所を読み、賛美歌を歌い祈った。ママは光子の祈ったことが分かったのか、手を少し動かし、口をもぐもぐさせた。光子は、ママがパパのことを言っているのが分かったので、昏睡状態のママに、
「パパのことなら心配しないで、安心していいよ。できるだけのことをしてあげるからね。約束するよ」と言った。ママは安心したのか、手を元に戻し、静かになった。光子は夕食の支度のためキッチンに立ち、正人が交代した。
しばらくすると、正人の大きな声が聞こえた。
「早く、早く。今だよ。今だ。」光子は急いでママのところに言った。正人は、
「ママの目から涙がすーーーっと流れたんだよ。そしてサンキュー、サンキュウーと言っているようだったよ」と言った。ママは正人に見守られてイエスのいる天国へ行った。癌と診断されてから約一年経っていた。
そのあと半年して、パパも寝ているうちに、イエスも、ママも、そして教会の多くの友人のいる天国へと旅立って行った。

2009年最後のブログが、井上家最後の話になった。ママの好きだったアプリカット・ブランディー・ケーキのレシピを続きに書きますのでご覧ください。
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シカゴあれこれ

シカゴ市北部のクリスマス

シカゴ市北部のクリスマスの風景ですが、今年はあまり飾りものがありませんでした。経済不況のためでしょうか。一軒たくさんの飾りがしてあったので写真を撮りました。それが次の写真二枚です。その人たちがいうには、この辺りで、このようなクリスマスの飾りものをすると、よーーーく注意してないと盗まれるんだそうです。この飾りも、一つ、一つチェーンがつけてありました。残念なことですね。
09 12-24 Christmas Card 1 09 12-24 Christmas Card 2
この頃は、片付けることを思うとクリスマス・ツリーを飾るのも面倒で飾らないんですよ。このツリーはカイロお医者さんのところのものです。うちのツリーはポインセッター。長い、長い間、12月になると必ずやってくるポインセッター。これがツリーの代わりです。クリスマスを運んできてくれて、クリスマスを思い出させてくれます。
09 12-24 Christmas Card 3 09 12-24 Christmas Card 9

シカゴのクリスマスは、ホワイト・クリスマスにはなりませんでした。東海岸は大雪で飛行機も欠航が多く、旅行する人たちには大問題でした。折角23日に降った雪も消え、クリスマス・イヴからクリスマスにかけては洪水警報が出るほどの雨が降りました。それで雪も全部消えてしまって、水溜りが見えるかしら。それに高いビルが見えないようなガスがかかり、温度も10度前後となり、初春のようでした。
09 12-24 Christmas Card 11 09 12-24 Christmas Card 12

この写真が23日に降った雪の写真で、ホワイト・クリスマスに丁度よいほどでした。雪をかぶった小さなクリスマスの飾りも見えますか。
09 12-24 Christmas Card 8 09 12-24 Christmas Card 5
枯れ木に雪が積もって綺麗でした。子供たちも喜んで雪だるまを作ったのでしょうね。頭の上に丁度雪の積もった木があって、なんだかキノコ雲みたいで、原爆を思わせられました。
09 12-24 Christmas Card 6 09 12-24 Christmas Card 7

これは24日の写真で、24日の朝は少し温度が下がったので、枯れ木にきらきらと氷がつきとっても綺麗でした。そのきらきらが写しだせないで残念。カメラか、腕かというところです。
09 12-24 Christmas Card 10

これがシカゴでのクリスマス風景です。娘のところのクリスマス・デナーとパーティーの風景の写真をContinueに載せましたから見てください。去年のと同じようなものもあります。

あいさつ

クリスマス・カード 2009年

Mary Joseph Baby Jesus イエス・キリストの誕生を祝して、
            クリスマスの喜びを申し上げます。

十二月も半ばが過ぎ、寒さも厳しくなっているこの頃、みな様にはいかがお過ごしでしょうか。

あっと言う間にクリスマスになり、クリスマスのご挨拶を書く時間がなくなってしまいました。ブログを読んで下さっている皆様に、略式で申し訳ありませんが、ブログの上でご挨拶申し上げます。
いつもいつもブログを読んでくださって、有難うございます。これからも宜しくお願いいたします。忙しさに書くことがおろそかになっている今日この頃ですが、みな様が読んでくださって、コメントなどをいただくと励みになっております。

私のクリスマスは、12月20日、教会で行われるクリスマス礼拝からはじまりました。その礼拝で子供たちが大勢で、笑ったり、讃美に合わせて体を動かしたり、手を叩いたりしているのを見るだけでも喜びが溢れてきました。勿論、礼拝ですからイエス様を礼拝し、お説教もありました。そのお話の中で、どんな楽しいクリスマスの思い出があるかとの質問があり、考えさせられました。みんないろいろな返事をしていました。子供のとき教会で過ごした人たちには、クリスマスの思い出も楽しいことが一杯ですね。

子供のときクリスマスを祝ったことがない私は、一番楽しかったクリスマスはいつだろうと考えて見ました。勿論、子供が小さかったとき過ごしたクリスマスは楽しかったですが、やはり一番思い出されるのは、クリスマスの本当の意味を知ったときでした。クリスマスに生まれたイエス様によって、自由にされ、天国への道を見出したことは本当に喜びでした。
         どうぞ喜ばしいクリスマスの思い出をお作りになってください。
   Christmas Ribbon                           Christmas Tree

クリスマス当日のシカゴ市北部の光景を明日写真を撮って、ブログに載せますのでご覧ください。
また、雪華さんからスパム・おにぎりとは何ですか。味はどんなですかとの質問があったんです。考えてみたらスパムが何かを説明しなかったので、スパムの缶の写真などをこのContinueに書きますね。見てください。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 帰国の日

12月14日、太郎君、とうとう帰っちゃった。
今朝、8時半ごろ、荷物のチェックインも終わった。搭乗口まで入れてくれるように願ったのに入れられないと言われ、どうしようと心配になったけど、セキューリティーの近くに商店街もあり、椅子もあってゆっくりできるようになっていて一安心。朝食をしないで持って来たので椅子に座って朝食。太郎君、シカゴの最後の食事がおにぎりとスパムおにぎりとはと言いながら食べていた。マクドナルドがあったので、それを買うかと聞いたら、おにぎりがいいってぱくつきながら、ホームシックになっているようだった。もう日本に向けて飛行機の中。安全に北海道に着くように。
入場していく太郎君が心配で、セキューリティーでは靴を脱ぐのよここでは、などと大きな声を出したりして、有難うっていいながら出て行った太郎君を写すの忘れちゃった。太郎君にあんまり心配しないでなんて言えないね。
空港でスパムおにぎりをぱくついている太郎君。
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最後の夜、荷物のパックも終わりに近いし、やれやれと一服。よしとがぶ飲みだとばかりに、ボトルごと飲んでいる太郎君。ワイン?
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飛行機の中の食事では満腹感がなかったとのことだったので、梅干とおかかのおにぎりと、スパムおにぎりを持たせた。それで一個づつ空港で朝食にがぶついた太郎君。そのスパムおにぎりのレシピを続き(Continue)に書くので見てください。

これで太郎君の日記は終わり。楽しく、忙しい14日間だった。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 12日目

12月13日、日曜日。いよいよ最後の日。
今日は日曜日で教会へ。教会で二度もお腹が痛くなって心配。はじめはクラスが始まる前だった。でもちゃんと日曜学校のクラスでみんなと一緒に工作をしていた。

教会のあと、ナーシング・ホームにいる老人たちを訪ねて、クリスマスの歌を歌い、クリスマスの楽しみを少しでも持って行ってあげる日なので、太郎君も一緒に行ってもらった。これが光子の教会のクリスマス・キャロル。
出かける前にみんなと一緒にツナ・サンドイッチを食べた。太郎君またお腹が痛くなった。マヨネーズか、いや卵のアレルギーかなと思った。今朝も卵焼きを食べたから。
この写真がみんなと一緒にツナ・サンドを食べているところ。
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さて、はじめのナーシング・ホームには光子のお友だちのハズバンドが7年も入っているところ。はじめの写真の真ん中に車椅子に座っている人。太郎君も一生懸命英語のクリスマスの歌を歌っていた。歌詞は英語でも曲が分かるので歌えたらしい。
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次のナーシング・ホームに移動する車の中で、10歳と6歳の女の子と一緒になり、その子たちも太郎君の持っているゲームの機械を持っていて三人で楽しく遊んでいた。
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次に行ったナーシング・ホームでは、歩けない人が手を引いてもらったり、帰ろうとしたら大きな声で泣いたりした女の人がいて、みんなびっくりした。
一緒にキャロルに出かけた人の中に80歳以上になる人がいた。その人が考え深く、こんなところに来ないで、自分は朝起きたらベットの中で死んでいたらいいなどと言っていた。考えさせられる経験だった。太郎君はどう思っただろうか。
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その次に行ったところはナーシング・ホームではなく、光子の教会の牧師のお母さんと伯母さんの家。最近、伯母さんのほうは家の中で転んでしばらく病院にいたし、お母さんは肺炎ではないらしいのだが、風邪で高い熱が出て病院にいた。それでもう二、三、ヶ月教会に来ていないのでみんなでクリスマスの歌を歌って楽しんできた。はじめは病人のような顔をしていたが、歌い終わったあとの顔は生き生きして元気になったようだ。一日十回深呼吸をするといいそうだから、7、8曲歌ったのがよかったのだろう。太郎君も一生懸命歌っているでしょう。最後の写真のこの小さい子と、今朝教会で、太郎君、どうしよう、どうしようと言いながらボール投げをして遊んであげた。
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今日は早めのクリスマス・キャロルの日。イエス様の誕生を祝って楽しみ、また人々にも喜んでもらえた一日だった。太郎君も何かを感じてくれるようお祈りしておきましょう。人には何もできない。とくに人がイエス様を見、イエス様の教えを思うようになるには、神の霊(聖霊)が働いてくださらなければ起こらないことだから。

最後に、あまりいい写真じゃなくてすみません。ラスト・サパー。太郎君との最後のデナーだった。最後なのでまたステーキ。旦さんに太郎君の旅の安全と、この旅で太郎君が何かを得、前進できるよう祈ってもらった。。
09 12-13 Taro-kun LastSupper

淋しくなるな!
光子の教会の日語部の先生からの言伝を続きに書くので、続き(Continue)をクリックしてみてください。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 11日目

12月12日土曜日。本当にあと一日になった。太郎君はいや三日あると行ってる。今日も、出発する日も数えている。なんだかがっかり。太郎君に高校2年生とのとき一年間アメリカ留学をすればと一生懸命奨めてるけど、どうなるかな。

さて、今日の日程は。前は世界一高い、シアース・タワーとして知られていたけれども、今は三位か四位に落ちてしまい、名前もウイリス・タワーと変わったタワーに上る日。太郎君のお父さんもそのタワーに夕日を見に上って、何を見えないねと言ったとき、光子はびっくりして、何も見えないって、こんなにビルがあるけど。。。いやこの位高く上れば幽かにでも山が見えるかと思ったけど、見えませんねとのことだった。本当にアメリカ中西部は平らだから、何も見えない。今日は夕方曇りになるとの予報なので午前中に行った。

ところでミッキーさんは間違った名前だった。ごめんなさい。正しい名前はミックさん。前のも修正するね。今日からは間違えないで、ミックさん。
そのミックさんといよいよタワーだよ。カメラ交換しようか。こうやって使うんだよと話し合っている二人。
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さてタワーの上に上り、光子はふらふら。あのエレベーターのため。二人が窓から下を見ている写真を一枚。
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世界で一番でなくなったため、新しい工夫がなされ、ガラスじゃないね。プラスチックだねきっと。外に突き出しているところに立った太郎君とミックさん。ミックさんの写真がみつからないよーーー。
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さてタワーの下に降りてから、太郎君、いろいろな買い物。ミックさんと光子はお喋り。でも長くかかるね。よし、手伝うかとミックさん。これがいいよ。これはこれにしな。
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やっと、やっとショッピングが終わり、シカゴ・ピザとして有名なジオダノのパン・ピザ。やはり有名なだけあって、太郎君、とっても美味しいよって食べてくれた。
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ピザを食べ満腹になって、次のショッピングへ。教えられたお店がなかなか見つからなくて、随分歩いた。お陰でピザのカロリーがなくなった。これで太郎君のお土産ショッピング、自分のもののショッピング終わり。やれやれ。ご苦労様。じゃ、またあした。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 10日目

12月11日(金曜日)昨日よりやや暖かくなったらしい。それでも零下7度前後はあるとか。やはり寒い。太郎君が、昨日は本当に寒かったね。でも零下20度前後でも歩けるから不思議だと感心していた。札幌はどうしたってあれまで寒くならないいね。零下5度から10度かなあ。そう、今度は夏においでよ。でも夏は暑いよ。どのくらい暑くなるの。そうね、35度から40度になるときもあるかな。そしてそんな暑さが2、3日も続くと死人が出るからね。冬と夏の変化が厳しいんだね。そう。それに春と秋がないからね。4月から5月のはじめまで寒くて雪が降るときがあるからね。わー、そんなの嫌だな。本当に嫌よ。

そんな話をして朝食をしてから、今日は日本食品マーケット、ミツワに出かけることにした。何か日本向けの良いお土産でもあるかと思ったが何もなかった。全て日本、中国、韓国からのものばかりだった。
これがミツワの正面入り口。お宮さんの鳥居のようだ。写真見るまで気がつかなかった。
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太郎君は本屋、三省堂へ。旦さんと光子は食料品のショッピングに。そして昼食をここですることにした。太郎君は日本の味のハンバーガー。どう、美味しい。うん、美味しいよ。旦さんはお寿司。光子は海水食品が入ったラーメン。
ここがレストラン街。
09 12-11 Taro-kun 1

さて、帰る途中でガソリンを買った。セルフサービスのガソリン・スタンドへ。旦さんがガソリンを入れている間に車の窓を拭くことにした。太郎君も一生懸命手伝ってくれた。太郎君が一生懸命やっているものだから、旦さんはガソリンを入れたらサッサと車に入ってしまった。
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ミツワから帰ってイヌのお土産を買うためにペット・ショップへ。クリスマスなのでクリスマスのものがたくさんあって、太郎君、またまたあれこれと迷ってた。でも二、三品買ったらしい。その間光子はJewelマーケットへ。

やっと金曜日の夕方。教会の男の子達とレーザー・ゾーンというところで、レーザーでできたガンをもって点数をとるゲームに行った。とっても面白かったと言って帰ってきた。みんなに良くしてもらって、言葉が分からないのに一人で来てよくやった。偉い、偉いと誉められた。とってもいい子だねと言って誉めてくれた人もいた。太郎君がいい子だったので光子も嬉しい。またいらっしゃいなんて言われて太郎君、その気になっている。

こんな面白いことがこの短い滞在期間でできたのは偶然か。いや神のお陰か。神とは?日本人が考える神は何の神か。とか一人でいろいろ会話して考えている。太郎君は本を読むのが好きだけあっていろいろ良く独り言を言って考えてる。頑張って本当の本物を見つけてください。「私は真です」と言う神を。

それからもう一つ、英語での会話が早くて、早くて聞き取れなかった。日本での勉強だけでは足りないということを身に沁みて感じると言っていた。英語でみんなと会話をするのは無理、聞き取れないからということが分かったって。これはとっても進歩だね。これからは一生懸命会話は英語で、字幕を日本語にして映画などみようと意気込んでる。それにこちらで何とか若いうちに英語の勉強したほうがいいかななどと言っていた。頑張れ、太郎君。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 9日目

12月10日木曜日。お天気上々、でも寒いことこの上なし。零下20度はあるかもしれない。太郎君の日本に帰る日が近くなってきた。何だか何もしてない見たい。してあげたかったことが何もしていないみたい。
今日の日程は、日中は「産業科学博物館」見学。4時からミックさんと教会の日本語部の若い方が美術館へ連れて行ってくれる約束。太郎君、絵を見るのが好きだそうだから、有名はシカゴ美術館で堪能するでしょう。

太郎君、お父さんは産業科学博物館見てないよ。わーやった。
これがパーキング場から出て入場券を買うところ。あまり良い写真でないけど我慢して。
09 12-10 Taro-kun 1
さて、待望の潜水艦。太郎君、戦争映画、特に海軍と空軍がいいとのこと。旦さんと話が合い、あれこれと映画を見ているうちにドイツの潜水艦があるよということで、この博物館の見学となった。
昔、昔に、光子の化学の教授が日本から来たとき、これは素晴らしい博物館だ。でも一日では何を見たのか分からない。1週間かけて毎日通ってくださいと言ったのに、その後病気になり、とうとう来られなかった。残念。太郎君のお父さんもどうぞ見に来てください。
これがそのドイツの潜水艦の全貌。太郎君はあれこれと興奮気味に写真を撮りまくっていた。潜水艦の中は写真が撮れなくて残念。
光子が前に来たときは、子供たちが小さかったので迷子にならないように気をつけていることに集中していて、潜水艦の説明など聞けなかった。今日は太郎君に少しでも何か知らせてあげようと思って一生県命聞いたので、いろいろ分かって楽しかった。太郎君有難う。
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潜水艦から出たら世界各国から集められたクリスマス・ツリーの展示。ああ、日本のツリーがあったよ。本当だ。チャント説明書きがあるよ。日本は佛教国だからあまりクリスマスはしないって。うーん、でも日本ではクリスマスは一応お遊びというか、賑やかなお祭り騒ぎだよ。そうそう箱庭さんが日本ではクリスマスに買うのは止めましょう運動が出てるっていってたよ。そうかな。子供たちが承知しないよ。
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お腹空いたよ。何か食べようよ。そうだね。じゃ、どこにあるか見てくるから。太郎君が写真撮り終わったら行くよ。あったよ。ここで食べよう。太郎君はハンバーガー、旦さんはホット・ドッグ、光子はサラダ。こういう公共の場での食べ物は高いけど、味はやれやれというところ。でも空いているお腹にはまあまあ。写真撮るの忘れちゃった。

さてさて、次の空軍、飛行機の展示場へ。太郎君、ここでも一生懸命カメラを駆使してた。展示されてる飛行機を全部写してたかな。全部何の飛行機か知ってたみたいだった。
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その飛行機の展示場に、運転席だけを切り取ったような模型があって、それに乗れるとのこと。太郎君乗る。うん。大丈夫かね。逆さにもなるよ。大丈夫だよ。そうお。太郎君はその模型に乗った。その模型が傾いたり、逆さになったりしていた。大丈夫だろうか。
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やれやれやっと出てきた。何でもない顔をしていた。若いということはいいこと。光子が乗ったらふらふらになるね。太郎君、さすが逆さになったときは、胸がちょっと感じたとか言っていた。
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この後、4時にミックさんと待ち合わせて美術館へ。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 8日目

12月9日、今朝は時間に追われなかったので太郎君もゆっくりお休みができてよかったかな。遅い朝食をして、最後のショッピング。

さあ、出かけようショッピングへ。今日は大丈夫。本も持ったから。
電車の中の太郎君。これはシカゴ市中を走る電車。光子はこの電車に乗って20年間仕事に通った。
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まず、レゴのお店に。お店の入り口にあるおじさんと一緒に座って待ってるね。はい、いいよ、などと話してたら女の人が来て座られちゃった。座るとこがないと困るなあ。
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店の中に入って来て。この間来たとき、エルサさんはここに座ってたよ。ああ丁度いいね。怪獣の台に座って本を読みながら待つことにした。何時間待ってもいいよ。そして太郎君はあれこれと、ゆっくりとレゴ選び。
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ほらこれがR2D2だよ。レゴでできたものだった。今年の春頃このR2D2の郵便ポストで大騒ぎしたので、写真を一枚。隅のほうに押し込められていて可哀そう。
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レゴが終わって今度はNikeへ。NikeはToyじゃなくて身につけるものだったのでいろいろと相談に乗ってあげて、あれがいいよ、これがいいよって決めてあげたのではやく済んじゃった。
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お腹すいたね。太郎君まだハンバーガー食べてないね。美味しいハンバーガーにしよう。しほうさんに教えてもらったWater Tower Placeの中にあるMity Niceというレストランで、太郎君はGrilled Mini Hanbergerにした。光子はターキーBLT、これも美味しかった。Homemadeのフレンチフライが美味しいね。
このレストラン中二階にあるので見つけられなかったら、こっちだよって、太郎君に探してもらっちゃった。いつもこの中二階にあるレストラン街探しにくかったのに、太郎君はさっさと見つけてくれた。ちょっと高そうだね。そうね、マクドナルドに比べればね。でもそうでもないよ。
大きなアイスティーだなあ!
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わあ!すげえ!大きなハンバーガー。美味しかったって。全部食べてくれた。そうそう食前に出たパンもピザ味で美味しかった。太郎君は食前にパンが出るのが珍しいって。あまりそれ食べるとハンバーガーが食べられなくなるよ。でも美味しいし、お腹空いてるからって全部食べちゃった。また持ってきてくれるというのも面白かったらしい。
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それからまた電車で帰ってきた。疲れたのと、お腹が一杯でと寝てしまった。きっと夜中に起き出してコンピューターをするのかも。

シカゴは一日中雪。でもあまり積もらなかったけど、明日から寒くなるからみんなも気をつけてね。太郎君はお母さんにズボンの下に着るものを持たせられたのを感謝してた。

今日一日、5時間のショッピングとお食事付き合ったのに、全然イライラせず、ゆったりしてる。今夜も神様に感謝して、明日をお願いして寝よう。またいろいろ光子のこと心にかけていてくださる方たちにも感謝。有難うございます。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 7日目

昨夜は神さまに礼拝を捧げ、よーーくお話して寝たからか、6時間はぐっすり寝たらしい。でも腰の痛みで目が覚めた。そして外を見たら真っ白。1ー2インチの雪が積もっている。やれやれ。これだから腰にあるリューマチ性神経痛の「こぶ」が痛むんだ。旦さんも太郎君もぐっすりと寝ている。
さーーてと。毎朝の1杯の水と梅干。そしてビタミン剤を飲んで。腰の痛みのための運動とヨガ式運動もして、やれやれ良い気持ち。
旦さんが起きたので、太郎君の部屋を除いたらまだよーーーく寝ていた。太郎君と声をかけてもぐっすり。今朝は聖書の勉強のために教会に行く日。でもまだ時間があるからもう少ししたら起こすことにしよう。
朝の一服。日本からの美味しいお茶の美味しいこと。お茶を飲みながらデボーション。
さてと太郎君を起こそう。どうなるかなあ?!太郎君、今日は教会に行くからね。時間だよ。9時には家を出るからね。うーーんと起きてくれた。郵便局へも行くからね。夕べはごめんね。カッカッしてと謝った。
お茶飲む。うん、飲む。
これで気持ちのよい一日の始まり。
太郎君も起きて来てお茶を飲んで、9時にみんな用意ができて教会へ。

今日の集まり、レジャー・グループでは、クリスマスだからクリスマスの歌を。そして聖書の勉強。急用で牧師不在。旦さんが指導してくれた。その後でエクササイズ。写真は讃美歌を歌っているメンバーの面々。
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太郎君は隣の部屋で大きな箱の梱包を。郵便局の人が教えてくれたようにブラウン・ペーパーで包んで、テープをペタペタ。一生懸命にやってた。大きな箱の陰になって顔が見えない写真。出来上がりは100%だった!それを持って郵便局へ。無事、出荷。
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教会では、クリスマスを祝して、チャイニーズでランチョン。美味しいチャイニーズだって太郎君も食べた。

教会から帰って、三人で「地上最大作戦」という白黒の映画を見て楽しんだ。午後も少し運動をしたので光子の腰も良くなり、映画を楽しめた。

夜はポーク・チョップで夕食。太郎君がアップル・ソースでポーク・チョップを食べるのが珍しいって。アップル・ソースはホームメード。余り甘くなくて美味しいこと。
太郎君は芽キャベツが珍しいと写真を撮ってた。でもあまり美味しいものではないねと言いながら二、三個食べてた。

光子の祈りが聞かれたことへの感謝。そして太郎君が変わらず、一緒に教会に行き、一人で小包を作ったりしたこと、旦さんのこと、娘のこと、そして光子のことを感謝して寝ることにしよう。

雪はまだまだシンシンと降っている。お休みなさい!

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 6日目

12月7日、テレビでは第二次世界大戦のはじまり、真珠湾攻撃の話が始まっている。アメリカの暦では真珠湾攻撃は12月8日になる。明日はもっといろいろ報道するだろう。

今日の太郎君の第一の行動はランドリーマット(洗濯やさん)に行って洗濯。まず洗濯機に洗濯物を入れて、洗濯を開始。お金を入れているところを一生懸命写している太郎君。チョッとぶれちゃった。大きな、大きな洗濯機が珍しいんだって。
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洗濯している間、誰が洗濯しているのかって。勿論機械。その間に隣のマクドナルドで朝食。カップが大きいこと、食べるものも大きいことを珍しがっている太郎君。同じマクドナルドなのに違うって、日本のとは。
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朝食を食べて、また洗濯やさんへ。           さあ、洗濯が終わり、ドライヤーに、それから
今朝は寝坊して起こされたので眠い太郎君。     乾いたものをハンガーにかけている太郎君。
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洗濯も終わり、お昼までまだ一時間あるからショッピング。昨日決めたクラスの友達達へのキャンディーを買いにSam's Clubへ。あれこれ決めるのに時間がかかるので大変。やっとやっとSam's Clubでのショッピングが終わり、今度は家族のものを買いにTargetいわゆるデパートよりちょっと安価なお店へ。
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人は年をとると気が長くなり、長い長いショッピングでもじっと我慢していられると思ったけど、そうじゃないらしい。娘がティーンのときのほうがじっと我慢していた率が高かった。あれこれと着替えては意見を聞き、大変な騒ぎだったのに。年をとると先が短くなるから気も短くなると聞いたことがあるが本当らしい。今日太郎君のショッピングに付き合って、実際に経験し、気が短くなったことに本当にがっかり。気が短くなり、いらいらが激しくなり、(お腹が空いていたこともあったらしい。食べても治らなかった。)それらが原因で、とうとう夜になってクールをなくしてしまった。太郎君に嫌われたらしい。謝ったけど駄目らしい。どうしよう。

これから神さまに礼拝してなんとかしてもらおう。じゃ、お休みなさい!

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 5日目

12月6日、日曜日、教会で宇宙の創造主なる神を礼拝する日。7時半に朝食。太郎君は、毎朝6時半ごろには起きているので8時に家を出るのはたやすい。でも知らないところで、知らない人たちに会い、あまりよく分からない言葉で話をすることを思うと神経質になったのだろう、出かけに長い間お手洗いに座っていた。
でも教会に着き、いろいろな人に挨拶をしているうちに少しはなれたようだった。あちこちで写真など摂っていた。
これは教会の地下室のFellowship Room。でもSunday Schoolの部屋にもなる。
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礼拝の時間になり一階に上がり、礼拝堂の前で。英語の歌はちょっと難しかったかな。でもこれ何の歌。イエスが来てくれて人間を作り変えてくださるって歌よ。礼拝のはじめをここで。
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そのあと太郎君は同年齢の子達のクラスに出席。光子は一番小さい子供たちのクラスのヘルプをしなければならない日だったので太郎君のクラスの写真を取れなかった。残念。
これはヘルプをしたNursing Class。イエスの誕生に関して星は大きな役目をするので星を飾って星探し。
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クラスが終わり地下に行ったら、太郎君一生懸命クラスの子たちにあげるコマの廻し方を研究中。そのコマや扇子をみんあにあげて喜ばれた。ありがとう!
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英語部の礼拝のあと日本語部の礼拝があり、太郎君はミックさんと一緒にその礼拝にも出席した。ミックさんがみなに紹介してくれて、楽しかったらしい。日本語が通じるのだから。それで美術館に行く約束をしたらしい。絵は情操教育のためによいのだからよかった。
教会のあとミックさんと一緒にレークにも連れて行ってもらった。ありがとう!ミックさん。

夕食はアメリカの寿司、日本食に興味がありそうな太郎君を「たのしい」という韓国系の人が経営している日本食レストランへ連れて行くことにした。レストランへ行く前に近くのマーケットJewelでお土産のチョコレートやキャンディーの試食用を買いに行った。そこでSelf Serviceのレジがあるのが珍しく写真を撮っている太郎君。
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変わったすし、ブロッコリーの天ぷらのことで太郎君驚きと大笑い。その顔の写真を撮らなかったので残念。
アンダーソンビル(この店のある場所の名)巻き寿司を撮っている太郎君。
その隣の写真は、エルサの写真機を借りたのでその使い方を話し合う二人。
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この同じレストランの前の代の人のとき、太郎君のお父さんも、ボストンの学会のあと来てくれて、ここで夕食をしたことがあるとの話になった。そのとき、アメリカのビールを注文したのに、「サッポロ・ビール」しかなかった話をして大笑い。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 4日目

太郎君とは一日中一緒じゃなかったのでブログに載せる写真がなにもない。

旦さんと光子は教会のお掃除に。どうしたの?太郎君にボランティア精神を教えるんじゃなかったのって、ミッキさんに言われてしまった。本当だったね。

でも太郎君、一日中、英語半分、日本語半分で大変だったらしい。でも好きなもの買ってもらって、楽しくて、嬉しかったらしい。娘にありがとうって言ってたから。

教会の遊びにも行かれないくらい疲れちゃったって。レゴのお店にApple、もう一軒何とかいうお店にと行っていろいろ見て歩いたらしいから。どれにしようと迷いに迷って、いろいろ考えてたよと聞くだけでも光子は疲れちゃうから。太郎君、余程疲れたんでしょう。

今夕はピザを取って夕食。アメリカのピザと日本のピザの違いを知ってびっくり。日本のピザにはたくさん「グ」を載せるんですってね。アメリカの子供たちはチーズだけ、それじゃなければソーセージ、ペペロニで、野菜は余り載せないね。旦さんいわく、ピザの味がなくなるそうだ。それでペペロニだけのピザと海老(小さい、小さい海老)と黒のオリーブを載せたのが太郎君。

光子が教会から帰ってきたら、写真のようなピザが残っていた。
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夕食のあとソファに座ってテレビの映画を見てるみんな。太郎君、旦さん、と娘(写真に載らなかった)
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見ていた映画は「電車男」。テレビの映像を写すのは難しいね。
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昨日の寒さが祟ったのか、今日は光子も疲れちゃった。これでお終い!早く寝ることにしましょう。明日は日曜日で教会へ。神への礼拝を捧げるのに眠くならないように。そうだ明日はベビーたちのお守りだった。お休みなさい。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 3日目

シカゴ三日目、ご飯、豆腐の味噌汁、納豆と卵とのりで朝食。太郎君と二人でいろいろお喋りができた。太郎君は人への思いやりがあっていいね。イエスの第二の教えは「互に愛し愛なさい。自分のように。」太郎君は実践してるねとの話から、キリスト教の話を少しさせてもらった。死と原罪について。続きに書くので読んでください。

そのあと、ミッキさんが自動車で迎えに来てくれて郵便局へ。良かったね、車で。寒かった。寒かった。
郵便局で順番を待つ太郎君。Air Mail Stampでいいのって心配そう。
はい、順番が来てカウンターへ。良い伯父さんで一安心。
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それから昼食の中華料理やへ。来週の火曜日に教会の集まりで食べる注文をするために、こんな小さなTake Out専門の店へ。
注文窓口                      中華料理を食べながらミッキさんとおしゃべり
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中華料理を食べたあと、寒くて、寒くて、もっと着ていかなければ夜のシカゴ見物は無理。家に帰りたくさん着て、夜のシカゴへ。
クラスの先生が昼食時にみんなに配ってもいいって言ってくれるので何かクラスの人たちに買いたいとのこと。シカゴ自慢のミント・チョコレートにしようか。Mercyの名前が入ってるので割高、それにミントはどうもとのことで取り止め。
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クリスマス近いシカゴの街へ繰り出して。寒い、寒い。公園の入り口で熱いココアとアップル・サイダーのサービス。アップル・サイダー飲もう。ミッキさんがいろいろ世話をしてくれたり、写真を撮ってくれたり。ありがとう。
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そして今日の目的のChicago Children's Choir見物。寒い中待つことしばし、やっと子供たちがやってきた。クリスマス・ソングを10曲ほど。約45分間。合計寒い中に立っていたのが1時間15分。手足が痛くなった。太郎君のお腹も痛かったらしい。
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歌が終わり、さてマクドナルドへ。ところが寒くて、寒くてマクドナルドまで行かないで、暖かいところならどこでもって、通りすがりにあったSubWayへ。やっと人心地がついてサンドイッチをパクパク。お腹も空いていたんだね。
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暖かくなったあと、シカゴの銀座へ。道の真ん中に出て写真を撮ってる太郎君。
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あの人、Legoの袋もってたよ。太郎君Legoが好きなの。あれは小さい子供のもの。うーんそうでもないよ。
このデパートに入ってお手洗い借りようよ。そう私もそうしたい。僕はいいよ。。。。あれこんなところにLegoがあるよ。太郎君そこで待っててね。それから探そうよ。
そのデパートの中にLegoのお店があったのよ。偶然!いや、偶然ではない。これはきっと神さまが導いてくださったのだ。でもLegoのお店は閉店。がっくり!明日の朝、早く起きて教会のお掃除に太郎君にも行ってもらおうと思ったら、娘が自分がLegoのお店に連れて行って、欲しいもの買ってあげると言ってくれた。太郎君ちょっと言葉が心配。でも良かった明日の朝少し寝坊できるって。
太郎君が動いちゃったのでしょう。ぼんやりしちゃった。太郎君の横にいるのはLegoで作られた伯父さん。
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ミッキさんが、これはシカゴでは有名な浄水場だから写真撮ってあげるよ、写真機かしてご覧。あれ充電しなきゃ駄目かな。大丈夫よまだと浄水場を背景に、ミッキさんと太郎君
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寒い、寒い、一日でした。初雪もちらちらしました。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 二日目

太郎君、来シカゴ、二日目、12月3日
太郎君時差ボケも直ったよう。今朝は6時に起きたけどよく眠れたよと言っていた。良かった!こっちは寝坊してしまって、9時にターキーをオーブンに入れるためにおおわらわ。太郎君、ちょっとあれ取って。はい。わあ!見ちゃった。そんなの目の前に見せられたら朝ごはん食べられないよ。じゃ、あっちの部屋で食べてらっしゃい!
これは太郎君の見た生のターキー。処理が終わり、あとはオーブンへ入れるだけ。
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ターキーをオーブンへ入れたあと一休みして、ショッピングへ。日本のボルトとアメリカのボルトが違うため、そのコンバーターを買ったほうがよいというのでBestBuy電気やさんへ。コンバーターよりNintendoのゲームのハードウエアやソフトがあったので、そのほうが面白くて一生懸命見ている太郎君。今日は見るだけ。また来たいよとのこと。
昨夜、充電のこといろいろ調べたらしくて、何もいらないようだよと言っていたからいらないのでしょう。
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BestBuyのあとは食料品店、太郎君、あれ、このお店コス(ト)コと似ているよって。でもうちはコス(ト)コのメンバーではないのでSam'sクラブへ。何か食べたいフルーツ見て。これ黄色いメロンだって。買ってみようよ。美味しいといいのだけどね。シカゴで買うフルーツは全然美味しくないときがあるから。
蟹の足なども美味しそうだったけど、きっと北海道のとは比べられないよとのことで止めた。それでまたステーキを買った。あまりステーキばっかりだと肥るかなあと心配しているから、いやステーキはもう一回だけよ。それで太郎君も安心したらしい。
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そのお店で美味しいHot Dogを売っているので食べるときいたら、それなんですかというので説明したら、ああホット・ドッグですねとのことで、日本式英語の発音が出来なくて太郎君とトンチンカンな話をしている毎日。
あれ、これってもう一杯飲んでもいいの。そう、re-fillと言ってもう一回いいのよ。よーし、どれにしようかと次のソーダを物色中の太郎君。
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しぼうさんというお友だち、最近日本から帰ってきた人と三人でメキシコ料理やさんへ。メキシコ料理はタコスくらいしか知らないし、あまりお呼びでないようでした。メキシコ料理はお腹に悪いのかな。そういえば帰って来てお手洗いに長く入ってた。でも、大丈夫だよ。薬もあるし、慣れてるからと言ってけど、ちょっと心配。でもそのあとこれ食べようってポテトチップ食べてたから、安心。
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焼き上がったターキーを綺麗に切って並べ、丸のままは出さなかった。テレビのニュースを見ながらターキーの夕食。ターキーは初めて食べるなあと感心している太郎君。
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太郎君が聖書を読んだけど分からないといったのを考えて、丁度大学生が同じような質問をしてたのに、ある牧師先生が答えていたパンフレットがあったので、それを見せてあげた。何か分かってくれるといいね。

お客さん、旅人

太郎君、来シカゴ 一日目

明日、2009年12月2日に太郎君が来てもいいように、いつも使っていないお部屋を掃除し、ベットも作った。さあ、太郎君いつ来てもいいよ。明日、太郎君が無事にオーヘア空港に着くように、そしてこっちも寝坊したりせず、無事に空港に行け、会えるように、イエスにお願いしてベットに。
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いよいよ12月2日朝6時半。急ぎ出迎えの準備。交通の渋滞もなくスムースに空港へ。7時半に着いてしまった。やれやれ安心。無事空港についたことを娘に電話。さて飛行機も10分前に着いた。予定とおりAゲートから。カメラを抱えてAゲートへ。きっと英語が分からなかったりして遅くなるかなと思いのほか、早々と出てきたし、予定していた服装とは余りにも違っているので、はじめは分からなかった。でもどうしてもあれは太郎君らしいとスーツケースの名前を見たりして、声をかける。はい、僕、太郎ですって元気な声。ゲートから出てくる写真を撮りたいよとまたゲートへ行ってもらって。撮った写真。
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飛行機の中の食事では全然満腹感なし。お腹すいたというので玉子焼き、ソーセージ、トーストで朝食/昼食。自分で玉子焼き作りたいって。ソーセージもマイクロじゃなくてちゃんとフライパンで美味しく焼いて、また食べてた。
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眠くて、眠くて、頭がぼんやりしてしまったって。飛行機の中は一睡もできなかったそう。一眠りしてミシガン湖へ。ミシガン湖に連れて行くとみんな「わあー、大きいな。海のようだ」っていうけど、太郎君も同じ。なんとかその大きなミシガン湖をと一生懸命カメラを構えている太郎君。
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そのあとリスをみつけ、リスを追いかけ、リスの巣を見つけ、カメラを構えている太郎君。
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ミシガン湖から、今夜のステーキを買いにJewel食料品店へ。途中にあったクリスマスの飾りつけのある木と太郎君。
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夕食のあと、夢中になってテレビで映画をみている太郎君、旦さん、そして娘の三人。
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太郎君は教会へ行くということで、あれこれ教会のことを勉強してきたらしくて、カソリック(旧教)とプロテスタント(新教)の違い、カソリックは旧約聖書をよく読むの、そしてプロテスタントは新約聖書を読むのとの質問。
新約聖書が家にあったので読んだけど全然分からなかったって。この続きが太郎君と話せるようお願いして。

特別の料理しなかったから続きはなし。今夜はステーキとサラダと付け合せの野菜とベークドポテトとご飯。ステーキとソーセージは豆炭をおこして焼いたの。太郎君一生懸命手伝ってくれた。お料理が好きなのかな。
プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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