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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

クリスチャンの生活

「キリスト者とは」

先日、長い、長い間聖書を勉強した仲間と、先生を囲んで久しぶりに集まった。日本人が集まるところには必ず食べ物があると言われているように、たくさんの美味しい食事があり、楽しい昼食をした。

お腹が一杯になり、目がとろりとしたけど、神様の言葉を学ぶことにした。マタイの福音者の最後の章の最後の5節。この節は、イエスが昇天なさるときに、弟子たち、イエスに従ったものたちに残した言葉、英語ではGreat Commissionsと言われている有名な遺言のようなものがある箇所である。
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日曜学校の子供たちにこの箇所を教えるときの工作。イエスがだんだん天に昇って行くようになっている。

この有名なCommissions遺言についてではなく、先生はそのような言葉を残すイエスの心、そしてその言葉を残された人々の心を学んだ。

イエスを礼拝した人たち、また復活を疑ったような人たちに遺言を残されたイエスの心はどんなであったか。でもこの遺言を実行していくことによって人々の霊性が高まり、イエスを信頼できるようになれることをイエスは確信しておられたことであろう。イエスは世の終わりまで私たちと共におられると力つけてくださっている。

この遺言を残された弟子たちはどうであっただろうか。その遺言とは「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。それゆえ、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子の聖霊との名によって、彼らにバプテスマ施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを教えよ」である。弟子たちはこのイエスの言葉を頂き、イエスはいなくなるし、どうすればいいのかと心が惑ったことだろう。でもこのあとみんなは一つところに集まり、祈っているところに聖霊が下り、新生し、力を得て、イエスのこの遺言を力強く守れるものとされた。

勉強のあとデザートをいただき、おしゃべりがはじまった。そのときある人がクリスチャンであることについて、彼女の聖書研究会で指導者が会のはじまる前に「キリスト者とは」と質問され、皆に答えをせまられたと話し、そこにいた皆にも答えを求めた。

• イエスが言ったように人を愛すること、互いに心を配り合うことなどが、キリスト者である
• キリスト者とはとの答えを一言で表すなら、イエスにある人である
• 神は愛である
• 互いに愛し合うことが命令されているのだからそれを守ること

「キリスト者とは」との質問には二通りの解釈がなされると思う。一つは「キリスト者として生活するとは」、もう一つは「キリスト者と呼ばれるものになるとは」である。答えられたものは「キリスト者として生活するには」もっとも必要なことである。神と共にあって、神の愛を表せないキリスト者は多く、特に子供たちを痛めるような者たち、そんな大それたことでなくでも、日常生活の中で、人を裁いたり、人のうわさ話をしたりすることは愛がない行いと言えるだろう。イエスキリストの愛を表して生活できるものになれるように。

しかし、もし「キリスト者とは」との質問の二つ目の意味を「キリスト者と呼ばれるものになるとは」と解釈すると、これらの答えでは表せていない。キリスト者と呼ばれるためには、イエスの恵みと哀れみを表している十字架の死と蘇り、即ちIコリント書の15章2-5節に言われている福音を信じる信仰によって救われるのである。イエスの恵みとあわれみによってのみ人は神の子となれるのである。そのように神の恵みによって救われたものは「あやふやなキリスト者」と言うことはできない。それはイエスを、聖書の神の言葉を疑っていることになる。人はいつでも、「私はキリストにある百パーセントのキリスト者」と言うべきであると思う。

先生に写真を撮っていただいて、解散した。

Iコリント書の15章2-5節
「どんな言葉でわたしが福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう。最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。

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旅日記

ユナイテッド航空会社

次の手紙をユナイテッド航空会社に送り、何らかの返事をもらいたいと思っている。この手紙だけでは、酷かったことが分かっていただけない。飛行機が変更されるたびに、航空の中を時間を気にして、シニアが航空の中を走り回ったのは本当に大変だった。勿論、手紙は英語なので、旅行に関する雑誌の編集をしている姪に読んでもらい、レヴューしてもらっている。

ユナイテッド航空会社に送る英文の手紙の日本語訳

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差出人 Hiroko

宛先 ユナイテッド航空会社

顧客係 御中

5月30日と6月4日に、ユナイテッド航空会社の飛行機で、オーヘア航空からメキシコにあるSan Jose del Cabo航空までの行きと帰りの酷かった経験を書くので、何かの返事をいただきたい。

はじめに、私たちは$168を支払って予約したすべてのフライト(UA#711, UA#797, UA#868, UA#525)のPreferred Seats(座席#7Bと#7C)を買った。しかし最後のフライトUA#525以外は、このPreferred Seatsには座れなかった。はじめのフライトUA#711は飛行機のブレーキの故障のため2時間半以上も待たされたためフライトの変更をしてもらわなければならなくなったため、また帰りのフライトがメキシコにあるSan Jose del Cabo航空に行ったとき分かったのだがUAの責任でキャンセルされていたためだった。細かくは添付のダイヤグラムを参照してください。変更の度に、高血圧の薬を飲んでいるMikioのためにIsle Seatsを要求したのに聞き入れてもらえなかった。

$168に対して、何かの返済をしていただきたい。

5月30日のフライトでは、San Jose del Cabo航空には午後1時15分に着く予定だったのが、4時間以上も遅れて午後6時過ぎに着いた。6月4日のフライトでは、O’Hare航空に5日の午前1時15分に着く予定だったのが、3時間以上も遅れて午前4時半に着いた。細かくは添付のスケジュールを参照してください。

5月30日にオーヘア航空で一つのフライトを5時間以上も待たされたこと、また6月4日にサンフランシスコ航空で3時間以上も待たされたことは、考えられないことである。このような遅れに関してどこかにレポートできるのだろうか。

これら遅れに関して、何らかの返事をいただきたい。

敬具
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この手紙を読んで、この度の飛行経験の酷かったことを少しはお分かりいただけたでしょうか。勿論ロス・カボスでは楽しく、良い時間を過ごすことができたが、このような飛行旅を経験してまで二度と行きたいリゾートではない。

旅日記

ロス・カボスへ

2012年6月2日(土曜日)5時半に、甥のスティーブンとアマンダの結婚式がメキシコのロス・カボスで行われた。その結婚式に出席のためメキシコへ行ってきた。

5月30日、出かける準備完了
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旦さんとHirokoのスーツケース

メキシコには5泊6日滞在予定
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これらキュウリはどうなるだろうか。(大丈夫だったようだ)

まずは午前4時半にシカゴの飛行場へ
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ここからこの度の大問題の飛行機の旅がはじまった。

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ダラス空港の上で

さていろいろ問題があったが、メキシコのロス・カボス近郊の空港の上で
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素晴らしい海が見えて、これからの滞在が楽しみ

やれやれやっとホテルに着いた
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ホテルの部屋の窓から
スーツケースを開けて、結婚式に着るドレスなど全部整理して、シャワーで旅の疲れを流した。ここのホテル代は、すべての食べ物、飲み物が含まれているとのこと。エルサがホテル代が高い、高いと言っていた筈。でもある種の食べ物、例えばロブスターなどは有料だけど、あとは6軒あるレストラン、どこでも食べられるそうだ。

さあ、夕食に行こう。美味しいステーキのレストランに食べに出かけた。写真とるの忘れた。夕食のあと、少し暗くなった浜辺をエルサと二人で波に足をすくわれながら歩いた。

5月31日朝。暑いのか涼しいのか。温度的には暑いはずなのに暑いと感じず、かえって涼しいくらい。湿気はゼロに近いのだろう。去年は9月に一日だけ雨が降ったとか。考えられない。水はどうしているのだろうか。

朝食の前に、またエルサと海辺を歩いた。その日の海は少し荒れていた。ここでは泳いでもいけないし、サーフィンも出来ないとのこと。波にさらわれるのかな。

朝食は、一軒だけあいているバフェスタイルのレストランへ。
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暖かい食べ物があるコーナー
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果物、その他の冷たい食べ物のコーナー
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チーズ、スモークサーモンなどの冷たい食べ物のコーナー
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特別に一人ひとりの要請を聞いてオムレツを作ってくれるところ

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ダイニングエアリアに座ると海が目の前に広がっている
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そこに結婚式が行われるガジボがあった

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このホテルのあちこちにある美しい花々。水がないのにこれらの花を手入れするのも大変なことだろう

朝食のあと水着に着替え、早速にジュクジに。エルサが、太陽光線が強いから彼女のサンタンローション使うように言ってくれたのに、大丈夫と言って自分のを使って出かけた。

ジュクジは、いつもいつも満足。日本の温泉にも匹敵するよう。気持ちよくジュクジに1時間ほど入ったあと、水の中でのアロビックをして、エルサのところへ行ったり、多くの人たちとおしゃべりしたり、ジュクジに再度入ったりした。昼食はどうしたのかしら。朝食が遅かったし、たくさん食べたのでスキップしたのかな。部屋に帰りシャワーをとってから、みんなが来るのをホテルの入り口で待っていた。待つ間、その近くにあったバーからテキーラをいただいて飲んだりした。

みんなが来て、夕食には海鮮レストランへ。
スティーブンの友人の一人がみんなにロブスターをおごってくれるって。本当!?本当らしい。でも食べる人は以外と少なかった。旦さんはロブスターよりフィレミニョン。ロブスターを一匹(「一杯」と数えるの?)食べたのはHirokoと義妹、栄だけ。あと2人がロブスターとフィレミニョンのコンビネーションデッシュだった。

ロブスターは「海の底のゴキブリ」と呼ばれるんですって。神さまが海の底を歩き回るものは食べないほうがよいと言うはずだ。それでみんな食べなかったのかな、それとも遠慮したのかな。どっちにしても美味しかった。写真撮るの忘れちゃった。

久しぶりに会った人たちだったので遅くまでおしゃべりした。明日のプランをして、部屋へ帰ったのが11時ごろ。肩や胸がひりひりする感じだった。

6月1日(金)
今日は結婚式のリハーサルと夕食がある日。

みんなで朝早くから海辺を歩き、朝食のあとヨガのクラスへ。

昼食はスキップ、ある人たちは昼食を食べてからと意見が別れたけど、リハーサルに遅くなってはいけないからと、街に出かける前にサンドイッチを作って欲しいとお願いしたら作ってくれた。そのサンドイッチを持って、ロス・カボスの市バスに乗って街に出かけた。バスの中でサンドイッチを食べても誰も何も言わなかった。みんなも食べていたから。

ここでも経済不況が影響しているのだろう、寂れた街の中だった。
薬やさんがあったので、風邪を引いているスティーブンに風邪薬を買った。栄がリサのためにドレスを買ってくれた。薬やさんに日焼けのためのアロエのクリームが売っていたのでそれも買った。ドルとペソなので少し混乱。でも大丈夫。

結婚式のリハーサルには直接の家族とウエディングパーティーだけ。リハーサルに関係がないし、時間もあったのでまたジュクジに。何だか両肩、胸がジュクジの暖かい湯に当たってひりひり痛かった。

リハーサルデナー
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そのテーブルセット。
このテーブルセットに一人20ドルもかかったんだそうだ。
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デナーを予約したお婿さんのスティーブンが心配顔で見回っていた

テーブルに置かれたデコレーションのガラスのダイヤモンドを見て、こんなに大きなダイヤモンドを見せられたら、みんな結婚するかいなどと話した。ダイヤモンドを見て心が動く?

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ブレッド、そしてアペタイザー、サラダ、金曜日を重んじてひらめのバター焼きだった。デザートにはアイスクリームとケーキ。

そのデナーの間、夕日を撮りたいと思ってホテルの前に行ったのに、
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ちょっと遅かった。明日は日の出と夕日を撮りたいもの。

わあ!肩と胸が痛くて眠れないよ。何かが触ると痛いんだもん。アロエクリームをつけて、エアコンを止めて裸で寝ちゃった。

6月2日(土)
結婚式当日。
でもウエディングパーティーに入っていない人は夕方の5時半までは自由。エルサは昨日から花嫁さんにつきっきり。お腹が痛いとか、どうしてとか言いながら、一生懸命アマンダと一緒に動いていた。

朝の海辺の散歩
<PHOTO>>
結婚式の日は風が強く、波の音も大きく、寄せては返していた。この波の音はベッドルームにまで聞こえてきて、目が覚めるほどだった。仙台であった津波のことが思い出され、一時、祈りの気持ちで波の音を聞いた。

朝食のあとはストレッチエクササイズ
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これは旦さんが撮ってくれた写真

結婚式まで時間があって、何をしようかとプログラムを見たら、テキーラテスティングのクラスがあった。義弟、徹と一緒に出かけた。
毎日、朝10時から夜の10時まで1時間ごとにプログラムが組まれていて、楽しむようになっている。子供のプログラムも朝10じから夕方の5時ごろまであるらしかった。
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飾られているテキーラ。20本以上はあった。いろいろなテキーラがあるのにびっくり。日本のお酒だってたくさん種類があるのだから同じということ。
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たくさんの人が来ていた
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まあ宣伝もあるのだろうけど、街の中で見かける綺麗な瓶にメキシコの服装をした綺麗な女の人がダンスをしている写真が載っているようなテキーラはお土産用で美味しいテキーラではないとの説明があった。
五種類のテキーラを勧めていた。その五種類をテストした。
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この可愛らしいショットグラスが配られ、首にかけて、これに半分くらい入れてもらって、味見した。Hirokoは下の写真のテキーラ(el Jimador)が一晩美味しかった。徹は花婿さんのお父さんなのだから沢山飲んでは駄目というのに、小さいけどカップに半分はついでくれたのに、Hiroko少しだけ。詰まんない。
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このテキーラは、徹たちが6月11日にシカゴに来るのでデナーをするが、そのときに飲むため近くの酒屋さんで買ったもの。

結婚式の写真は、50枚以上のあるので別に、まとめて続きに載せたので見てください。

日焼けの痛さに悩まされて眠れなかった。はじめの日にサンタンローションを塗ったのはいいのだけど、ジュクジに入ってそれが全部流されちゃったのに気がつかないで、日の下を二、三時間も歩き回ったり、おしゃべりしたりしたのがいけなかったのだろう。そのあとはエルサのウォタープルーフの日焼け止めを塗り、直射日光が当たらないようにいつも肩と胸を覆っていた。

6月3日(日)

結婚式も終わり一段落した最後の一日の始まり。海辺の朝の散歩からはじまって、朝食、ストレッチエクササイズ、海中アロビック、昼食。帰る人たちがいたのでホテルの入り口で「さようなら」を言って見送った。

夕食には、みんなが行ってみたかったアジア系のレストランへ。人気があるらしく30分から45分も待たされた。
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そのときの食事。でも撮ったのはスープだけ。味噌汁とタイのスープ。興味津々で写真を撮るのをわすれちゃった。45分も待たされて食べた料理は、期待はずれだった。

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箱庭さんが、5月5日に日本で「スーパームーン」が見えたとか。ロス・カボスで見た椰子の木と椰子の木間の月も「スーパームーン」のようだった。前日の結婚式のときから気がついていたのだが、撮るのに良い機会がなかった。でも写真にしてしまうとそのスーパーさが小さくなって残念。

さて、これで一応書き終わったのだけど、ロス・カボスへ行く飛行機での移動の大変だったことをどうしても書いておきたい。またテキーラのことももっと書きたいが、別の日に書くことにする。楽しみにしていてください。

結婚式の写真が続きにあるので、見てくださいね。
プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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