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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

生活

Calo Ristorante (イタリア料理)

RannyとJoyceから去年のクリスマスにCalo Ristoranteのギフト券を頂いた。ラスベガスへの飛行機出発時間が夜の9時半だったので、その日の夕食をこのレストランでできたことは、Hirokoにとって本当に好都合だった。夕食の支度も、食事の後片付けもしなくてよかったので本当に助かった。RannyさんとJoyceさん、ありがとう!

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Calo Ristoranteの看板 と 正面入り口

Calo 3 Calo 4
入ったところの左側がバーになっていて、凄いワインが並んでいる バーと反対側にあるダイニング・エアリア
Calo 5
大体どこのイタリアン・レストランでも、直ぐに持ってくるオリーブ油/パルメザン・チーズと三、四種類のイタリアン・ブレッド。バターではなくオリーブ油にパルメザン・チーズを混ぜたものをブレッドにつけて食べる

Calo 6
サラダとピザ・ブレッド

Calo 8
これは旦さんが注文したソーセージの入ったマリナラ・ソースのパスタ
Calo 7
Hirokoのは三種類の茸が入っているホワイト・ソースのパスタ
とっても美味しかった!日本の人たちはパスタをたらこなどと一緒に大根おろしで食べるそうだけど、それも美味しいだろうね。

Calo Ristoranteは1963年創業だから、Hirokoがシカゴに来たときには既にここで開業していたイタリア料理のレストラン。家から歩いて行けるところにある。最近この近辺でいろいろ新しいレストランが開業し、閉店している中、Calo Ristoranteはいつもここにある。前は何となく暗かったが、4,5年前、店内をリノベーションし、とてもよくなった。変わってもイタリア料理店特有の雰囲気は残っている。また食事もいつ行っても失望することなく美味しいものが食べられる。ここのピザは美味しい。

美味しい食事を忙しい日にできたこと、日々の必要を満たしてくださる主なる神に感謝。主イエスは私たちに次のような祈りをするように教えてくださった。
「天にまします我らの父よ、み名を崇めさせたまえ。み国を来たらせたまえ。
み心の天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日ごろの糧を今日も与えたまえ。
人を許す我らを、許したまえ。
また試みに会わせず、悪より救い出したまえ。
国と力と栄とは、限りなく汝のものなればなり。アーメン」
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愛されている光子

愛されている光子 13 「闇の中の光」

「暗闇の中の光」
シカゴの晩秋は十月に始まる。十一月になると真冬のような寒さの厳しい日が訪れる。そんなある日、光子は出かける用意をしていた。電話が鳴り響き光子を驚かせた。出かける前の電話に少し苛つきながら、光子は受話器を手にし、「ハロー」と言った。
「光子、今日は寒いよ。」と光子のハズ、正だった。「ゼロ(F)・ウェザー(零下ニ十度C)との予報だったよ。」
「ああ、あなた。ありがとう。わざわざ電話くださって。小林さんの家は近いし、大丈夫よ。それに納豆作りに行くのだから、楽しみなのよ。」
「その納豆、今晩食べられるのかな。」
「まさか。二十四時間以上はねかさなければならないのよ。」
「残念だね。ホームメードの納豆を食べられると思ったのに。気をつけて行ってらっしゃい。山本先生にも、愛子さんにもよろしく。」と言って電話は切れた。
小林愛子は上手に納豆を作るのだが、半分以上ダメになるとのことだったので山形在住の弟から、山形にある納豆菌製造所の納豆菌と作り方の書いてあるものとを取り寄せ、送ってもらった。そのインストラクションに従って、今日は納豆作りをする約束をしていた。
愛子の家に着くと美味しい匂いが入り口のところまで漂ってきた。それはチキンを煮ている匂い、『今日のお昼はチキン・スープだわ。』などと考えていると愛子が出て来て、
「いらっしい。寒かったでしょう。先生、もう来ていらっしゃるわよ。」
「そう。あの先生はいつも早いから。良い匂いね。チキン・スープ。」
「あら、分かる。寒いからお昼はチキン・スープにしたのよ。昨日から煮ているからチキンのみも柔らかくほぐれてるわ。」
「美味しそうね。ありがとう。よろしくね。お昼、待ち遠しいわ。」
「美味しいといいんだけど。」
「あなたのお料理はいつも良い味がしてるから期待しているのよ。レシピ頂戴ね。」と言いながら光子はいろいろ着てきたものを脱ぎ始めた。
「オーバーなどはベッドの上に置いてもらったんだけど...。」
「はい。いいわよ。ベッドの上に置くわね。」
「先生はダイニングにいらっしゃるから。私はちょっとキッチンにいるから。」と愛子はキッチンに行った。光子はコートなどいろいろなものを愛子が言ってくれたベッドの上におき、そのあと先生のいらっしゃるダイニング・ルームへと向かった。
「先生、おはようございます。寒いですね。大丈夫ですか。」
「やあ、おはよう。私は車だから大丈夫だけど、君こそ寒いところ歩いてきて、大丈夫だったかい。」
「ハイ、ありがとうございます。近いですから。」
「ピック・アップしてあげればよかったけど、君が一方交通が多いからと言ったから。本当に一方交通ばかりだね。愛子さんの前の家は分かりやすかったけどね。」
「先生、間違わずに来られましたか。」
「まあまあだったけどね。一つ間違えると大変だね。」などと話し合っているところに愛子がお茶を持って来てくれて、
「どうぞ。」「ありがとう。」お茶を出したあと、愛子は、
「まず、納豆作りから始めましょう。チエ子もそろそろ来るでしょうから。」
「あら、チエ子も来るの。」
「ああ、ごめんなさい。一番に言おうと思ったのに忘れちゃった。先生が...。」
「チエ子さんが今朝電話してきて、何か話があると言ったので『今日は君達と納豆作りをすることになっている』と言ったら、『自分もお邪魔させてもらいたい。』とのことだったので、愛子さんに電話してOKをもらい、チエ子さんも来ることになったのだよ。」
「そうですか。良かったですね。私も山形から納豆菌がきたとき、それを使って納豆作りをするからって、一応誘ったのよ。彼女を。でも仕事があるでしょう。だから来れないと言ってたんだけど。チエ子、きっと何か急用ね。よほどの話があるのね。先生と。」
「君達にも聞いてもらいたいってことだったから。」
『ピーン・ポーン』
「あっ、チエ子ね、きっと。」と愛子はチエ子を出迎えに行った。二人で挨拶をしながらやってきた。三人で一応の挨拶が終わったところに、チエ子のコートなどをベッドに置きに行った愛子が戻って来て、
「さあ、お湯が沸いてるから。納豆作りをまず始めましょう。チエ子、今お茶を入れてあげるからね。先生も、光子もお茶の茶碗を持ってキッチンに来てくださいね。」
光子は納豆菌を取り出しながら、一応先生とチエ子に説明し、説明書を渡した。愛子は手際よく大豆をねかせる用意をし、大豆をオーブンの中にねかせた。そのあと皆で愛子を手伝ってお昼にすることにした。
「先生はどうぞダイニング・ルームの方においでください。今日はスープとパン、そして変な取り合わせですが、漬物で、昼食です。」
「美味しそうなパンね。」
「チエ子が持ってきてくれたのよ。」
「うちの近くに今度イタリヤン・レストランができてね、パンがとても美味しいとのことなので買ってみたのよ。美味しいといいんだけど。」
愛子はパンの包みを開けながら、
「イタリヤン・ブレッドはスープに合うし、美味しそうな匂いよ。」と言った。
「このスープ皿とスプーン、お箸などを持って行っていいかしら。」
「ええ、チエ子、お願いします。光子、その漬物切ってね。」
「漬物切ったら、私はこの漬物とパンを持って行くわ。」
「ああ、そこにあるオリーブ・オイル、パルメザンチーズ、それにスイス・チーズなども持って行ってくれる。パターもいるかしら。」
光子は漬物とパンをダイニングに置いてからキッチンに戻ってきて、
「愛子、みんなバターはいらないって。スープ持てる。」と愛子に言った。
「ええ、大丈夫よ。」愛子はスープを持ってきて、
「さあ、スープもお一人、お一人ここから各自のボールに入れてくださいね。さあ、頂きましょう。先生、お願いします。」
「ハイ、では食膳の感謝をしましょう。」といって先生はお祈りを始めた。
「ご在天の父なる神、あなたのみ名が崇められますように。小林家に集まり納豆作りの楽しいときをありがとうざいます。あなたもここにいてくださることを感謝します。備えられて食事を祝し体の糧、霊の糧としてください。これから語られる会話をもあなたが祝してくださいますように。イエス様の御名によって。アーメン。」
みんな美味しい匂いのするスープをいただき、その味の良いのに満足し、『美味しい』、『美味しい』と言い合って、レシピを日曜日に持って来てくれるようにお願いした。
食事はまだ続いていたけれども、先生はチエ子に、
「チエ子さん、何か話があるとのことだったけれど、今話しできますか。」と聞かれた。チエ子は皆の顔を見回して、
「皆さんも一緒に聞いてね。私に直接関係があることではないだけど...。」と言って話し始めた。
「私の働いている事務所の若い女の子のことなの。高校を出てニ、三年かな。まだ結婚もしていない子なんだけど、その子が私に話がしたいと言って来たの。その子はメール・ルームで働いていて、毎日二度はメールを配って歩くのでそのとき顔を合わせ、『ハロー』と言うくらいで、そんなに親しいわけではないのよ。でも一ヶ月くらい前だったかな。その子の誕生日にケーキを作ってあげたりしたのよ。三、四日前の朝、その子の顔色が余り良くなく、病気なのかなと思えるような感じがしたから、いつものハローだけでなく、『何か元気がないわね。風邪などひかないようにしなさいよ。』と言ったのよ。そしたら涙ぐんでしまってね。話がしたいって言われたの。」
先生はチエ子の顔を見ながら、
「あなたはえらいですね。そうやって人を見て、その人が何かいつもとは違うと分かるのだから。それが互に愛し合いなさいということでしょうね。」
チエ子はちょって恥ずかしそうにして、
「先生、そんな大それたことではないんですけど、毎日顔をみているとその人の喜怒哀楽ってわかるのではないでしょうか。」
「それはそうだけどね。あなたはそうやって人のことが分かるってとこあるわよ。ねえ。」と光子は愛子に同意を求めた。
「そうよ。チエ子、あるわよ。」
「そうかしら。気をつけなくちゃ。」
「そんなことないですよ。」と先生は仰り、「それは良いことで、きっとあなたに与えられた霊の賜物のひとつでしょうから考えてお使いなさい。」
「ああそうですか。ありがとうございます。」
「それからどうしたんですか。」
「ああ、すみません。話がそれてしまって。それでその子とお昼を一緒にする約束をしたんですけど、お昼まで待てそうもないその子の状態だったので、直ぐにお手洗いにその子を連れて行ったんです。その子の話は驚くべきことだったのです。『三日前にレープ(強姦)された。』って言ったんです。私は何も言えなかった。何か言わなければと思うのだけど何も言えなかったんです。それに私まで涙が出てきちゃって考えることなど出来なかった。その子と二人で泣いちゃったんです。だらしがないですが泣いただけでした。その子が仕事に戻らなくちゃというので、お昼を一緒にしましょうねと約束したんです。でもその日から昨日まで急な仕事が入ってしまって全然時間がとれず、昨晩は遅くまで働いたので今日は休ませてもらったのです。明日は出勤しその子とお昼を一緒にするつもりなんだけど、何を言えばよいのか。今日、先生はじめみんなとこうやってお昼をご一緒できたこと、本当に感謝しています。」と愛子の顔をみながらチエ子は話し終わった。
愛子は一番常識があり、こんな問題のとき答えを考えてあげるのに最適の人だった。
「お医者さんに行ったかとか、警察に届けたかとか。これらは常識的な質問よね。」
「そうよね。私はそんなことにも気が回らなかった。ただただ吃驚しちゃって、その上可愛そうという想い出いっぱいになってね。」
先生はゆっくりとみんなの顔を見回して、
「こういうことって多々ありますね。特にこの頃の新聞に載っているのはチエ子さんの話と似通った本当に悲しいニュースばかりですよね。この間も私の孫の行っている大学での乱射事件。娘は取るものも取りあえず大学へ飛んでいきましたよ。孫は何でもなかったけどね。大学生たちが精神的に病んでいる人が多いですよね。そのため何十人もの若者たちが何の理由もなく、只そこにいたためという理由で殺されてしまうんですから。親の気持ちはどんなでしょうね。」
「クェーカーの村落で起こった乱射事件も本当にかわいそうでしたね。先生。」と愛子。「愛子さん、あなただって乱射事件ではないけれども息子さんを亡くし、心痛めたからよくわかるでしょう。悪いことをされたときどうすれば良いか。考えるべきことですね。」
「私は息子の死によって真の神を見つけられたんです。先生のお蔭でもあります。感謝しています。」
「いや、私ではありませんよ。あなたのその経験を話してください。チエ子さんの助けになるかもしれませんよ。」
「そうですか。」と愛子は話し始めた。
「私は十六歳になる息子を亡くしたんです。自動車事故でした。バスを捕まえようとして飛び出した息子も悪かったんです。でも初めはそれが見えませんでした。ただ息子を撥ねた運転手さんが憎かったんです。私は仏教徒の家に生まれ、お寺に行ったことはないのですが、仏教徒と思っていました。それで息子が死んだときもおお坊さんにお願いし、お葬儀をしてもらいました。お葬儀は無事終りました。そのあと悲しみがどっと押し寄せてきて、悲しくて、悲しくて気が狂いそうでした。悲しくなると息子を引いたその女の人も、仏さんも、神さんもみんな憎らしくなりました。」
「そんな状態のときでしたか。私がきたのは。」と先生が口を挟んだ。
「いいえ、先生がいらしてくださったときはもっと悪くなってました。私は仏教のことを悪く言ったり、宗教の良し悪しを比較したりする考えは全然ありません。お寺のお坊さんは、私がそのように苦しんでいるときに来てくださったんです。それはそれで感謝しています。お坊さんは、『お子さんを亡くして悲しいでしょうね。私は子供がありませんし、子供の死に会ったこともありませんので小林さんの悲しみ苦しみを分かち合って慰めてあげることなどできません。でも仏陀は諦念の心を教えてくださってます。息子さんは十六歳の寿命で生まれてきたんです。ですからそれを考え、寿命として受け取り、仏陀の教えである「諦めること」が大切です。』と話してくれました。でも子供を亡くしてそれを「あきらめろ」と言われても諦め切れません。寿命だからと言われると誰が人の寿命を定めるのかと聞きたくなりました。寿命として息子の死を諦めることなどできることではなく、ますます悲しみ、迷い、苦しみました。その女の人を恨み、神や仏が寿命と定めるのかと考え恨み、怨念に満たされた邪鬼のような心の自分を見て苦しみました。」
「私の母は五歳の子を亡くしたとき気がふれたわ。」と光子は二十年近く前の母の苦しみを少しは理解できたような気がした。
「そうね。気がふれるか、気が狂ったほうが楽になれるかもしれないわね。そんなときでした。先生がいらしてくださったのは。今、冷静になってあのときの先生の話を考えると、先生の話も、何故息子が十六歳で死ななければならないのかという私の質問の答えにはなっていませんね。先生は神の愛と恵みを話されました。神は神の子を十字架に付けて死なせ、それによって愛と恵みを表してくださったという話をしてくださいました。先生の話された神は自分の子を亡くしている。私の苦しみを分かってくれるに違いないと思いました。先生はそれだけ話されてお帰りになりました。お祈りしてくださったのでしょうが覚えていません。泣いている私を残してお帰りになりました。」
「えっ、私がそんなことをしましたか。」
「ええ、お帰りになりました。でもその日のうちに電話してくださって、次の日にまた来てくださいました。そしてその日は難しいことを言われました。神は息子を十字架で死なしただけでなく、息子が死に至る前に、『この人たちを許してください。』と言わせているんですよと仰って、私に息子さんを死に至らしめたその女の人を許しなさい。どのような情況の下であっても息子さんを死に至らしめたその方は悪いでしょう。それは法に任せるとして、あなたはその方を許さなければ憎しみがつのり悪鬼のようになりますと仰いました。私にその方を許しますか、と二度お聞きになりました。」
「それでどうしたの。あなたわ。私もその点で考えなきゃならないことがあるのよ。噂の対象にされてね。それが全然間違った話になってしまい、多くの人たちから恨まれ、ボイコットされたことがあるのよ。」
「噂は人を殺すって言うものね。」とチエ子。
「先生の仰った許しのこと、朝も昼も夜も考え通したわ。ニ、三週間かかったかしら。先生に来ていただいて祈りながらその方を許し、神には私を許してもらったんです。」愛子は考え深げに話し続けた。「それはもう体中が暖かくなって、重い荷物をどさっと置いたような、体が軽く、軽くなったようでした。暗い、暗い闇の向こうに光が見え、その中に飛び込んだようでした。息子の死の悲しみはなくならなかったけど、邪鬼のような醜い心が見えなくなったのですから。それは良い気分でした。それから息子のこともその他いろいろ勉強させてもらいました。先生、本当にありがとうございました。」
「いや、さっき言ったように私ではないですよ。」
チエ子も何か分かったようで、感謝の気持ちを表して、
「今日は本当にいろいろとありがとう。お昼は勿論だけど今の話、本当に良かったわ。明日はその女の子とお昼を一緒にするけど、どのように話をするかが分かったわ。」
「私は今から帰りますから。」
「あっ、先生デザート食べなくちゃ。持ってお帰りになりますか。」
「じゃ、そうしてもらおう。」
先生にデザートを差し上げ、『さようなら』をしたあと、三人でデザートを食べながらまたおしゃべりをして楽しい時間を過ごした。
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愛子のチキン・スープのレシピを続きに書いたので作ってみてください。

旅日記

ラスベガスへ

寒い寒いシカゴを逃げ出して、ラスベガスへ行ってきた。ラスベガスもそんなに暖かくなかったが、シカゴに比べれば2,30度は暖かかった。
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(ラスベガスのサインをGoogleのImageから拝借)

安価な航空券を売るSpirit airlineを使った。航空券は安価だったが、持ち込みスーツケース代、席代も支払わなければならないのにはびっくりさせられた。それでも一人往復250ドルなら安価なほうだろう。
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442二世部隊で活躍した旦さんの叔父さんたちが、ラスベガスで行われるリユニオンに出席するために来ることになったので、叔父さんたちに会うことも一つの目的だった。旦さんの弟さん夫婦(哲ちゃんと冴さん)も叔父さんたちに会うためにラスベガスに来るとのことで、彼氏たちのコンドに泊めてもらえることができ、感謝。
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タイムシェア・コンドの事務所とコンドの建物 この倍以上の建物がある

コンドの内部
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キングサイズのあるベット・ルーム、ジクジ、キッチン、写真撮らなかったけどシャワーと洗面所
ベッドルーム二部屋と頼んだら、これと同じものがもう一つあって、完全に別々になっていたのにはびっくりしたと言っていた。でもキッチンは一つだけ使った。とってもゆっくりできた。

飛行機が遅れたため夜中の一時に飛行場に迎えに来てもらって、コンドに着いたのは一時半ごろ。シャワーに入って急ぎ寝かせてもらった。そうそう飛行機の中でこんがらがってしまったこと。それは携帯の時間がいつ見ても同じ時間のようで、どうしたことかと心配。でもやっと分かった。携帯が自然に時間を変えていることに気づいた。どうなっているのだろうね。エレクトロニックって凄いね。

二日目(三月七日月曜日)前夜遅かったにもかかわらず、次の日はシカゴ時間(シカゴとラスベガスの時間差は2時間)で目が覚めてしまった。今日はまず第一に、ラスベガスで初めにカシノが建てられた場所、ダウンダウンに行ってマイク伯父さん、ジミー伯父さんご夫妻、そしてジミー伯父さんの息子さんご夫妻に会う予定とのこと。

ダウンタウンの写真を見つけたので写真を撮った。
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フランク・シナトラとその仲間がよく遊びに来ていたらしい。ゴールデンナゲットというのもダウンタウンのカシノ・ホテルの一つ

「メインストリート」と呼ばれるカシノ・ホテルにある大きなブュッフェで昼食
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ブュッフェのカウンター、洋食、中華、メキシコ、イタリア、その他に、デザート各種と揃っている

いろいろなことをたくさん話し合った。特にジミー伯父さんのイタリア戦線の経験は一筆するに値する。マイク伯父さんの部隊がフランスでテキサス部隊を救助した話はHirokoのブログにある。ブログの住所は、
http://Ishimaru92.blog105.fc2.com 2009年9月、井上家の人々と題した中で書いた。
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伯父さんたちと昼食
女性群は家族のニュースを交換し合い、話に夢中になった。男性たちはスロット・マシンに吸いつけられていった。
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ポーカー・マシンに座っているジミー伯父さんと息子さんご夫妻

伯父さんたちに「さようなら」を言ってコンドに帰った。夕食まで時間があったのでコンドの隣にあるサウス・ポイント・カシノへ行った。そこはラスベガスの有名なストリップと呼ばれる街並みからは少し南に離れたところにある。
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サウス・ポイント・カシノの入り口 とアメリカ全国の競馬を見てギャンブルできるところ
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二、三日あとにボクシングがあるとのことで準備中
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スロット・マシンが並んでいる。どこのカシノも同じように並んでいる
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哲ちゃん、冴さん、旦さんがマシンに向かっている

夕食はコンドに帰り、冴さんお手製の牛肉牛蒡煮、ほーれん草のたくさん入ったサラダ、健康米、そしてHiroko手製のチキンカツと照り焼きチキンで、おいしい夕食をした。

夕食後ジクジに入って一日の疲れをなおさせてもらった。コンドの入口の近くに大きなプールがあり、プールのそばにもジクジあるので今度は水着を持ってこなくちゃ。でも部屋の中のジクジは夜遅くても安心して入れるし、ジクジに入ったおかげてぐっすり眠れた。

三日目(八日火曜日)相談した結果、今夜は「ライオン・キング」を見ることにした。割引でショーなどの切符を買えるところがあるので、はじめにその切符を買いに行った。哲ちゃんが切符を買っている間、そのビルの地下に行ったら子供用の大きなゲーム・センターがあった。
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ゲーム場の写真 これはほんの一部

切符を買ったあとそのビルの隣にあったM&Mチョコレートのお店に入った。
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いろいろなM&Mがあってびっくり。冴さんの孫たちがここに来ると楽しくてお店を出たがらないと言う理由が分かる。

M&Mのお店を出たあと、南ストリップ街の写真を撮った。
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NY、NYカシノの全景と女神
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遠くに見えるのがライオン・キングを見たマンダレエベー、エクスカリバー、そしてエクスかリバーの夜景は車の中から
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クルソール(Luxor)エジプトが飾りつけの主題
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ストリップの町並みを歩いていたら、こんな可笑しなものがあった。
伯父さんがするオナラでシャボン玉が膨らむ。

南ストリップ最後くらいから北を見たストリップの町並み
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続きにストリップの地図を載せたので見てください。この当たりはラスベガス・ストリップ街の終わりで、そこにこのサインがある。サインはWelcomeだからはじまりかな。(このサインはGooleのImageから拝借)

コンドはこれより南。さらに南に新しいカシノ・ホテル「M」ができたのでそこへ連れて行ってもらった。
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「M」というカシノ・ホテル。イタリア人の持ち主の名前の頭文字だそうだ
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ホテルの内部とカシノ ここのカシノでは哲ちゃんも冴もHirokoもいい線いった。旦さんは駄目だったらしい。
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南のはずれなので景色がよく、山が見えた。シカゴには山がないので山の見える景色には感動

昼食
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「アジアン・ブュッフェ」と美しい花。美味しい中国料理を夢中で食べて写真撮るの忘れちゃった。

夜遅くショーを見るため、一休みしにコンドに帰った。ブュッフェで食べ過ぎて夕食はお茶だけ。でも哲ちゃんは冴さん手製のチリ・ドッグを食べた。旦さんは行かれなくてお腹の気持ちがよくないとかでソーダを飲んた。

ショーを見る前にマンダレエベー・カシノで遊ぼうということで45分程早く出かけた

歌も筋書きも知っていたけど、ステージの飾りつけ、また衣装にはほとほと感心した。勿論、写真お断りで撮れなかったけれども、入場料分の価値がある。
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ショーの切符と劇場の中。入り口に張ってあった広告

四日目(三月九日水曜日)最後の日の朝はゆっくりさせてもらい、洗濯もして、帰る用意をした。飛行機はRed Eyeフライトと呼ばれる真夜中に出る飛行機なので、今日も一日楽しめる。Red Eyeとは眠れなくて目が赤くなるということだそうだ。

さて、お昼近くにコンドを出たので、まずは昼食
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車の中から撮った山。残念ながらよく見えないね。綺麗な山で、頂上に雪があったのに。

昼食は「In ‘N Out」というハンバーガーのお店で
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有名なお店でとても混んでいる。美味しいハンバーガーを食べさせてくれる
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左が一セットの一人前で、ハンバーガーとフライとドリンク。冴さんいわく、ハンバーガーは230カロリー、そしてフライは300カロリー。だからフライは二人で一つ。そしてドリンクも二人で半分づつ。大きなカップ一杯を一人では飲めないから、ストローを二本、一つのカップに入れて飲み合った。なんとロマンチックなこと。

ベラージオ・カシノ・ホテルへ。有名は水のダンスの写真を撮りに。
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ベラージオの入り口。お花が綺麗に咲いている。暖かいんだね。
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ベラージオは季節に合った飾りものをするので有名。三月は春と花が主題で花を豊富に使って飾りをするのだ。残念だけれども出来上がりのスケッチと飾りの半分しか見れなかった。
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フロント・デスクの周りも花で埋まっていた。右の写真は中国のお正月の飾りつけの名残り。

水のダンスは三時からとのことで隣の新しいカシノ・ホテルを見に行くことにした。
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その途中、ベラージオの向かい側にあるパリ、プラネット・ハリウッド・カシノ・ホテルの写真を撮る。これらはそれぞれの名前を主題にした飾りつけがしてあり、中をみるのは楽しい。

新しいカシノを見に行く途中、”The Jocky Clu”という看板をみた。
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これはこのストリップではじめて建ったカシノ・ホテルだそうだ。小さくて大きなビルの間にあって可哀そうみたいとのこと。新しいカシノを建てるとき売ってくれるように交渉したけど売らなかったとか。中に入って見ればよかったけど時間がなく行かなかった。

新しいカシノ“Aria” ここはクリスタルがモチーフになっている
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“Aria”カシノの正面
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クリスタルの大きなシャンデリアがたくさん下がっていた。天井も大きなクリスタルの飾りで電気が飾ってあった。
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どこのカシノ・ホテルでもカシノは一階。二階はショッピング・センターになっている。ここも同じで世界中から有名なお店が入っていた。
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正面入り口の前
外に出たら丁度、目の前をモノレールが走っていた。それを見ているうちにここにも水のダンスがあった。
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でもモノレールが邪魔して余り良い眺めではなかったし、スケールも小さいものだった。ベラージオの水のダンスに期待。
まだ時間があったのでもう一度Ariaに入ってカシノで遊んだ。
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カシノで遊んでいるうちに時間を忘れちゃって、大急ぎでベラージオに行ったのに。残念無念!
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水のダンスが終わちゃって、水だけが静かに漂っていた。ベラージオの中に入ったら水のダンスの写真があったのでそれで我慢して写真を撮ったけど、何だかわからないね。 

チョコレート・ファクトリーでお土産を買うといいよと冴さんがサジェスチョンしてくれたのでそこに行くことにした。でもそれは南の南の外れ、「M」カシノよりも少し遠いとのこと。そこまでまた哲ちゃんに運転してもらった。ガソリンが高いのに、あっちに行ったり、こっちに行ったり、ありがとう!
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エセルMという名前のファクトリー。庭にいろいろな種類のシャボテンがたくさん植えてあった。
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まず入ると機械が作動していてチョコレートを作っていた。そして三種類のサンプル・チョコレートをいただけた。美味しい、美味しいチョコレートだった。
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お店の中
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シャボテンも売っていた
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庭に出て、コーヒーをいただきながら一休み。

さて、夕食。何にしようか。日本食。「マキノ」に行くことにした。途中、道があちこち工事中。またビル建設のため道がなくなったり。哲ちゃん、ご苦労様。行ったり、来たり、大変でした。
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やっと「マキノ」に着いて美味しい、お刺身、寿司、味噌汁などなど、一杯。写真はお断りと言われてしまった。蛸のお化けが天井に下がっていたのと、お寿司のガラス・ケースを一つ取れただけ。こんなケースが十個以上あったかな。そこに日本食が一杯。

マキノで美味しい日本食を時間をかけてゆっくり食べたのに、時間はまだあるからベラージオに行って水のダンスの写真を撮ろうと、哲ちゃんが言ってくれたのでベラージオへ逆戻り。サンキュー、サンキュー。
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ベラージオから向かいのパリとプラネット・ハリウッドの夜景
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はい、これが水のダンス。七、八分のショーだった。写真ではよく分からないね。その素晴らしさが。Hirokoの腕の問題もあるけどね。

ショーが終わってもまだ時間があるとのことで、向かい側のパリのカシノ・ホテルに行って写真を撮りたいと言って、哲ちゃんと冴さんについて来てもらった。旦さんは一人でベラージオのカシノで遊ぶとのこと。

マイケル・ジャクソン?!
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向かい側に渡ったら、丁度そこにマイケル・ジャクソンがいてびっくり。いろいろな人たちがこのマイケルと一緒に写真を撮っていた。カメラを向けたら傘をさしてポーズしてくれた。右の写真は、今夜いくら稼げたかなって、お金を数えてえいるマイケル・ジャクソン

パリのカシノ・ホテル
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まずは凱旋門
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一番下の写真が入り口で、そのあと上を見るとエッフェル塔がどんどんと上に見える(一枚目と二枚目は何とか続いていたけど、三枚目はつづかなかった。残念!無念!)

パリの一階のカシノ。天井が青空のようになっていてパリに行ったみたいな心地にしてくれる。そんな街の中でギャンブルするのも楽しい。
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パリの隣のバリーとの境にあるクリスタルの天井。

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パリで時間の許す限り遊んで、外にでたらベラージオの上に綺麗な月がかかっていた。その月の写真を撮りたくて苦労してたら、哲ちゃんがこのような写真はフラッシュなしで撮ったほうがいいかもよと言ってくれた。それでカメラをフラッシュなしにするのに一苦労。やっとできて撮ったら月がなくなっていた。でもフラッシュなしの写真の綺麗に撮れること。一つ勉強させてもらった。

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ベラージオの水のダンスがまた始まった。

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日本人が持っているカシノらしいとのこと。上のほうにある明るい電気の光は扇型。

さて、いよいよ飛行場へ。
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飛行場の中にもスロット・マシンがあって、待っている間にたくさんお金を使う人もいるらしい。飛行場のスロット・マシンでは負ける一方だそうだ。ところが旦さんは、その前のときも、今回も、ストリップのカシノでは負けた、負けたと言って悔しがっていたけど、飛行場で取り返したって喜んでいた。驚き。

三月十日(木曜日)の朝早く、寒い、寒いシカゴに帰ってきた。哲ちゃん、冴さんは十日の夕方、無事カリフォルニアに帰ったとのこと。
哲ちゃん、冴さん、もう一度、何度言っても言い足りない。ありがとう!ありがとう!楽しかった。

あいさつ

地震、津波、原子炉問題

このブログを読んでくださる日本のみなさまへ

この度の日本の災害の様子、シカゴでですがNHKの報道がはいりますので毎日見ています。何もできなくて歯がゆく感じます。

どうぞ体に気をつけて、頑張ってください。第二次大戦のときと同じだとか言っている人がいますね。あの灰の中から立ち上がったのですから、またきっと復興しますね。

祈りが聞かれると確信して力をこめて祈ってます。私が信じる神、父なる神、子なる神イエス・キリスト、助け主なる神に祈っています。

どうぞ頑張ってください。



プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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