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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

愛されている光子

「愛されている光子」 1.「命」

光子は、十二月三十日午後十時二十分、東京で生まれた。
光子がシカゴにいる夫、正人のもとに行く三日前、お母さんは、光子の誕生に関する不思議な話をしてくれた。
「山形のお祖母さんが来てくれたのは、出産予定日が五日も遅れたお正月もあと三日というとき、美味しいお正月料理をたくさん持ってきてくれたのよ。」
「山形のお祖母さん?一人娘の初子の誕生に北海道のお祖母さんじゃなかったの。」
「今日はあなたの誕生の話をするつもりだったけど、私のことも話そうかしら。あなたを産んだときは、お祖父さんからの勘当がまだ解けてなかったのよ。」
「えっ。お母さんが勘当されていたの。なるほど。そう、それが本当の理由なのね。」
「あら、何のこと。」
「ほら高校に入るとき、謄本に、お父さんとお母さんの結婚式の日が十二月二十九日で、私の誕生日が三十日になっていたじゃない。同じ年のよ。」
「あれは前にも言ったでしょう。山形のお祖母さんが私たちの結婚届出の書類を役場に出すのを忘れていたって。昔は本籍地に出生、結婚などの届出をしたからね。」
「そうお。でもどうして勘当されたの。」
「お母さんは十九歳のときに家出したのよ。」
「えっ!?」
「あなたも知っているでしょう。あの頑固な浦幌のお祖父さん。」
「子供たちに薙刀と刀を渡して、そんなに喧嘩したいならそれでやれって言ったお祖父さんでしょう。でもお母さんが勘当されていた話は聞いてないわよ。」
「浦幌の叔父さん何も言わなかったのね。自分もいろいろあったから、お祖父さんと。」
「お祖父さんも可愛そうに。可愛い一人娘に背かれて。」
「そうよね。でも北海道のお祖母さんはあなたの誕生のお祝いに、赤ちゃんの肌着やら何やら送ってくれて、影でいろいろ面倒見てくれたわ。」
「そうだったの。」
「それでね、山形のお祖母さんがお正月用の食料品を一式背負って、来てくれたのよ。」
「お餅なんか重かったでしょうね。」

光子の誕生の予定が五日延びた十二月二十九日、年末のお掃除を始めようとしたとき、
「ごめんください」と誰かが玄関のほうにやってきた。
「はーい。どなたさまですか」と言いながら玄関のほうに急ぎ足で出て行った。
「私ですよ。山形から来ましたよ。大きなお腹で走ったりしては危ないでしょう。」
「お母さん。よくおいでくださいました。重かったでしょう。さあ。どうぞ、どうぞ。」
お祖母さんは背に負った荷物を「どっこいしょ」と言って床の上に落としながら、
「これは少し重かったよ。お餅が入っているからね。」
「山形のお餅ですね。美味しいですよね。ありがとうございます。」
「あなたは赤ちゃんを産むのだから、お餅のようなものは食べてはいけないですよ」と言いながらお祖母さんは履物をぬぎ、上にあがった。そんな訳で光子のお母さんは、その年のお正月には大好きなお餅が食べられなかったと特に力を入れて光子に話した。
光子のお父さんがお勤めから帰り、夕食も終わったあと三人で話し合った。お祖母さんは、
「赤ちゃんが明日、明後日に生まれたらどうするか考えてるかい」とお父さんに聞いた。お父さんは何のことか分からなかったが、お母さんは直ぐに分かり、
「そのこと私は一月二日がいい。三十日、三十一日では赤ちゃんが可哀そうですよね。」
「そうだったのか。それじゃもう決めてあるんだね。」
「そうじゃないんですよ。お母さんから話してくださいよ」と言うと、お父さんは、
「私は変更をする必要はないと言ってるんですよ。」
「どうしてかね。赤ちゃんが可哀そうだよ。学校でも、何をしても、いつも最後だよ。」
「私はそうは思わないですよ。お母さん」とお父さんは頑固に主張していた。
「へえー。おまえも兄さんと同じなのかい。」
「お母さん。お兄さんと同じって。何ですか。」
「兄さんのとこの二番目の女の子が十二月三十一日に生まれ、そのままの日で出生届けをしたんだよ。十二月三十一日だよ。」
「それでいいですよ。兄さんの気持ちはよく分かります。この子が大きくなって誕生日の話をすると、生まれた日は十二月三十一日だけど、可哀そうだから一月二日にしたんだよって言うに決まってますよ。嘘と本当の誕生日が二つあるのはよくないですよ。」
「修も全く同じことを言ってたね」などと赤ちゃんの誕生日の話をひとしきりしたあと、夜も更け、お祖母さんも疲れたらしいので寝ることにした。
次の朝、それは十二月三十日、朝食も終わり、光子のお父さんをお勤めに送り出したあと、お茶を飲みながら、お正月を迎える準備のことを話し合っていた。光子のお母さんはお手洗いに立ち、戻ってくるとき敷居を跨いだとたんプツンと何か音がしたように感じた。お祖母さんと話の続きをしていたが、次に何が起こるのだろうかと話も上の空だった。お祖母さんはそれに気がついて、
「何か変わったことがあったの」と聞いた。
「ええ、お手洗いから帰ってくるときプツンと何かが切れたような感じがしたんです。」
「それで痛みは。」
「痛いような。何か重たいような感じなんです。まだ痛い、痛いという痛みはないんですけど...、お産婆さんに知らせたほうがいいですね。」
「まあ、もう少し様子をみてからでもいいと思うけどね。痛みがないのだから。」
「お母さんがいてくださって本当に心強いです。ありがとうございます。」
電話など家にはない時代、隣の家の人にいろいろ頼んであるのだが、お祖母さんを紹介しなければなど考えていた。と突然強い痛みが襲ってきた。
「あーーーっ、痛い、痛い。」
「痛みの間隔をみなくちゃ。今、十時五分過ぎだから。まだ痛むかい。」
「ええ、まだ痛みが...。だんだん遠のいていきますね。今のうちに床を敷いたり、できることをしておかなければ。」
「そうだね。手伝うよ。寒いけど浴衣を下に着ておいたほうがいいよ。」
「新しくなくてもいいですか。」
「あまり変なのでなければ普段のでいいさ。」
光子のお母さんはお祖母さんに手伝ってもらい、まだ間隔があるけれども襲ってくる痛みに苦しみながら寝床の用意をし、家の中のことも説明した。そしてお祖母さんに隣の家に一人で行ってお産婆さんに知らせてもらい、買い物にも連れて行ってもらってくださいと頼んだ。お祖母さんは陣痛で苦しんでいる光子のお母さんを一人残していくのも心配だったが、お産婆さんに知らせるほうが先なので、隣の家に行くことにした。
お産婆さんは経験のあるお年寄りの方で、光子のお母さんは安心して全てを任せていた。陣痛の痛みと戦いながら、お祖母さんが買い物から帰り、台所で何かしているらしい音を聞きながら、大丈夫だろうかと心配していた。家の中のこと、お正月のこと、お父さんのことなど、心配の種は尽きなく出てきて、襲ってくる痛みで更に苦しんだ。
そんなときお産婆さんが来て、診察し、大丈夫だと言ってくれたので安心した。
「少し休んだほうがいいよ」とお産婆さんに言われ、安心したのか少し眠ったようだった。
「大丈夫かね」とお産婆さんに肩を揺すられ、吃驚して目を覚ました。
「眠っていたけど、「うんうん」と唸っていたのでね。大丈夫かね。」
「眠ったのですね。少し力が出たようです。...ああ、痛い。うむーん、うむーん。」
「眠っていても痛かったのだね。でも寝ていられる痛さだから、まだ生まれないね。」
「ええ、これ以上痛くなるのですか。」
「赤ちゃんが生まれるときの痛さは何とも言えないね。痛くて。でもその痛さの中に喜びみたいなものがあって、痛い、痛いだけじゃないのも不思議だね」といつの間にか台所から出てきたお祖母さんに話しかけた。お祖母さんは、
「そうですよね」などと言ってお産婆さんと話し合っていた。
しばらくしてお産婆さんは、
「さて、五時も過ぎたし家に帰らせてもらうよ。直ぐには生まれないよ。陣痛が五分以内になって、それが続くようなら助手を呼ぶように」と言って帰って行った。光子のお母さんは、「えっ、助手ですって。経験がなく、大丈夫だろうか」とまた心配が始まった。
九時近くになって陣痛が五分置きになり、一時間くらい続いたので、お父さんは助手さんを呼びに行き、直ぐ一緒に戻って来た。助手さんは若い方だったが、しっかりした様子で少し安心した。そんな光子のお母さんの思いをよそに、助手さんは一応診察を終わり、
「もう直ぐ出産になりますね」と知らせてくれた。
「お祖母さん、お湯の用意ができているでしょうか。」
「お湯も、赤ちゃんのもの、タオルなどもそこに用意してありますよ。」
「ああ、そうですね。ありがとうございます。」
光子のお母さんは何回も襲ってくる痛みに耐えながら、「いよいよかな」と身構えた。
「お祖母さん。どうぞあちらのお部屋で待っていてくださいね。」
「うむーん、うむーん」と苦しむ光子のお母さん。
「さあ、頑張って。もう一息」と声をかけられ、頑張った光子のお母さんは最後の痛み、さっきお産婆さんとお祖母さんが話していた何とも言えない痛みを経験したと思った。そして何かがすーっと自分から出ていくような感じがした。
と、助手さんの大きなため息。「何が起こったのだろう。赤ちゃんが泣かない。どうしたのだろう。」助手さんは赤ちゃんに何かをしているらしいのだが見えないので心配がどんどん募った。恐ろしい時間が過ぎていった。
そのとき若い助手さんが赤ちゃんを逆さにしてトントンとお尻を叩いた。と、赤ちゃんの泣き声。「ふぎゃー、ふぎゃー。」変な泣き声。襖の向こうでも、また光子のお母さんも、そして助手さんまでも、「あー」と深いため息をついた。助手さんは、そのあと赤ちゃんの世話、光子のお母さんの世話を終わり、赤ちゃんを側に寝せてくれながら、
「可愛い女の子ですよ」と言った。テキパキと手際よくそのあたりも綺麗にして、
「お父さんとお祖母さんも呼びましょうね。皆さんにちょっと話があるのです」と言った。光子のお母さんは「赤ちゃんになにかあったのだ」と直感し、心配になった。お父さんとお祖母さんがやってきて赤ちゃんを見て、「可愛い。」「可愛いよ。お前に似てるよ」などと言い合っていた。助手さんはちょっと改まって、
「済みません。聞いて欲しいことがあるのです。赤ちゃんが生まれて直ぐに泣かなかったのは、赤ちゃんの首に臍の緒が三重にも巻いていたのです。本当にどうなることかと思いました。でもつい最近そんな赤ちゃんの取り扱いかたを勉強させてもらったばかりで、その勉強を今日実際に実行させてもらいました。指を一本赤ちゃんの喉に入れて空気が入るようにしておいて、一秒でも早く首の臍の緒を巻き取るのです。一秒遅くなれば赤ちゃんの脳に空気がその間いかないことになるのですから、脳に障害が起こるか、最悪の場合は赤ちゃんは助からないのです」と助手さんは一気に説明して、ため息をついた。お父さんも、お祖母さんも、光子のお母さんも、吃驚して何を言われているのか理解するのに苦しんだ。それでもお父さんは、
「私たちの赤ちゃんは助かるのですか。」
「ええ。あなた方の赤ちゃんはこのように元気に泣き声を上げましたし、助かりましたよ。只、何秒空気が脳にいかなかったかは私には分かりません。出来るだけ早く小児科のお医者さんに診てもらってください。」
光子のお母さんは赤ちゃんを産んだその感動と、この考えもつかない話に泣き始めてしまった。側にいたお祖母さんまでも泣き始めた。お父さんだけが
「そんな泣くやつがあるか。まだ何も分かっていないのだから、それよりも一日も早くお医者さんを見つけなければ」と前向きに考えていた。それを機に、助手さんは、
「それではこれで失礼させていただいてよろしいでしょうか」と何か帰りづらそうだった。お父さんはそれを聞いて、
「済みません。どなたかこのお正月の間でもやっている小児科のお医者さんを紹介していただけるでしょうか」とお願いした。
「お医者さんの名前のリストが家にありますので明日にでも来てください。紹介させていただきます」と言って立ち上がった。お父さんとお祖母さんは、助手さんに感謝して、玄関に見送りに行った。光子のお母さんは助手さんにお礼をいう余裕もなかった。

「光子ね。これがあなたの出生の時に起こった不思議な話なの。お正月も過ぎた二日に、みんなで赤ちゃんを小児科のお医者さんに連れて行ったの。そのお医者さんが、「この赤ちゃんは大丈夫ですよ。どこにも脳障害はないですよ。本当にあなたがたは幸いでしたね。あの助産婦さんはまだお若いですが有能な方で、本当に良かったです」と言ってくれたので安心したの。そのあと三十年、あれこれ病気はしたけれども元気で育ってくれて、いつもあの助手さんのことを思い感謝してきたのよ」と感慨深そうだった。
「光子、あなたはあのとき死んでいたか、脳障害を起こしていたかもしれないの。本当にあなたには生命力があるのね。アメリカに行っても、どうぞこのことを忘れないで「命」を大切にして良い家庭を正人さんと一緒に築いてね。」

光子はキリスト者となったとき、このことを思い返し、イエスがいてくださり「命」を救い、神の子となるように出生のときから導いていてくださっていたと確信している。

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光子のお母さんが食べられなくて口惜しがったお正月料理を二、三かきますので続きをみてください。コメントもお願いします。
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あいさつ

Chili チリ

チリのレシピは、2009年3月に箱庭さんの好きなR2D2のポストと柏の木のことを書いたときのContinue-続きに書いたのですが、ミックさんの特別のご要望でもう一度書かせてもらいます。
ミックさんに感謝です。レシピを少し変えることができました。食べ物を作ることって、一回、一回、少しづつ何か新しくして、美味しくなるように工夫するので、何回書いても、これで良いということはなさそうですね。

市販のチリのシーズニングの袋にはレシピがあって、缶のKidney Beans(いんげん、別名をRed Beans)または Pinto Beans(いんげんの一種でまだら模様がある)を使用と書いてあります。
缶の豆じゃなくて乾物の豆を一夜漬けて、煮て使ってたので、煮過ぎると煮とけて、豆がくずれてしまうのです。そうなると味はいいのですが、豆をマッシュしたチリを食べているようになりました。
一昼夜つけた豆                  市販のシーズニングの袋といろいろなシーズニング
10 02-20 Chili Mic-san1 10 02-20 Chili Mic-san2
それで今回は豆を一夜漬けて、煮ないで使うことにしました。
チリの材料
2Cup  Kidney/Pinto Beans (山形の赤いささげも良かった)
400g  牛肉の挽肉(ターキーの挽肉を使うときもある)
200g  ソーセージ肉
1Cup   赤ワイン
1袋   チリ用調味料の全てが入っている袋 または 
    2Tbspチリ・ペッパー 1tsp Oregano、1tsp Thyme、1tsp Cumin、1tsp胡椒、
    1/2tspチキンとビーフのパウダーのスープの素
4かけ (4クローブ)ニンニク(粉のニンニクでもいいかな)
1個  玉ねぎ大
3本  セロリ
2本  ズキニ中
1個  グリーン・ペッパー
1缶  シチュー用トマト
料理法
1 豆を一夜漬けておうく(煮ない、1cup漬け汁を使う)
2 挽肉を炒める(出た汁の80パーセントは油なので捨てる)
3 赤ワインを入れる
4 細かく刻んだニンニク、玉ねぎを肉と一緒に炒る
5 チリ用調味料を全て入れて二、三分お肉に味をつけるように煮る
6 セロリ、ズキニ、グリーン・ペッパーを細かく切り、5に入れる
7 最後にシチュー用トマトとお豆(煮てない)を汁ごと入れてよく煮込む。
注 Cup アメリカの計量
  Tbsp テーブル・スプーン
  Tsp ティー・スプーン
煮はじめたチリ                   出来上がり
10 02-20 Chili Mic-san3 10 02-20 Chili Mic-san4
このチリはたくさん野菜が入っていてご飯にかけてカレーのようにしても美味い
ホットドッグと一緒は格別
甥がお肉を入れないベジタリヤン(野菜食人)用チリのレシピをくれた中の野菜、ズキニ、ベル・ペッパーなどをたくさん入れる
チリを作るといつも思い出すのは、日本にいたとき西部劇の映画を見ていると、カーボーイたちが豆で作った何かを金属製のお皿に盛って、カツカツと音をたてて食べているのをよく見かけ、あのお豆の味はどんなだろうかと、とても興味があった。このお豆の料理にシカゴでやっと会えた。
チリは甘味ではなく、チリ・ペッパーという辛くないチリ用の調味料に、塩、胡椒で味をつけるだけが基本で、それだけでとても結構美味しい。チリ用調味料として袋に入って売ってるのを使うときもクミンだけはいれたほうがいい。
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ミックさんへの手紙も書きました。皆さんも読んでください。Thank you for your comments in advance.

生活

体に良い天ぷら

これはレシピではないかもしれない。
太郎君は、海老が大好きと言ったので海老の天ぷらを作ってあげたときのことだった。太郎君は、お母さんの天ぷらは、粉が少なく水のような衣、その上少ない油で揚げるので、天ぷらではなく炒め物のようだと言った。
それを聞いて感心してしまった。太郎君のお母さんは子供たちのことを良く知っており、子供たちのことを思ってお料理もするのだと感激した。
それで太郎君に、「あなたのお母さんは偉いね。あなたのお腹が弱いから脂っこくしないで、そうやって天ぷらを作るんだね」と言った。太郎君はそれには何も答えなかった。

太郎君のお母さんの真似をして天ぷらを作った。うちも油は少なくしたほうが、コレステロールのため、また太りたくない娘のためのカロリー減量に、良いのだから。
下の写真がそのときのもの。スメルト(小魚)の天ぷらで、丸いサツマイモのとなりにあるのが普通に揚げたもの。衣も、油も少なくして揚げたものがその下にあるもの。だれも文句言わずに食べてくれた。
10 02-07 Healthy Food

でも野菜、人参とインゲンの天ぷらはばらばらになってしまった。ばらばらの野菜の天ぷらと纏まったもの
10 01-27 Tempura1
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聖書の中に、子供を育てるときの父親と母親の役目の違いがある。続きに書くので読んでね。そしてコメントもお願い。
プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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