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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

愛されている光子

「愛されている光子」はじめに「聖手の働き」-祈りのジャーナルより

Hirokoが書きたいという願いに、主はいろいろなことで応えてくれた。それなのにHirokoは書くことを延ばしていた。でも書かなければならないときが来たようだった。2008年の9月頃だった。Hirokoは「こわい」夢を見た。死んだHirokoがイエスの前に立っていた。イエスは何も言ってくれなかった。Hirokoも何も言えなかった。目が覚めたとき、ベットの中だったけれども、恐れで敬虔な気持ちになり、「主よ、書きます」と言った。肉体的にも、精神的にも、頭の働きでも、二つのことができなくなっていることが分かっていたHirokoは、教会の子供たちのミニストリーを続けることができないと言って、辞めさせてもらった。
書くことは若いときからのHirokoのドリームだった。一度は本気になって書くことで身を立てられたらと、あちこちの会に入って、書いたものを投稿したりしていた。

1970年8月のジャーナルより 毎年八月には、教会の修養会が催され、Hirokoたちは家族でいつも出席していた。その年は、Rev. Bakerと一緒に、霊の賜物について勉強した。自分の賜物は何であるかを考え、話し合うことになった。殆どの人が、自分の賜物を知っているようだった。Hirokoは今まで聞いたことがなかったので何も言えなかった。皆はHirokoに、「Hiroko、あなたは人のことを思いやることができ、誰とでも簡単に話ができるし、料理が上手なのだから、きっと「もてなし」の賜物があるね」と言ってくれた。それはよい賜物だが、Hirokoは宣教の賜物が欲しいと願った。日本にいるHirokoの家族は誰もイエスを信じていないし、イエスについて知ってさえいないのだ。Rev. BakerはHirokoの家族の救いのために祈ってくれた。

同年9月のジャーナルより Hirokoが宣教の賜物が欲しいなどと願ったのは、大それたことだったらしい。そのためだろう、神からテストされたとHirokoは思っている。それはHirokoが五歳になる娘を連れて遊園地に遊びに行ったときのことだった。神から全然知らない白人の女の人に、イエスのことを語るように言われた。でもHirokoは勇気がなく、恐ろしくて、いろいろな言い訳をして逃げ出してしまった。宣教の賜物がHirokoのものではないのは明らかだった。

Hirokoは、この日から、神に逆らい、従わなかったことに苦しみ、悩まされ、気が滅入った生活を送った。これは長い年月続いた。

1971年8月のジャーナルより Hirokoの家族は、また修養会に出席した。Hirokoは暗闇の中で、恐れと苦しみで過ごしているときだった。この修養会で何か得られるかもしれないと期待した。でも結果的には何も得られず、もとの苦しみ多い生活に戻ってしまった。修養会二日目の朝の静思のとき、神からの語り掛け、「Hirokoはお喋りだが、イエスのことを語ろうとすると口がふさがりできなくなる」との言葉が心に響いた。Hirokoは完全に宣教の賜物がいただけないことが分かった。Hirokoは悲しかった。Hirokoの家族はどうなるのだろうかと考えた。修養会では静思の時間がたくさんあって、神とよく語り合えた。また相談できる先生方もいつも側にいた。一週間は瞬く間に過ぎていった。帰る日の前夜の静思の時間に、Hirokoは神に、「Hirokoの家族の救いはどうなるのですか」と聞いた。何の反応もなくHirokoは悲しかった。Hirokoは何回も聞いてみた。とうとう最後に、Hirokoは神に、「語ることができないなら、あなたのことを書かせてください」と聞いていた。それにも何の答えもなかった。

神がどのようにHirokoに関わってくださったかを書きたいと、1971年8月にお願いしてから2008年まで、なんと37年間も神は待っていてくださった。単に待っていてくださっただけでなく、それはそれはいろいろなことでHirokoを力づけてくれた。
まず1987年に、神はHirokoにベーカー・マッケンジー法律事務所に職を与えてくれた。その法律事務所には新しい日本語のワードプロセッサーがあった。そして忙しくない時間もたくさんあって、Hirokoが書ける条件が揃っていた。その上、書くときの注意すべきことを日本の弁護士さんからたくさん学ぶことができた。その弁護士さんは、言葉を吟味して選び、文は簡潔明瞭に、そして重複などで文がだれないように、いつも最大の注意をして書いておられた。契約書、規約書などは昔からのもので、簡潔明瞭にとはいかないようだったが、それらを説明する手紙などは、一度読むだけで頭にすっと入ってくる文を書かれた。
その上、神はHirokoに書くための主題などについて語りかけてくださった。それらを書いたことは書いたが、何か義務のように思って書いていた。でも書いたものを大学の同人誌、キリスト教関係の出版社に送ったりした。

1998年8月24日のジャーナルより この日曜日には二つのよいことがあった。
その一つは、本当の意味で神を礼拝させていただいた。悪霊追い出しをしてもらった次の日で、神の愛、恵み、あわれみを心に感じられ、涙が止らなかった。今までの罪を犯したという重い意識から自由にされ、心が平安で、主にある喜びさえも感じられた。
もう一つは、子供たちを教会に出席させているHirokoの友人から手紙を頂いたことだ。その手紙には、自分はクリスチャンではないけれども、子供たちが教会で育ち、皆さんに指導していただいていることを感謝しているというような内容だった。Hirokoは、その手紙を読んだとき、そうだ書こう、光子の話をと思い、少し長かったけれども書いて送った。

この日曜日から、Hirokoは書くことも楽しく、書いていると喜びがこみ上げてきた。その上、日本のある新聞社で短編小説を毎月募集している記事を読むチャンスがあった。これら全て聖手が働いていてくださったからとHirokoは思って感謝している。

2008年9月のジャーナルより 先に書いた夢を見た日、その日は丁度しほうさんが訪ねてくださる日だった。しほうさんとブログのことでいろいろ話し合い、立ち上げてあげるよと、しばらくコンピューターに座っていたが、「はい、できました。いつでも書けますよ」と言った。「一つだけ注意があるんです。一ヶ月書かないでいると広告が載せられてしまうから、頑張って書いてください」とのことだった。さて、書かなくちゃ。短い文を書いてはそのブログに載せているうちに、誰か知らない人たちも読んでくれていると思うと書くことが楽しかった。

2009年10月14日のジャーナルより Hirokoは、とうとう送ったのだ。短編小説応募規定に従って、日本の地方紙に投稿したのだ。そう、37年目。何と忍耐強い神だろうか。でも嬉しかった。心は平安で、喜びに満たされた。

そして2009年3月の紙上で、Hirokoの短編小説「輪廻」が準入選になった。神に連なっているならできないことはないとは本当だ。「主よ、ありがとうございます。」ブログの上でコメントを書き、力づけてくださった方々にも感謝。

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これからも地方紙への投稿、日本語と英語のブログにも書き続けますので、宜しくお願いします。ブログには「愛されている光子」と題し、光子の出生から、神がどのように関わってくださったかをを書き続けて行くつもりです。文を書くことへのご教授、またコメントなどをいただきますと力づけられます。どうぞ宜しくご指導ください。
英語のブログ名は House On the Rock、住所は http://htsukasa.blogspot.com です。
それから家族の救いに関しても、神はHirokoにまず祈るようにと教えてくださいました。今は日本にいる家族、友人、知人、そしてアメリカにいる家族、友人、知人のために祈っています。どうぞ日本のリバイバルのためにお祈りください。

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ピスタシオ・ナッツ・ケーキのレシピです。
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ジャーナル

小正月とレジャー・グループ

昨日は1月15日、小正月。箱庭さん、雪華さんに教えてもらったお正月に食べるものを小正月に食べたの。

1月14日の夜にすき焼きを。勿論日本のような材料はないけれど、結構美味しいすき焼きを作れるの。お鍋の中に白いものが横たわってるのは、おでんを作ったときに残った竹の子。写真がボケちゃってがっかり。
10 01-15 New Year Noodle1

1月15日の小正月には、残ったすき焼きのスープを使って、箱庭さんに教えてもらったように、梅干と大根おろしを入れたおうどんを食べたの。梅干と大根おろし見える。そして菜の花と人参の天ぷらもして、脇に添えたの。美味しそうでしょう。美味しかったよ。
箱庭さん、どうもありがとう。梅干と大根おろしを入れると、おうどんが胃にもたれないで、本当によかった。
10 01-15 New Year Noodle2 10 01-15 New Year Noodle3
10 01-27 Tempura1

シニアの集まりがあって、お正月だし鍋をして、デザートには栗饅頭をつくった。どうぞ続きを読んでください。

翻訳物

氷、冷凍庫に貯まっちゃったの

この写真は、氷が一杯ついてるKitの冷凍庫です。
09 08-30 Kit and Ice1
Kitはこの氷の張り詰めた冷凍庫をみて、考えたことを彼女の英語のブログに書きました。日本語の分かる人たちにも読んでもらいたいとのことで、Kitの書いたその英語の文を要約しました。

下記のKitのブログに彼女の英語文があります。
here's the link for my devotion. just copy and paste on your blog.

http://www.tradingyokes.com/2009/08/unbelievable-freezer.html

<要約文>
8年前に、このアパートに引っ越してきてから、冷凍庫の部分的お掃除を二度しました。冷蔵庫の一部分になっている冷凍庫の氷は、日に日に多くなっていきます。その結果、冷凍食品を保管する場所がだんだん少なくなってしまいます。それで良かったのは、今は新鮮で、健康な食べ物を多く食べるようになりました。氷がいっぱい張った冷凍庫をみると、アイスクリームや冷凍ピザを買うのを考えなければなりません。冷凍庫にはスペースがありませんから。

この冷凍庫を見ていると、私が罪によって苦しむことを考えさせられます。心配、文句を言う、盗み(働いているところのペーパークリップを私用に使うことなども)、嘘、誤魔化す、これらいろいろな罪に中毒となること、それに肉欲などの罪です。これらの罪に対して何もしないと、冷凍庫の中の氷が増えていくように、罪もますます多くなります。私はそのような苦しみをもって生きることはできません。神のところに行って、神にこれらの苦しみを取り除いてもらい、聖霊と、主の義に満たされるように祈ります。そうすると、心配、罪悪感はなくなります。何故なら、キリストは私を許し、私を自由にし、私に新しい人生を与えてくれます。今日、主なる神に近づきます。

BSF(聖書研究と交わりの会)のことを説明させてください。
この会のクラスは、男、女、子供、世界中の全ての人が出席できます。私(Kit)は、ここで七年間、学んでいます。神への信仰、神を知る知識は成長しています。
新しい学期が2009年9月14日から始まり、今年はヨハネによる福音書を学びます。
無料です。
聖書、ペン、ノートブック、お友だちを連れてきてください。
BSFに関するインフォメーションは、 http://www.bsfinternational.org でご覧ください。

あいさつ

新年明けましておめでとうございます

10 01-01 New Year 1
テレビで見る限り、お祭り騒ぎがアメリカの新年、お正月だね。New Year Eveにはシャンペンを飲んで、時計を見ながら12時になるのを秒読みして、12時になるとハッピー・ニュー・イヤーと挨拶して、キスして、踊りまくってというところ。
10 01-01 New Year 3 10 01-01 New Year 2

日本のお正月ってもっと深刻な感じだから、こんなNew Yearは味気ないかな。でも新しい年になる瞬間に愛している人と一緒にいるのって、いいことなのかもね。2010年には、人々が本当の意味で愛し合っていかれるように。

うちのお正月の集まりは明日(1月2日)。みんな海老の天ぷらと刺身とお寿司を食べに来るのよ。そしていろんなお喋りをするんだけど、イエスにあって新しい年には何をするかでも語り合えるといいね。元旦の今日は料理の下ごしらえをしていたのよ。明日、その料理、岩の上の家のお正月料理の写真を続きに載せるから見てね。

どうぞ良い2010年をお迎えください。このブログを読んでくださるみなさんの上に、豊かな祝福と人生の導きがあるように、お祈りさせていただくね。今年こそ人生の「真のもの」を見つけてください。

ここに載せたクリップ・アートと写真は、Freeと書いてあったから、GoogleのImageからお借りした。
プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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