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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

生活

ベビー・ブランケット

わあー!大変、大変!

男の赤ちゃんたちが、日本で一人、シカゴで一人、十月と十一月に生まれるのを知ったのは春のはじめだった。
「うーんまだまだ時間があるけど、何を作ってあげようかな。やっぱりブランケットだなあ」などと思って、暑い、暑い夏を過ごしていた。「何で作ろう。やっぱりヨーロッパ系の糸のほうがいいなあ。何色がいいか。でも今年の夏はなんって暑いんだろうね。こんな暑さではなかなかブランケット作りも大変だなあ。それにヨーロッパ系の毛糸やさん、電話で連絡するようにってインターネットに書いてあったから電話してるのに全然応答なしだなあ」などと思っているうちに月日はどんどん過ぎていった。

日本から、「赤ちゃん、いつ生まれてもいいんだって」と電話で知らされたのが九月のはじめ。シカゴの赤ちゃんのベビー・シャワーを十月はじめにします」って知らされたのも同じころ。それで、わあ!大変、大変となったわけ。

そのころにシカゴの気候もやっと暑さが遠のき、朝夕は涼しくなったし、ブランケットつくりの季節になったのは感謝。大急ぎで材料の買出し。

忙しかった。でも楽しかった。喜んで使って貰えたらもっと嬉しいなあ。出来上がったベビー・ブランケット二枚と帽子とミトンと靴下の写真。
写真の撮り方悪いね。椅子に巻きつけたわけじゃないんだけど、約40インチ角の大きさで少し太めの木綿の糸のブランケットだったので重かったのだろう、垂れ下がって、巻きついたようになっちゃった。
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これは12インチ角のベース9枚に、写真のようにいろいろな模様をアップリケしたもの。右はブランケットの裏の上に帽子とミトンと靴下。
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ハンドメイドを大好きにしてくれた神からの霊の賜物を感謝。

クリスチャンになると霊の賜物をいただける。新約聖書の中には1ダース以上の霊の賜物、牧師、先生、預言者、癒しの力を与えられる者などが列挙されている。音楽、工作のスキルなどはこの中には入っていない。これらは賜物ではなく才能という人もいる。でも旧約聖書の中の下記のみ言葉から、Hirokoは音楽と工作のスキルを霊の賜物だと思いたい。

出エジプト記 / 31章 1-3節
主はモーセにこう仰せになった。見よ、わたしはユダ族のフルの孫、ウリの子ベツァルエルを名指しで呼び、彼に神の霊を満たし、どのような工芸にも知恵と英知と知識をもたせ、
出エジプト記 / 35章 30-31節
モーセはイスラエルの人々に言った。「見よ、主は、ユダ族のフルの孫、ウリの子ベツァルエルを名指しで呼び、彼に神の霊を満たし、どのような工芸にも知恵と英知と知識を持たせ、
出エジプト記 / 36章 1-2節
ベツァルエルとオホリアブ、および知恵と英知を主から授けられ、聖所の建設のすべての仕事を行うに必要な知識を与えられた、心に知恵のある者は、すべて主が命じられたとおり、作業に当たらねばならない。」モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、および主から心に知恵を授けられた、心に知恵のあるすべての者、すなわち、心動かされたすべての者をこの仕事に従事させるために呼び集めた。

出エジプト記の28章から31章そして36章の1節を読むと、クラフトメンたちがその技術を駆使して、いかに美しく幕屋を建て、祭司の特別の服を作ったかがわかり、興味深い。

Hirokoのハンディーな手を使って困っている人たちをも助けてあげらることができたことも感謝。
結婚式に着ていくハワイのムームーを作りかけたのに手にできものができて針が持てなくなり、完成できなかったムームーを完成してあげた。
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それから結婚式に使う紙人形もたくさん作るお手伝いをした。
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これからもこの賜物を使って何ができるか、神からの導きを祈ってください。
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愛されている光子

大山義松牧師先生の思い出

大山先生、
2005年10月23日、先生のお孫さんのジュリーの結婚式に先生がいらっしゃらなくて寂しいでした。でも大山先生の長男と次男を見かけ頭が白くなり大山牧師とよく似てきたので嬉しいでした。それでジョーのことを「大山牧師#1」そして次男のデビットのことを「大山牧師#2」と呼びました。するとデビッドが「自分が大山牧師#2と呼ばれるには天国に行かなければならないね。」と言いましたので「えっ、あなたには天国へ行ける確信がないんですか?」と言ってしまいました。その質問に彼は何とも答えませんでした。側にいたその人のお姉さんが「Hirokoの質問に答えてよ。」と迫りましたが、それでも何も答えはありませんでした。それで私は「どのようにしたら天国へ行けるか話したいとき私はいつも用意がありますから、どうぞ連絡してください。」と言っただけで私は良き知らせ(福音)を語りませんでした(ごめんなさい!どうしてあのとき語れなかったのだろう?)でも食事のあと彼が私のところに来て、「Hirokoはパパ(大山牧師)のこと尊敬していたの?」と聞かれました。「はい、私は大山先生から聖書を学ばせていただきました。大山先生との聖書の学びは本当に良かった。今せも大山先生が語ってくれた御言葉が心に残っており、私のその後の聖書の学びに影響しました。」と言いましたら、その話をいろいろ聞きたいと言いました。

そうです。このことがきっかけで大山先生のことを書くことにしました。『先生、どうぞ神様のチエと力をいただけるよう祈ってください。』先生のことを書くことはイエス様のことを書くことになるのですから。先生は本当に主なる神イエス様のことを愛しておられました。先生は詩篇103編を通し、神様が喜んでくださるのなら自分はキリスト者になる、とお思いになりキリスト者になったのですね。先生は讃美歌の514編と285編にあるように弱き者ですが主にすべてを任せ主のために働きたいとおっしゃったこともありました。

まずはじめに、大山先生から導かれてイエス様の子となった人たちのうちで、私はその人たちから直接大山先生から信仰に導かれた経緯を聞いた人たちが何人かいます。まずその人たちのことを書かせてください。大竹氏、草柳夫人、そして村上(旧姓「滝」)牧師夫人の三人です。この三人に共通していることがあります。それは三人とも子供を亡くし、その子供の死をどのように受け止めてよいか思い悩んでいるとき、大山牧師はこの人たちを毎日のように訪ね、その死について話を聞いてくれたそうです。

はじめの人のことですが、この人はキリスト者である叔父を頼ってシカゴに来たひとで、イエス様のことは少しは知っていたようです。この人の子供たちはみな大山牧師の教会に出席したいました。死を迎えた子供は5歳でした。もう一人の人は仏教徒と言っても家代々が仏教徒いうだけであまり仏教のことは知らずお寺にも行っていなかったそうです。キリスト教については何も知らなかったのです。でも不思議なことにこの死を迎える子(10歳くらい)が「僕、この教会に来たい。」と言ったそうです。大山先生の教会はシカゴ市内の北部にあり、この人たちがどこかに出かけるときはいつも教会の前を通っていたそうです。「この教会に来たい」と言い残して死を迎えたこの子はこの教会には来れなかったそうです。その子が死んではじめて教会を訪ねたそうです。この二ご夫妻は小さい子の突然の死にあって呆然となったとき、大山牧師は、主なる神、天のお父様の愛、救い主なるイエス様の考えられないような私たちに対する恵みと慈みについて話をされ、この二人の子供たちが必ず、必ずイエス様の聖手に導かれて天国に言ったであろうことを確信していると言ったそうです。私は未だイエス様を心に迎え入れられる状態ではなかったのですが、娘を大山先生の教会の英語部の方に連れて行っていたのでこの子供たちのお葬儀に出席出るチャンスをいただきました。大山先生が何処の聖書の箇所を引用なさったか覚えていませんが、先生が死を迎えた子供たちがイエス様に手を引かれ天国に連れて行かれる光景を目に見えるように話されたのを今も覚えています。子供たちがしんだら三途の河原で石を積み上げ、お母さんのため、お父さんのためと言って早く死んだことを詫び、親孝行という良い行いになる石を積み上げ極楽に行けるように願う子供たち、そしてその子を極楽にやるまえとして積み上げた石を崩しにくる青鬼、赤鬼の話とは随分違うなあ、と思いながら、大山先生の話される心温まる愛と恵みの話に感動しました。そして大山先生は続けられ、この子供たちはあなた方に誰が本当の神様かを教えているのだからよく考えてください、と言ってお葬儀のお話を終えられました。

他の方の子供は10代も半ばになって亡くなったそうです。その子供が亡くなったとき、その人は「どうして?」「どうして?今から楽しみの多い人生になるのに!?」と子供が死ななければならない理由を探したそうです。仏教徒だったその人のところにお坊さんが尋ねてきてくださり、人にはそれぞれ備えられた運命があり、ある人は10代で死ぬ運命にあること、その子もその運命であったのだから諦めるより仕方がない、といわれたそうです。諦めろと言われても、子供の死を諦めきれないから、どうして、どうして、と考えてしまうと言ってました。そんなとき大山先生の教会から伝道に来ていた人たちが大山先生を送ってくださり、キリスト教の話というものをはじめて聞いたそうです。大山先生はキリスト教には天地創造の天の父なる神、そして子なる神イエス・キリストがいらして、この父なる神は人々を深く愛されご自分の子を十字架に架けて死に渡し、その流された血によって人は聖められ、罪洗われ、聖なる神に会えるようにしてくださったことを話され、そのことを信じ主なる神と交われるようになり天国にも行かれるようになるのだから、イエス様を信じ、あなたの子が天国に行き真の愛の神の聖手の中にあるようにしなさいと言われたそうです。その人はその場でイエス様を信じる祈りをしたといってました。そしてイエス様がどうのように子供たちを愛されたかを、神の言葉である聖書からの学びに心の安らぐのを覚えたそうです。この方と一緒に大山先生のクラスで聖書を学ばせていただきました。子供の命を賭けて主なる神イエス様を信じた信仰は深く、堅固なものでした。そして大山先生からの聖書の手ほどきでまずますその信仰は増し加えられていきました。
大山先生からの聖書研究会で教えられたことで今でも心に残っていること

大山先生の聖書研究会から学んだことを書く前に思ったこと、それは草柳愛子さん(チエ子のお母さん)が今もいてくださったらこの大山先生から学んだ聖書のことを書くにも大いに手助けになったと思います。草柳さんの外にも三、四人の人たちがあの研究会にはいたと思うのですが、草柳さんのことが特に心に残っているのは、草柳さんがこの研究会の学びを休んだころがないこと、そして熱心に学んでおられる証拠にいつも多くの質問をなさり、またみ言葉を生きておられる証をなさっていたことでした。チエ子は、「ママはいつも教会から帰ると大山先生とのこの聖書の学びについて話してくれた。」と言ってます。それである部分はチエ子を通して草柳さんが学んだことも入っていますことを一言加えさせてください。

1. 黙示録I 4章、5章の天国の描写
黙示録の4章、5章を先生がお読みになるときは力を入れ、天国を想像してお読みになるのでしょう。そうやって何回もお読みになりました。この箇所から大山先生は天国の描写を目に見えるようにしてくださいました。先生のこの描写があったから今でも私は主なる神を讃美し褒め称え「天のお父様」と呼びかけると先生のこの天国の描写が浮かんできます。そして神様に近づけるのです。天国は素晴らしいのです。大山先生は、天国が私たち人間の力で考えられる百倍、千倍、いや万倍も素晴らしいところで、私たちはどんなに考えてもその一部分しか見ることができないとおっしゃっていました。私の娘は3、4歳でしたのでその娘を見ながら英語部の礼拝に出るよりも先生の日本語の聖書研究が良いと思い娘も一緒にそこにいました。先生は日本語で話をしていらっしゃいましたが、天国をヘブンと言われたので娘も私たちが天国の話をしているのがわかったのでしょう突然「私はヘブンへは行きたくない。」と言ったのでみんなびっくりしました。大山先生は優しく「どうしだね。」と聞いてくださいました。そしたら「天国にはテレビがないから。」と言いました。先生はそれをまじめに取られて娘に説明してしてくださいました。「天国には百倍も千倍も大きなスクリーンのテレビがあるし、百倍も千倍も面白い番組があるよ、きっと。」とおっしゃいました。この話を思い出し、一ヶ月程前(2005年11月半ば)おかしな伝道をしました。ある人が「天国にはスロットマシンがないから行ってもつまらない。」と言いました。それで私は大山先生の真似をして「天国は百倍も千倍も楽しいスロットマシンがあると思う。」と言ったらその人びっくりしていました。でもこんな話って楽しいではありませんか。天国は素晴らしいところで、イエス様は私たちの涙をぬぐってくださるのだから。その上、栄光に輝く主なる神を思うとき、その栄光がどんなものか大山先生の説明が思い出されます。先生は主なる神の栄光の輝きがあるのだから天国には太陽も、月も、星も、まして人の作った電気などもいらない。神様の栄光の輝きは素晴らしく、心に安らぎと喜びを覚えとおっしゃった。夏は暑すぎるし、冬の太陽もいいけれども、やはり窓から差し込む秋の朝日は素晴らしい。その中に身をおき、その照り輝く光景を眺めているとその素晴らしさ、今日一日何か良いことが起こりそうだと期待に胸が弾みます。そんなとき私はいつも大山先生の言葉を思い出し、天国の神様の栄光はこれよりも百倍も千倍も素晴らしいとしたらどんなだろうと想像してみますがとても私の力ではできません。神様の栄光の輝きを考えてもこうなのだから、イエス様が私たちのために備えて下さると約束してくださったマンションがどんなものなのか想像することなどできません。その天国に今大山先生はいらっしょるのです。和もそこにいます。私はしばしば神様に天国の一部分でいいですから見せてくださいとお願いします。

2. 大山先生との聖書研究で思い出されるのは、先生は役者になりたかっただけあって声色を使い、手のしぐさ一つにしても、顔の表情、それら全てをお使いになって聖書のみ言葉を説明なさってくださいました。
黙示録II 13章16、17節「すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな物を買うこともできないようにした。」とのみ言葉を説明なさるとき、先生は、先生のあの広い額をお叩きになって、「ここに刻印が押されるのだよ。ここだよ。」とおっしゃって二本の指を額の真ん中に当ててその指をずうっとずらしていかにもそこに刻印されたようなしぐさをなさるのです。そして「この刻印がないものは誰も物を買えなくなるとみ言葉言っているのだよ。」ととても深刻な声色を使っておっしゃるのです。でも先生は直ぐ今度はまじめな声で「それでもこの刻印を押されない私たちはどんなにか幸せなことか。」と感慨深げにおっしゃいました。その夜家に帰り大山先生のみ言葉の説明とあの額に当てられて指の仕草を思い出しながら食料も買えなくなるとしたらどうやって生きていけるのだろうかと思い巡らしながら祈っていました。神様は私のその思い迷いを取り除いてくださいました。お腹をすかし気力が失せ死を望んだエライジャに、山に行ってそこでやすむようにと言い、そこにもずらを使って食べるものを運んだ話(イザヤ???)を主は私に思い出させてくださいました。そうです。主は40年間マナをもってイスラエルを食べさせました。またイエス様は五つのパンと三匹の魚で五千人の人々を養いあおの余った食べ物は12籠に一杯だったと記されています(マタイ)。額に刻印のない者、そうです、その刻印は獣の名またはその名の数字で666というものです。私は大山先生が「この刻印のない者はなんと幸せなことか。」とおっしゃった意味が分かりました。そのあとも引き続き黙示録の学び続けるうちにますます先生のその言葉が理解できるようになりました。(黙示録14章9-10、16章2、19章20節、20章4節、そして22章1-5を読んでください。大山先生の言葉がますます意味を成してきます。)このようにこの刻印のあるものは主に憎まれるもの、悪魔につく者になります。そしてその最後は聖書に明らかにされています。

3. 創世記からの思い出を書きましょう。創世記を書き始める前にと先生はおっしゃって「内村鑑三先生は創世記の1章1節『はじめに神は天と地とを創造された。』とのみ言葉をお読みになっただけにキリストを救い主なる神として受け入れイエス様の子とされたんだよ。」とおっしゃいました。なんと素晴らしい改心でしょうね。私は感銘してその話をききました。進化論というのは簡単に説明すれば全て「もし」という仮定の上になっている説であって誰が私の先祖は猿だったと思いたいですか、と先生はお聞きになった。考えてみれば誰も私の先祖は猿とは思いたくないです。「神は人間を一番成熟した美しい形にお造りになりエデンの園に置かれた。そして二人は裸でも何とも思わなかった。美しいアダムとイブだったろうね。」とおっしゃり創造の話をはじめられた。神様の創造の話は何も覚えていないのだけれど、先生が創世記には複数形の神様の名が記されていて、ここで既に三位一体の神に言及されているとおっしゃったことを興味深く聞いたのを覚えています。それから先生は難しい進学論の話をされ、そのとき創世記はJ典、E典、P典などがあって、創世記の編集の際にそれらが使われたという話を聞きました。どうしてこんなことを覚えているか分からないのですが、神のみ名をJ典ではヤハウエ、E典ではエローヒームと呼ぶこと、そしてP典はPriestly Code 祭司典の頭文字を使っていることなどを話されましたが、神様に名前があるということが私にはとても興味深かったと思います。先生の想像の話はきっと興味ある話し方をなされたと思うのですが全然覚えていません。創世記で次の先生の話で興味があったのはアダムとイブが罪を犯したとき3章8節に「彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。」との箇所で、先生の話を聞いていると神が歩かれる足音、また衣擦れの音まで聞こえるようにお話になりました。私たちの神様は単に神秘的な神ではなく、私のことを気になさり、私と交わりたいと思っておられ、私が迷っているとそれを見つけるために聖座から立ち上がって私を見つけに来てくださる神様なのです。このことを見えるようにしてくださった大山先生との創世記の学びは素晴らしいものでした。イエス様は九十九匹の羊をおいて一匹の迷える子羊を探しに行かれたし、迷えるものが帰ってくると大喜びして宴会を開いてくださる神様です。天の父なる神の愛、子なる神イエスの恵みと哀れみが私を自由なものとしてくれました。それも大山先生が私たちの神は人格があり、私たちはその神と交わることができ、私たちがする全てのことを理解していてくださると教えてくださったからです。その上、私の神様は私たち一人一人の人生にプランがあり、そのプランが成就するようにと導いていてくださいます。何と素晴らしい、今も生きて私たちに働きかけてくださる唯一の神様です。

4. 創世記のあとはヨハネの福音書10章からです。どうしてこのように飛び飛びで覚えているのでしょうか。これを書くチャンスがあるのなら大山先生から聖書を学んだときの聖書を保管しておくのでした。あの聖書には大山先生からの教えがたくさん書いてあったはずです。私が今書いているのは全部私の記憶からです。ということはこれら先生からの教えは私のクリスチャン生活40年の間にいろいろ私のためになったからです。先生の教えが私のクリスチャン生活を支えていてくれることを思い、先生にここから感謝します。今日の箇所もその一つです。ヨハネ10章1-18節、ここはイエス様の例えた話しの一つです。この箇所は良い羊飼いについてで、先生はこの話の学びの前に詩篇23章をいつものように声色を使い良い羊飼いはどんなに素晴らしいかを分からせてくださいました。「良い羊飼いと私の信じるイエス様は一つなので、イエス様が私の牧者なら私には乏しいことがないのです。」と先生はおっしゃいました。この詩篇23章1節のことばからはじまり、2節は羊飼いは常に私に良かれと思うことをしてくださるのです。即ち緑の草のあるところ、美味しい水のあるところに伴ってくれるのです。そして先生は5節を特にお好きだったようで敵の前で縁を設けてくだり、こうべに油を注ぎその油が顔にそして首にたれてくるのは何といい気持ちだろうとおっしゃりながら、指で顔中、そして首のところを油がたれているようになさったのです。詩篇23編を詳しく説明なさったあと、ヨハネ10章の説明になり良い羊飼いについての話になりました。まず羊の囲いの説明をされ「その囲いにはただ一つの門があるだけで、その門には門番がいて羊飼いは一夜その囲いの中に自分の羊を入れてもらうのです。その囲いの中には他の羊飼いの羊もいて、多くの羊が一緒になって一夜を過ごすのです。」とおっしゃいました。「次の日になると火使いはその門にやって来て自分の羊の名前を一匹、一匹呼ぶのですよ。」とおっしゃって、その部屋で先生から聖書の学びを教えていただいていた一人一人の名前を『愛子さん、Hirokoさん・・・』と羊飼いが羊を呼ぶように呼んでくださいました。今でもそのときの先生の声が耳に残っており、イエス様もきっと天国で私たちの名前をこのようにして読んでくださるだろうと想像することはなんと楽しいことだろうとその状況を想像できるようにしてくださった大山先生に感謝しております。

ここで一つ、主が私の名前をはじめて呼んでくださった経験を書かせてください。私が入った大学はキリスト教系の大学で聖書を学ばせられました。その大学ではじめてキリスト者という人たちに出会いました。その人たちは私がそれまで知っていた人たちとは何か異なった雰囲気をもっており興味本位からその人たちの集会に出席させていただきました。そしてその集会で私は罪人と呼ばれびっくりしました。私は何も法を犯すような罪である殺人、強盗などしてません。少し嘘をつくくらいで何故私は罪人と呼ばれたのでしょうか。罪とは何でしょうかと考え哲学・宗教の本などをたくさん読みました。お寺へ行って座禅もしました。考えれば考えるほど分からず、聖書の中での罪の一つにこの世的の性についてのものがあります。性の罪というのを実験してみようと思い立ち、夜の仕事、ナイトクラブなどで働いてみようとインタビューに出かけて行きました。そんな時のある夕方、一人家路に向かっているとき「Hiroko、Hiroko。罪とは神様に刃向かって指一本動かしても、動かさなくても、それは罪なのだよ。」との声をはっきり耳にしました。このあと13年してイエス様を主なる神、救い主として受けれましたが、そのあとその同じ声を三、四回聞いています。ですから大山先生がイエス様が私たちの名前を呼んでくださるとおっしゃったとき、それは本当だと思いました。

そのあと先生は大切なことをおっしゃいました。「羊飼いが羊の名を呼ぶときは、その羊の性質、特徴、その要求、強みと弱みなどを知ってその一頭、一頭と生きた関係をもっているのだ。そして羊のほうはそのように自分のことを考えてくれ、知っていてくれる羊飼いに何の恐れもなく全てを任せ信頼して囲いから出てついていくのだよ。」とおっしゃいました。大山先生からのこのような教えにもかかわらず私のクリスチャン生活には30余年に渡る暗黒の時がありました。でも10年ほど前デボン教会の牧師先生Pastor CarliniがDeliverance Ministryをはじめたとき私も手伝わせていただき多くの人たちを悪霊から自由にする祈り会をしてきました。そのMinistryにかかわってから私の中の奥深くに悪霊がいるのを見せられ、その悪霊追い出しの祈りをしていただきました。それからは主の愛に満たされ、驚くばかりの恵みと哀れみにどんなにか涙させられたことか分かりません。そのように自由になり主なる神の愛と恵みにより喜びの平安の日々を送れるようになってから、大山先生のこの教え、神から名前を呼ばれた者はイエスを全面的に信頼し、全てを任せ、従っていかなければならない責任があるとの先生のこの教えを身にしみて感じ感謝しております。

最後にもう一つ忘れられないことで、私が詩篇を読むとき助けになっていることは、大山先生はダビデの若いときの神を思う心、そして野山で羊の番をし竪琴を弾きながら神を讃美したことがお好きだったらしく、先生は夜昼なく野山で羊の番をして竪琴を弾いているダビデを絵に描いたようにして話してくれました。その癖がついて詩篇を読むときはそのダビデが思い出され、そのとき、そのときのダビデの心を思い、その思いに自分の思いを重ねて読めるようになったことは詩篇を読む上で本当に助けになりました。大山先生を聖書を学ぶ師としてくださったことを本当に感謝しております。

以上で一応筆を置かせていただきましょう。最後に大山牧師が訳された讃美歌を載せさせていただきます。

He Lives - 主は生く
我は今生けるイエスに仕う
世は知らねども 主は生きたもう
恵みのみてよ強いみ声
呼べば答えて間じかに

(Refrain)
主は生く! イエスわ今も
ともに行き 語る 命の道
主は生く 救わんとて
「いかに生くと知る?」我が心に

主のみ恵みは 世にあまねく
望みわ耐えじ 我が心に
嵐の中も 主わ導き
来たりて迎えん み空に
(Refrain)

喜び歌え 主のみ民よ
大いなるイエスに ハレルヤ アーメン
我らの望み 世の救いは
このイエスのほかまたなし
(Refrain)


ガーデン

旦さんの苗床4 と ポーチ・ガーデン2 と 胡瓜のキューちゃん

今年の暑い、暑い夏も、九月に入り急に涼しくなりました。朝夕など、寒さを感じるほどです。冬は目の前ですね。

こんなに涼しくなり畑のもの、特に胡瓜は終わりになりました。旦さんは胡瓜の畑を綺麗に始末しました。
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トマトとペッパーと唐辛子は、まだ実をつけているので、少し綺麗にしてまだ置いてあります。胡瓜もトマトもよくできたんですが、トマトはねずみやリスに食べられて余り収穫がなく残念でした。でも七月、八月と毎日のようにトマトと胡瓜を切って食べることができました。
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これは隣のジョージの胡瓜です。殆ど枯れてしまってます。
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この写真は大家さんたちです。大家さんも胡瓜の始末をはじめました。
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そして取った枯葉はリサイクル用の袋に入れます。この枯葉を始末して来年の肥料に作れる機械があるそうですが、そんな機械はないので、この袋に入れて捨てるのです。考えてみるともったいないですよね。
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この写真はHirokoのポーチ・ガーデン。写真だとポーチが狭くてあまり何もないようだけど、このポーチに胡瓜、トマト、ししと二本、ナス、コンニャク二本、とテーリーブスといわれる植物が並んでいるんですよ。
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ししとが十個ほど成ってます。それに引き換え綺麗な紫の花はたくさん咲いたけどナスは一つも成りませんでした。
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胡瓜が成っているの見えますか。こんな胡瓜が五本とれました。
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ポーチ・ガーデンからのトマトの初ものです。小さいほうのトマトがそうです。ポーチではトマトは大きくならないですね。
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胡瓜の大収穫、そして美味しい野菜を食べられたことを神様に感謝して、さて、この大収穫の大きな、大きな胡瓜で何を作ろうかと考え、胡瓜のキューちゃんを作りました。続きに書きますので見てください。

プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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