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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

シカゴあれこれ

ミツワマーケットで

ミツワマーケットに行ったことの前に、9月27日ごろからシカゴでも日本に台風上陸のニュースで報道されていました。死者が二人も出たとか。みなさん、大丈夫でしたでしょうか。大雨、大風、洪水と随分大きな被害があったとNHKのニュースを読みました。怪我などないようにお祈りしております。


さて、デーブのバースディーをするし、秋といっても冬のように寒くなってすき焼きが一番。白人のデーブもアマンダもすき焼きが大好き。それでミツワマーケットにすき焼きの材料を買いに行って来た。

1 Mitsuwa 1 1 Mitsuwa 2
ミツワはシカゴ市より車で45分ほど北西になるのだけど、木々の葉がすっかり色が変わっていた。綺麗な色じゃなくて残念。旱魃が悪いのでしょう。今も雨が降らないから水に欠乏。

北海道物産展Hokkaido Food Fair
2 Hokkaido 1
ミツワの中に入ったら、まずこんな大漁のような旗が目に入った。北海道物産展だった。

その旗の周りをひとめぐりして写真を撮った。
2 Hokkaido 2 2 Hokkaido 3
2 Hokkaido 4 2 Hokkaido 5
2 Hokkaido 5-a 2 Hokkaido 5-b
旗の右側にはサザエ食品の北のかりんとう饅頭、その横に塩辛、うに、たらこなどなど。右に回るとパン粉をつけて、イカ、海老、それからたしか枝豆、コーンなどをコロッケのように揚げたもの。さらにその右周りには美味しそうなものばかり。イカめし、そして蟹工船の蟹をたっぷり使ったお弁当が出来ていた。

旦さんが蟹とか、イカ、キャビアが駄目なので、こんなのを一緒に食べると、噛めるかい、キャビアはコレストロールが高いよなどなど、いろいろ言うので、止めちゃった。高かったしね。こういうものは一人で食べるに限る。

2 Hokkaido 6 2 Hokkaido 7
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そのほか北海道のいろいろなものが袋に入って売ってた。美味しそうなケーキ、クッキーなども冷蔵庫に入ってた。

この間Mikichanのお祖母さんから「Mikiがお世話になりました」って箱にびっしり、よく入れられたと思うほどいろいろなものを送ってもらった中に、特にお願いして送ってもらった甘納豆。北海道十勝の豆を使った甘納豆、本当に美味しかった。誰にもあげないでHiroko一人で食べちゃった。紫色をしたお豆の甘納豆が特に美味しかったのであるかと思って探したけど、甘納豆は全然なかった。残念。甘納豆は作れないから。あの美味しい甘納豆食べたいのにね。

今日はミツワに行って、たくさん買い物して、美味しいお昼たべて楽しんできました。ただ、茶碗蒸しを造るとき使う、三つ葉と銀杏がなかった。中国のお店にあるかな。行ってみましょう。

感謝!感謝!
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クリスチャンの生活

善いことをする難しさ

先日のシニアのミーティングで、善いことをするのは難しいということをマタイ書6章1-4節で学んだ。
「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」

全ての人は良いことをするように造られているとも聖書には書いてある。(エペソ書2章10節参照)

善いことをするのに何がそんなに難しいのか。皆が経験したことを話し合った。

マタイ書には善いことをしたと人々に告げてはいけないとある。殆どの人が善いことをしたからといって人々に言いふらしたり、告げたりしないだろう。でも善いことをしてあげるときの態度によって、してもらう人たちが、何かをしてもらったとか、そのことで自分が小さく、貧しく思えるようなことがあれば、あげた人の態度に「してあげてる」とか「自分は善いことをしている」とかの誇った気持ちがあるなら、それはあくまでも自己中心の行いなのである。実際には人に告げたりはしないとしても、このような態度で人に何かをしてあげるのは、人に告げないまでも、善いことをしていると告げていると同じことになるだろうとのこと。

聖書の同じ箇所に、自分の右の手でしたことを左の手に知らしてはいけないとあるのは、自分もしていることが善いことだと思ってはならない。それは自分のしていることを誇りと思わないため。それに関連して誰でも善いことをしたら気分がいいが、それも危険がある。善いことをして気分がいいでは、これも自分中心で、他の人のために、他の人への愛からの行為でしているとは言えなくなる。

ミーティングで語られた善いことをすることの難しさの例。

善いことをしてあげる、何かをあげる、するとそのお返しがきたり、してあげたこと以上のものが返ってきたりする。近所の人が3人もの可愛い女の子と一緒にショッピングしていた。その女の子たちを喜ばせてあげたいと思い、買ったものが必要以上にあったのでその子たちにあげた。すると次の日にあげたもの以上のものが返ってきた。びっくりしたのと、何かを人にあげることの難しさをいろいろ考えさせられたそうだ。

それと同じようなことで、近所の老人がどこへ行くか分からなくなったらしく、道を行ったり来たりしていたのを見たので、その人の家に連れて行った。そうしたら後日、昼食の招待、そしてお土産にたくさんのものをいただいて帰ったそうだ。きっと道に迷ったご主人が無事に帰ったので嬉しかったのだろう。それにしても善いことをしたほうとしてはびっくりするようなお返しだったので、考えてしまったとのこと。

シカゴの街の中を歩いているといたるところでコインをくれとせがまれる。ある人が昼食に事務所から出ると、いつも25セントのコインをそんな人たちにあげていた。また地下鉄の入り口に小さい子供つれた中年の婦人が立って、お金を求めていたので、その人にもコインをあげ続けていた。と、あるとき、その人たちの持っている缶の中のコインを取り上げているのをみた。事務所に帰ってどうしたことかと聞いた。そしたらそれらの人の殆どはギャングに使われている物もらいだそうだ。そんなことがいろいろあって、そういう人たちにはいっさい何もあげないことにしたそうだ。

善をするように作られている人間が、こんなことを考えていては善ができなくなってしまう。どうすればいいのか。牧師は、神が導いてくれるようにするという。それも簡単なことではないようだ。

Hirokoも考えてみた。続きに書くので興味があったら読んでください。

ガーデン

終りになるガーデン

野菜ガーデン
とうとうやってきた。その日が。
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どうするかな。もう胡瓜はなってないようだし、花もないし、葉が枯れてるからなあ。
旦さん、とうとう意を決して胡瓜の木を全て片付けることにした。
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胡瓜の木のあったところは空っぽになった。これで美味しい胡瓜も食べられなくなった
ささげのあったところも空き地になった。
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トマトとベルペッパーはまだあるけれども、これもそろそろ終りだ。

生あるものはいつかは死をみるのだ。

Hirokoのポーチガーデンの胡瓜も同じ。そろそろ片付けなくてはならないとき。
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葉っぱが茶色くなり、しぼみ、なくなってしまった胡瓜の木。

Mikichan、覚えてる。この胡瓜Mikichanが帰る日ごろ、横になって成っていたのを見つけてくれたもの。手が届かなくて収穫できなかった。
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でもこれは来年のために種を取る胡瓜にしたの。立派でしょう。もう少し黄色くなるまで待ってなくちゃ。良い種が取れるまで。
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ハラピニオペッパーは今がさかりと沢山成っている。もうひとつは「鷹の爪」かと思ったペッパーはそうじゃなくて残念だったけれど、チョッピリ辛くで美味しいペッパーが沢山成っている。

生あるものは必ず死を迎えるのは人も同じ。続きにこのことについて書いたので読んでね。
プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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