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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

ガーデン

ポーチのガーデンから初収穫 2

キリスト教の主なる神は、初子と初収穫物は特別なのだから主に捧げよと仰る。
出エジプト記13章2節
「すべての初子を聖別してわたしにささげよ。イスラエルの人々の間で初めに胎を開くものはすべて、人であれ家畜であれ、わたしのものである。」
出エジプト記23章19a節
「あなたは、土地の最上の初物をあなたの神、主の宮に携えて来なければならない。」

かおりさんからいただいた日本の胡瓜の苗から初収穫があった。Hirokoは、主なる神がイスラエル人に「初物は主に捧げよ」と言った気持ちが分かった。この胡瓜の初収穫、嬉しかったし、なんだか食べるのもったいないみたいだったし、でも私のものって思っちゃった。

日本でも初収穫を食べたら東を向いて笑うと良いことがあり、人の初物を食べると悪いことが起こるって言うでしょう。初収穫って何かと重要なのよね。

あと一分でこの胡瓜を切るの
10 07-29 Cucumber 1
美味しそうでしょう。
10 07-29 Cucumber 3
この胡瓜は薄くスライスしてポテト・サラダに入れた。Hirokoはスライスしているとき二、三切れ味見のため食べた。美味しかったこと。日本の胡瓜の味だった。
10 07-29 Cucumber 4

主なる神とかおりさんに、この胡瓜の初収穫を感謝!

胡瓜の木は元気にずんずん伸びてるよ。蔓が行く先を探していたので紐をかけてあげた。
10 07-29 Cucumber 2
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ポテト・サラダのレシピは2009年8月23日「真夏のミシガン湖」と題したブログに書いたので見てください。

かおりさんが作ったキャベツと紫蘇の漬物が美味しかったので、Hirokoも作ってみた。畑でとれた紫蘇を使って作った簡単なレシピを続きに書いたから見てください。
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愛されている光子

愛されている光子 6.円覚寺 I

光子が入った大学ではキリスト教が道徳教育として必修科目であった。光子は、一年目にその科目を落第してしまったが、それを教える教授に興味をもった。その教授は、聖書にある「雅歌」の大家であったので「雅歌老教授」と呼んで親しんだ。その教授が習っているという理由だけで光子もお茶をはじめた。そして茶道にのめりこんでいった。お茶の先生は、偏屈庵と名づけた素晴らしいお茶室を持っておられたので偏屈老先生と呼ぶことにした。この偏屈老先生にも、光子は雅歌老教授に対すると同じように興味をもった。お茶で教える「和、敬、静、寂」のうち、和、敬、静はお茶をすることによって一応は学べるが座禅をするともう一歩深く学べる。「寂」は座禅をしなければ理解できないと、偏屈老先生は仰った。
お茶の和敬静寂も大切だが、光子には座禅をする理由が他にもあるのだ。まず禅宗という宗教はなんなのか、また死に対する疑問、お祖母さんが何処へ行ったか分からないのだから死の先に対する問題、またキリスト教の人たちが言っている罪についても、そんなことが知りたいのだった。
偏屈老先生の言葉を思いながら、過ぎた年のこの季節の土曜日の夕方、円覚寺へ出かけて行った。都心を離れた三月末の北鎌倉は美しく、気持ちの落ち着くさわやかな夕刻だった。北鎌倉の駅を降りると、そこに円覚寺の山門があり、山門前には石段がある。その石段は、鎌倉の武士達が上り下りしたと言われていて、擂る減っていた。山門を潜って中に入ろうとすると托鉢姿のお坊さんたちが来たので道をあけた。一番最後を歩いているお坊さんに座禅に来たのだがと言うと、そのお坊さんは着いて来なさいと言ってくれた。しばらくして左手にある平屋の家の中に入って行った。それは確か偏屈老先生が仰っていた座禅堂のようであった。この座禅道は、元は柔道場であったのを解体して、ここに持ってきたとのことだった。中に入ると、そのお坊さんは、そこにいた人たちの一人に何か言っていた。するとその人が来て光子に、
「こちらの部屋で今夜は寝てください。すぐ夕食ですから…」と言った。
「あの、私、夕食は終わって来ましたから。」
「ああ、そうですか。座禅は一時間後にはじまりますが、その前にお坊さんがいろいろ説明してくださる筈ですから、少し時間に余裕をもって先ほどのところに来てください。」
「ありがとうございます。私、山司光子です。よろしくお願いします。」
「ああ、僕は本田です。じゃ。」と言うべきことは言ったというように出て行った。
みなさん「はかま」を着けているけど、はかまはいいなあなどを思いながら、偏屈老先生がサジェストしてくれた長めの裾の広いスカートに着替え、さっきのところに出て行った。みなさん、丁度、夕食が終わったところらしく、ある人は片付けはじめていた。光子は、型通り、はじめて座禅に来たのでよろしくお導きくださいと自己紹介した。そこにいた四、五人の人たちもそれぞれ名前を言ってくれた。お坊さんが、
「私はこの座禅堂をまかされているトキの坊です。じゃ座禅についていろいろ説明しましょうね。本田さん、済みませんが、私のものもお願いしますよ。」
「はい」と言って、本田さんはじめ、みなさん夕食のものを各自片付けはじめた。
お坊さんは光子に、こちらにいらっしゃいと言って、座禅場へと案内してくれた。そこは確かに柔道場のようで、とても広い部屋というか、道場だった。両側の窓の下に畳敷きの一段高くなっている廊下のようなところがあり、そこで座るのだと教えてくれた。そこにある一畳が自分の部屋で、みんなこの一畳の上で寝、その畳の後ろにある袋棚がそれぞれの荷物をしまっておくところだそうだ。光子は女なので特別扱いらしかった。
「さて、座禅の仕方ですが、三種類あって、女の人たちは正座でする人もいます。あとの二つは、全か座(座禅という)と半か座で、全か座はお釈迦様が座っておられるように両足を左右の腿に上げて座ります。それから半か座、はじめての人はこれがいいでしょう。菩薩の多くがこのように座っておられます。右足を左ももに上げて座ります。」
「反対にしてもよろしいのですか。」
「ああ、いいですよ。そのように結かすると、自然と上半身がびっと姿勢よくなりますが、それでも意識して頭の上から棒をいっぽん突き刺した気持ちで背骨を垂直にさせるのです。そうすると下腹に力が入り、ゆっくりと息ができるようになります。背骨の一番下の尾骶骨のところに、このような枕をおいてください。これは各自持ってきてもらいます。今日はこの座布団をお使いなさい。」
「はい。ありがとうございます。」分かりましたとは言えない光子だった。
「さて、呼吸の仕方ですが。。。」
「はあ、まだあるんですか。」
「まだまだこれから…、何でしたっけ。そうそう呼吸の仕方ですが、額の上から半紙を縦に長く半分に切って下げた気持ちで、その半紙が揺れないように呼吸するんです。」
「それでも呼吸はできるんですか。」
「静ですね。できるようになるんですよ。それから何も考えてはいけないんですよ。」
「ええ、何か問題をいただいて、それを考えるのじゃないんですか。」
「いや、そうなるには時間がかかりますよ。一年くらいしたら老師のところへ問題をもらいに行くんです。老師が呼んでくれますから。」
「そうですか。一年も待つんですか。管長さんに会えるまで。」
「いや、もう少しかかる人もいますよ。何も考えてはいけないと言っても、人の脳はおかしなもので、いろいろな思いが駆け巡りますよ。それを防ぐため、ゆっくり静かに呼吸をしながら、吸って吐いて一つと数えながら二十まで数えてください。二十まで数え終わったらまた一からはじめてください。また親指と人差し指で輪を作り、膝の上に置きます。眠くなったり、いろいろな思いが駆け巡ったりすると、その指が離れたり、形が崩れたりします。私か、他の誰かが、いつもこの棒を持って歩いていて、指の輪がくずれていたら肩を叩きますから、手をこのように胸の上で組み、頭を下げて、状態を前に倒してください。そうするとその棒で背中をたたき血のめぐりをよくし、目が覚め、頭が冴えるようにしますから。」
「ええ、叩かれるんですか。眠ったりしたら。」
「そうじゃないですよ。今も言ったでしょう。罰のためにではなく、あなたのためにマッサージしてあげるんですよ。」
「はあ!そうですか。」
「もう一つ眠くならないように目は半眼に開けておいてください。これで終わりですね。いや、もう一つ、時間のことですが、えーと、あと20分もすると、みなさんここに来ます。そしてはじまります。そのあと二十五分座って、五分の休みです。途中二十分の座禅で、休みが十分の時にお手洗いなどお使いください。この鐘が合図しますから。このように。」と言って鐘をならしてみてくれた。光子は、
「ところでお手洗いはどこでしょうか。それと寝るときの布団など、どうすればよろしいのでしょうか。」
「本田君は東大生で頭は良く何でも知ってるんですが、気がきかないんですよ。」
「はあ、きっと女なので話もできるだけ短くしたのでしょう。」
「アハハハハ…、本当にそうですね。今、また本田を呼びますから聞いてください。」
「ああ、一緒に行きますよ。みなさんのところに。」
光子はお坊さんと一緒にみんなのところに行き、本田さんから知りたいことを教えてもらった。いろいろ用意をしているうちに時間になり、座禅をするため座禅場に行った。
鐘の音とともに、周りに人がいるのかいないのか分からないように静まりかえった。自分を見つめるために、その静かな中にみんなどっぷりとつかっているようだった。そして真剣にそれぞれの問題をもって座っているのだろう。光子も教えられたように座布団を半分に折って、それをお尻の下に枕のようにおき座った。一から二十まで一年生だって数えられるのに、数えられないから不思議だ。はじめは緊張していたのだろう二十まで数えたが、次は五つまで数えたのかどうか、気がつくといろいろと考えていた。それは丁度夢をみているようで、はっと気がつくと同時に忘れてしまうようなことだった。こんなことでそれからの三時間半、一度も二十まで数えられなかった。光子の心のなかには、世の中との関わりが多く占めていて、少しも静まれなかった。偏屈老先生の仰っていた「無」の心なんて何なのか、失望してしまった。でも緊張していたためか眠くはならなかった。いろいろな妄想で指の輪がくずれているのが分かり、気がつくと直ぐに直していたせいか、または大目にみてもらったためか、一度も叩かれることにはならなかった。
十時半となり、終わったあと消灯までの三十分、みんな寝る支度に忙しそうだった。次の朝はいつもと比べ随分早いようだが、目が冴えて眠れないから大丈夫、みんなが起きる音で目が覚めるだろうなどと考え、お休みなさいを言って部屋に引き取った。
思ったように気が張っているため目が冴えて眠られなかった。今日一日のことを反芻しながら、お茶、座禅、そしてキリスト教のことで忙しくしていて、肝心の英語の学びができていないことを考え始めると、気になってますます目が冴えてしまった。あれでもない、これでもないと考えに考えてしまった。新学期までには、読み始めている英語の本を読み終わらなければなどと考えはじめると、今すぐにでもその本を読みたくなったりした。これでは眠れない。どうしよう。心を落ち着けて一から二十まで、お腹に力を入れ数えることにした。二十までいかないうちに、また心配事が心を占めたが、思い直し、また一から数えはじめるなどを何回繰り返したのか、眠りに落ちたのだろう。。。

「おはようございます。」本田さんの声だった。「お食事の時間になりますが。。。」
「えっ!?お食事。」光子は飛び起きた。
朝食の前に一時間半の座禅、そして作務をすることになっているのだから、五時半ごろには起きなければならないのに、
「わあ、もう七時半ですね。」
「八時には道場で朝食ですから」と言って本田さんは立ち去った。
「わー!?どうしよう。寝坊しちゃった。どうしよう。」どうしようと考えたって逃げ出すわけにはいかないし、全くどうしようもなかった。素早く身支度し、恥ずかしくって帰りたいができないのだから、「しょうがない。心を決めてなるべく明るく、振舞おう。みなさんが朝食をしている間、何か作務をさせてもらおう。いつも朝食はしないのだから。」と考えながら、静かに座禅場に入って行った。
みんな朝食の膳に座っていた。光子は入り口のところに座り、朝の挨拶をし、寝坊してしまい朝のお勤めが何もできなかったことを謝った。そしてできたら何か作務をさせていただきたいと申し出た。お坊さんが笑いながら、
「作務はいいから朝食をしなさい。今日は読経の日なので、このあと九時から準本堂に行き、読経を聞いて終わる予定だから」と仰った。
それでもと光子は言えなくて、お坊さんの言うことに従い、示された場所に座り、早々に朝食を終わった。何を食べたのか分からなかった。朝食のあと片付けをさせてもらい、みんなと一緒に準本堂に行った。
読経の行に出席させてもらったあと、座禅堂に帰る途中、一人の人が「すごいなあ」と言っているのが耳に入った。チャンスがあったので光子は本田さんに、
「あの方、すごいなあと言っていたけど、読経の行に出席できることは余りないのですか」と聞いた。
「斉藤君が、凄いと言ったのは読経のことじゃないですよ。」
「ああ、そうですか。」
「君ね。斉藤君が凄いと言って驚いているのは君のことですよ。」
「ええ、どうしてですか。」
「どうしてって。凄いですよ。はじめて座禅に来て、寝坊できるですからね。」
「?!」光子は何も言えず、黙っていた。
「じゃ、またいらっしゃい。」と本田さんは言ってくれた。
光子はそのあと、帰り仕度をして、はやばやと円覚寺をあとにした。
次の土曜日までの一週間、今度の土曜日がきたとき、また円覚寺へ行けるだろうか。行かなければ、行けなくなってしまうと考えた。土曜日がきたとき、どうしても足が向かなかった。光子の家の本尊寺は鶴見の総持寺なのだからなどと理由をつけ、総持寺へ行ってみることにした。このお寺には何回も来たことがあるので懐かしかった。でも座禅堂には入ったことがなかった。座禅堂は他の全ての建物から随分離れたところにあった。そして中は薄暗く、円覚寺とはいろいろ違っていた。建物の内部の作りも違っており、一畳が自分の領域であるのは同じだったが、座るのは壁に向かってだった。どうも光子の肌に合わないものがあった。でもその土曜日の夜はそこで座らせてもらい帰ることにした。寝坊しちゃったけど次は必ず円覚寺へ行こうと考えながら家に向かった。

弟の輝也が円覚寺で座禅をしてみたいというので、一ヶ月後に恐る恐る円覚寺へ出かけた。とき坊さん、本田さんはじめ、みんなは無造作に、「こんばんわ」と言い、この間のことは忘れたよ、と言っているように迎えてくれた。
「弟の輝也です。宜しくお願いします。すみません、またあの部屋を使わせていただいてよろしいでしょうか」と光子はお坊さんに聞いた。
「はい、どうぞ。弟さんは私が案内し、説明させてもらいます。それより山司さん、老師が会いたいと言ってますよ。本田さんに案内してもらいますから。」
光子は心配しながら本田さんについて老師のところに出かけた。
円覚寺の朝比奈宋源老師、この人もまた雅歌老教授、偏屈老先生とよく似ており、ギョロリとこっちを見るところなど、そっくりだった。
老師は偏屈老先生の話をし、「よろしく」と頼まれたので会って見たかったのだと言ってくれた。光子は、「ああ良かった」朝寝坊したことで何か言われるのかと思った。でもそうじゃなかったことで胸を撫で下ろした。何をやっているのかなどと聞かれ、学校のこと、キリスト教のこと、家の宗教である禅宗を知りたいこと、お茶のことなどを話した。それに座禅をする目的というか「死」と「罪」の問題の解決のためであることも付け加えた。最後に、老師は今の光子には座禅をして、「無」ということについて、生活の中で「無」を生かすとは、どういうことかを見出すように。でも「無を考えてはいけませんよ」と諭してくれた。これが禅問答なのだろう。何だかわからないことを言われたようだった。
座禅堂では、老師に何を言われたかと言って、みんな心配していてくれた。お茶の先生からの紹介が来たのでと説明し、みんなに安心してもらった。
そのあとは、光子にとっては二度目のことであるし、勝手知った我が家よろしく、みんなと同じようにはかまも着け、お尻の下に置く枕も用意し、一畳の畳の上に座った。弟もはかまを着けみんなの仲間に入っていた。光子のほうは、今度は無事終わり、全ての座禅も作務もさせてもらった。でも今度は弟が小さい問題を起こし、光子の弟だと言って驚かれた。それは朝ご飯のときお代わりなどしないのが無言のうちに決まりとなっているのだが、弟はそれを三杯もお代わりしたのだった。弟はあんな美味しい朝ご飯食べたことがないと言って笑っていた。凄い姉と弟が来たと言って驚かれ、話の種になってしまった。
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続きを読んでね。円覚寺の朝がゆとシカゴでターキーの骨を使って作るスープ(おじや)のレシピを載せたから。

ジャーナル

娘エルサの遅くなった誕生日のお祝い

土曜日なのにエルサは仕事。それでエルサのいない、エルサの誕生日のお祝いをするのに韓国バーベーキューのお店に行った。
これがそのお店の看板
10 07-10 Elsa B-Day 1
お店の入り口。ドアーがスライディング・ドアーでびっくり。スティーブン、デーブそして上の娘リサが来るのを見ているHirokoの旦さん
10 07-10 Elsa B-Day 2
韓国のビールを楽しんでいるスティーブン。デーブは何を注文するか考慮中。
10 07-10 Elsa B-Day 3
リサは暖かい日本酒。前菜の韓国お好み焼きが美味しかった。
10 07-10 Elsa B-Day 4
旦さん、スティーブンそしてリサはバーベキューをするために、四角のリブス、サーロイン・ステーキそして海老を注文
これはその注文したものと多くのおつまみが並んでいるテーブルの半分。テーブルの真ん中の火鉢を開けて、火を入れたところ。
10 07-10 Elsa B-Day 5
これは全体を写したつもりだけど、全部とはいかなかった。キムチをはじめ多くの種類のおつまみがあった。
10 07-10 Elsa B-Day 6

来れなかったバースディー・ガールにブルコギを注文して持って帰って来た。
持ち帰り注文の品にも四種類のおつまみとスープが付いてきた。
10 07-10 Elsa B-Day 7

エルサ、お誕生日おめでとう!

クリスチャンの生活

七月四日日曜日そして独立記念日

独立記念日は教会の慣例のピクニック・ディー。2010年の独立記念日は日曜日だった。それでピクニック・グランドで礼拝をすることになった。
讃美の歌をギターで歌い、お祈りがあったあと、独立記念日は、1776年7月4日、イギリスに統治されていた13の植民地がアメリカ合衆国として独立した日を記念する日。独立したアメリカは自由を謳歌し、民主主義国家となった。そのために戦った人々に感謝。
しかしこれ以上に素晴らしいことは、人が罪の奴隷として束縛されているが、イエスが十字架で流した血によって自由にされることだ。人は何をしても、どんなに良いことをしても罪の奴隷から救われることはない。神の愛、イエスの恵み、そして神なる主イエスを信じる信仰によってのみ、救われるのだ。
この救いを経験をしたい人はいつでも牧師に話しに来てくださいと、お説教は終わった。そのあともう一度讃美の歌を歌って神の愛をたたえた。下の三枚はその礼拝の風景。
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礼拝のあとは食事。今日のピクニックの主催者はハワイをテーマとした。それでまずはハワイのカルア・ピッグ。頭が分かる。本当に丸い、鼻のつぶれた頭かと思ってびくびくしたら、そうじゃなくて半分に切って平らにしてあったので言われなければわからなかった。牧師二人が一番美味しいといわれている耳を食べたけど、誰も文句言わなかった。みんな恐る、恐る肉を食べていたから。とても良い味の柔らかくて美味しい肉だった。
10 07-04 Food Table 2 10 07-04 Food Table 2-1
そのほかは皆の持ち寄りで、これは半分。あとの半分を写そう思ったときは、餓鬼たちがわっと押し寄せてしまった。
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美しく、可愛い餓きたちが食べている様子を見てください。中には順番を待っている礼儀正しい餓きもいた。
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多くの餓きと一緒ではと、離れて座った餓きたち。食べ物のあるテーブルから遠く離れた賢い餓きたちだ。
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食事をしたのか、しないのか。遊ぶことが好きな子供たち。お天気は九年振りの暑い夏の独立記念日。ピクニック日和。暑いので虫も蚊のいなくて最高の日だった。
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うちの教会にはメキシコ人も多くいるのでその一家族が、太陽のピニャータを木にぶら下げ、五歳以下の子供たちに叩かせていた。中には、きっと小さい玩具がたくさんはいっているのだろう。今のお母さんたちは子供甘いものはあげないから。
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水の入った小さい風船を投げ合って最後まで残った人が勝ち。二歩下がって。
10 07-04 Games 3 10 07-04 Games 3-1
芋サック競技。五歳の子がサックを持って飛べないので、サックの中に入って歩いて、暑いだろうね、最後までやったよ。
10 07-04 Games 4 10 07-04 Games 4-1
下駄競技。これはデボン教会だけがする競技。この頃デボン教会はいろいろな国、人種の人たちでにぎわっているが、この下駄競技はいつまでも人気がある。昔、昔一世の人が作ったものが残っているのだ。
10 07-04 Games 5 10 07-04 Games 5-1
最後は今日の呼び物、ハワイのフラ・ダンス。そしてハワイの歌。
10 07-04 Hawaii 10 07-04 Hawaii 1
神様、楽しい一日、子供たちの一人も怪我をせず、みな元気に家に帰えることができ、感謝。

ガーデン

旦さんの苗床 3

7月2日 初なりを食べました。鷹の爪というのは乾燥したものをいうのでしょうか。赤い唐辛子が4、5本できました。
それにグリーンと紫のペッパーです。
10 07-02 Garden 1 10 07-02 Garden 4
旦さんが屈み込んで奥のほうにある紫のペッパーを取ってます。
10 07-02 Garden 7 
これが2010年に、このガーデンでできた初物。
10 07-02 Garden 8
トマトは勢いよく背丈が伸びてますが、あまり花も見えず、大丈夫かな。隣の人のトマトには小さいのが成ってるのに。
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胡瓜も同じ。でも胡瓜は花がたくさん咲いてます。
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グリーン・ビーズの花は紫で綺麗です。でもHirokoの写真の撮り方が悪いのでしょう。紫に見えません。花を真ん中にしたつもりだったのに。目が曲がってると言われますがそうなんでしょう。実は成ってません。
10 07-02 Garden 9

これはポーチにあるHirokoのガーデン
一番大きいのがトマト。手前ににょっきり芽が出ているの見えるかしら。コンニャク。
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ポインセッターがグリーンですが元気に育ってます。
10 07-02 Porch Garden 2
紫蘇って、5、6年同じところに植えておくと、自然と出てこなくなってしまうのです。どこか別のところに植え替えたらいいのかと思って、ポーチのガーデンに持って来ました。でも二本持ってきたのに、一本は死んじゃったようです。ここに育ってくれるといいのですけど。
10 07-02 Porch Garden 3

唐辛子使ったデナーの写真を続きに載せたので、読んでください。コメントもお願い!
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プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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