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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

旅日記

またラスベガスへ行ってきた。寒かった!

2013年4月14日日曜日の夜8時7分のユナイテッドで行って来た。去年ロスカボスへ行ったときのユナイテッドの飛行機は時間の遅れ、ミスなど、すごくサービスが悪かったので苦情を書いたところ、1年以内にという条件付だったけど、一人につき$150ドルの割引券が来た。それを使っての旅行なので、費用がぐんと少なくて大助かり。この度は何もかもスムーズにいった。飛行機は満員だった。

さて、2013年に泊めていただいた部屋の様子。
この度もまた哲/冴さんたちのタイムシェアーで、LasVegas Vacation Hilronに泊めていただいた。フロントの入り口もフロントデスクも撮り忘れて、残念。
これが部屋の様子。
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キッチン
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ソファ、テレビのあるフロントルーム
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バスルーム
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ベッドルーム
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寒くて外のジャクジに入れなかったので、部屋にあるこのジャクジに入った。

第一日目 Palmカシノのフードコートに座って、ジミー伯父さんと家族とおしゃべり。ギャンブルもあまりしなかった。旦さんはギャンブルを少ししたらしく賭けたお金の四、五倍は戻って来たそうだ。Hirokoは負けっぱなし。

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ジミー伯父さんと孫のメラニー そしてアリス伯母さんと息子のマークとテーシャ
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メラニーとハズのジョー そして息子のマークとティーシャ
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ジミー伯父さんと旦さん そしてみんな一緒に
運動もせず一日座っていて、よくお腹が空くもんだ。夕食はラスベガスで一番美味しいとの宣伝文句につられて中華料理やさんへ。いつものことで写真撮るのを忘れたけど、
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一人前のお皿にいれた4種類の料理。モンゴリヤンビーフ、カンパウチキン、チキンと野菜、そしてパリパリニュードルチャーメン
味は美味しかった。アリス伯母さんはラスベガス一番と宣伝していながら、サービスがあまり良くなかったと言って悪がっていた。伯父さんと伯母さんが支払ってくれた。

二日目は、写真を余り撮らなかった。忘れちゃったの。
郊外のほうにあるひなびたカシノに連れて行ってくれた。そのカシノのホテルの中庭が珍しかった。
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これらの写真がその中庭。もっといろいろな石でできた動物がいた。これら全ての動物が時間がくると動くようになっていr。熊などは立ち上がって「ウオー」って大きな声を上げたのでびっくり。
そこはこの街の住民のためのカシノで、当たる率がいいのとか。でもみんな全然駄目だったけど。シニアの日で、賭けて10ポイント作るとバフェが半額になった。一人4ドル50セントのバフェを食べた。でもバフェだからね。どこのバフェでもまあまあ。大体バフェーは一人10ドルから20ドルはするから、その半額で食べられたら文句はない。それに野菜がたくさん食べられて満足。

そのあとラスベガスに行ったら買ってきてくれと頼まれた買いものに別のカシノ・サウスポイントに行った。率が一番いいんだって。
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買物している旦さん。何を買っているのかって。来年のスポーツの勝ち負けに賭けるテケッとを買っている。そこのカシノでも遊んだ。今年は旦さんがついていて勝った、勝ったと言っていた。いつまでもつきがついているといいね。

お昼がバフェーで食べ過ぎたので、夕食は札幌ラーメン。美味しかった。やっぱり札幌ラーメンだね。でもHirokoにはちょっと塩味がきき過ぎていた。チャーシューもしな竹も美味しかった。写真撮らなくて残念至極。

帰って来て、アメリカ二世部隊が第二次大戦で通訳として働いたときのDVD”MIS-Military Intelligence Service”を見た。今、その人たちは90歳以上になっているが、その人たちにインタビューして作ったものだ。このことではたくさん、たくさん書くことがあるので、またの機会に詳しく書きましょう。

三日目
今日はカメラを手に持って、写真を忘れないで撮った。
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まずは朝食。毎朝、哲/冴さんたちが用意してくれたこれら朝食を月曜から金曜まで食べさせてもらった。その朝は家族のインフォメーションを交換し、家族に関するニュースをアップデートした。

カシノの入り口をシーズン毎に新しくするべラージオというカシノに行った。
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今月のデコレーションのテーマは「オランダ」で、いろいろな種類の蝶々が一つの部屋に一杯いた。あまりチューリップを見なかったけど、沢山の花があった。シカゴから行った者には素晴らしい眺め、そしてとてもよい匂いだった。

そのあとこのラスベガス発祥の地、ダウンタウンに行った。
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ダウンタウンの中のいろいろな写真。空中を渡ったり、道路芸能人に会ったり、新しくできたショッピングモールに行った。
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新しいショッピングモールで面白いレストランがあった。昔風のハンバーガーやさん、お肉が三枚重ね、そしてベーコンとチーズ。コレストロールたっぶりのハンバーガー。このハンバーガーを食べると心臓麻痺を起こし、病院入りになるだろうって。食べるときには病院に入院したときにきるガウンを着せられ、ナースのウエトレスにサービスしてもらい、お医者さんが常時緊急時に備えている。

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Hirokoの食べたキムチヌードル
そのあとAlohaというお店でヌードルを食べた。このヌードルはラーメンとは言えない。中国風のヌードルでエンゲルヘアーに似ている。そのあとカシノで遊んだ。

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これは去年シカゴから来た友達が千ドル勝ったウィール・オフ・フォーチュン。哲/冴さんたちが遊んだけど駄目だった。ちなみに、この友達は別のカシノの同じような機械でも千ドル勝った。旦さんはダウンタウンのカシノでは勝てないとぼやいていた。Hirokoも全然駄目。
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一休みでアリスクリームを食べた。

部屋に帰り、みんな休んでいる中、冴さんは夕食の用意。寒くて外のジクジに入れないHirokoに、部屋にあるジクジに入ったらと言われ、そうさせてもらった。温泉に入ったみたいでいい気持ち。一時、体中の痛みが溶けてなくなっちゃった。夕食は、シカゴから持って行った豚とチキンのカットレット、カリフォルニアからのサラダ、豆腐、ふりかけ、ワンタンスープなど、盛りだくさんの夕食をした。カレーを忘れちゃって残念。

四日目
今日は朝食のあとおしゃべりしちゃって、出かけたのが11時。山“Fire of Valley”へ連れて行ってもらった。はじめはレッドロックキャニオンよりスケールも小さくて、色も悪いと思っていた。それはその場所に着いていなかったからだった。下の写真を見てください。いろいろ素晴らしい景色でした。レッドロックも海の下だったと説明されてたけど、ここも何万年前はやはり海の下だったそうだ。
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はじめ見てがっかりした山々殆ど車の中から撮った。
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入場料を支払ったところ
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“Fire of Valley”見物のために入場料を払う入り口があり、そのあとの見た岩の山々はいい色をしていた。
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博物館の入り口のところの小さい庭に咲いていたカクタス(シャボテン)の花とカクタス
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山の博物館の中に展示してあったもの。またこの山に生息している動物など。トランチェロ(蜘蛛)、イグアナ、蛇など。
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この山に生息している動物の骨や抜け殻、そしてその山の模型
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インディアンの小屋と石のまな板

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こんな水のないところにも花が咲いていた

山から下りて、お昼だし、何を食べようか。In and Outというハンバーガーのお店へ行くことにした。
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このハンバーガーのお店の特徴、一つはカリフォルニアが発祥地、今はテキサスにもあるそうだ。もう一つはハンバーガの中の玉ねぎがソテーしてあること。そしてとっても忙しいお店。ハンバーガーも美味しかったし、フレンチフライが美味しかった。

そのあと宿泊しているHilton Vacationの傍にあるHiltonのカシノに行ったけど、あまり遊びやすい機械がないとのことで、Palmカシノへまた行った。そこにあるメキシコ料理で夕食をする予定だったから。
ところがそのメキシコのお店は閉店されていた。それで50%割引券があったので、またバフェーを食べた。
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バフェーの食事の品々。アジア、イタリア、インターナショナル、モンゴリアン、デザート
みんな蟹を大きな二枚のお皿に山盛りにして食べていた。
お腹は一杯になったし、最後の夜だったし、何だかみんなはりきっちゃって、遅くまで遊んじゃった。哲/冴さんたち、旦さん、みんなまあまあだったらしいけど、Hirokoは全然だめ。
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バフェーを食べている哲/冴さんたち、旦さん

最後の日
哲/冴さんたち、ご苦労様でした。今年もありがとう。とってもよいお部屋に泊めていただいて、朝食も用意してもらって。毎朝一緒にその日一日のことをお祈りし合えて嬉しかった。この日も特に帰りの安全をお祈りして、朝食を終り、哲/冴さんたちは9時にはロスに向けて出発した。途中ショッピングモールで買い物したので1時間遅れで、3時には無事着いたと電話があった。

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旦さんとHirokoの飛行機は6時なのでまだ時間があり、夕食を買いにHiltonカシノへ行った。ここのサンドイッチは美味しかった。とても美味しいパンだった。
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負けてばっかりいたことで考えされたことを続きに書くので読んでください
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生活

スティンキーフラワーが死んじゃった!

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4月7日の朝、花の中の高い芯が二つに折れた。何とも可愛そう。二、三日前から花が萎み、ああ、人も70、80歳になるとこんな風に萎むなあなどと考え、何とも淋しい思いがしていた。スティーンキーフラワーも、とうとう死んじゃう日が来たのだ。3月はじめに芽を出してから4、5週間、どうなるか?どんな花が咲くか?楽しみにしていたら、咲いた花が紫のカトレアのような美しい花、長いこととっても楽しませてもらった。ありがとう!さとうなら!芋を鉢に植えて、夏になったらスティンキーフラワーの緑を楽しもう。
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鉢植えにしたスティンキーフラワーの芋
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スティンキーフラワーをもう一度

Hirokoは、小さいときからいろいろな死にあったなあ。4歳のときのお祖母さんの死。あの死はHirokoに死を教えたのだろう。2010年3月5日に「愛された光子その二『お祖母さんどこへ行ったの』」の中で詳しく書いたけどお祖母さんの手が冷たかったのは今でもHirokoの手が覚えている。そのあとは5歳のとき可愛がってくれた母方の伯父さんが戦争で亡くなった報告を聞いたとき、「伯父さんのお嫁さんになりたかったのに」と言って泣いたのも覚えている。そのあと2、3年生の一緒の遠足のとき、家も近かったし、親しくしていた友達のお兄さんが、山の上で崖から落ちて岩に頭を打って死んでしまった。この他もいろいろな死にあった。Hirokoの人生の初めにあったこれらの死は、大いにHirokoに影響した。

大学ではよく死について語り合う友人と一緒になった。そんなとき「人は死ぬために生きているのか」などと言った人がいて、「そんな人生はやりきれないね。それじゃ今死んじゃってもいいね」などと話し合ったこともあった。後期老年期(70歳以降でしょう)になっている弟が、この間、酔ったあげく電話してきて、人は何のために生きたらいいのか、などと聞いてきた。弟の生きる目的は彼の事業を成功させることだった。その事業も息子に譲り、引退した今、生きる目的のなくなった弟に何を言ってあげることができるか。

キリスト者には明確な生きる目的がある筈。スティンキーフラワーのように美しく咲き、芋によってまたいつか美しい花を咲かせられるのは何と素晴らしいことか。キリスト者も、主を礼拝し、主の喜ばれる人生を送ることが生きる目的。死んだあとは主のところに行き、主に「忠実な僕よ、よくやった」と言われ、主とともに永遠に生きることができる。この希望は、現在のどんな生活の中でも平安な心を与えてくれる。

クリスチャンの生活

スティンキーフラワー/ コンニャクの花  と 2013イースター

この花が咲くと春が来る。でも可愛そうよね。アメリカでは、コンニャクの花に「くさい花」と名前をつけている。

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3月のはじめごろ、この花の芽が出て来た。この芽からは、花が咲くと思った。
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3月20日には、この芽が高く、高く伸びはじめた。一日に2、3インチも伸びた。
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3月の終わりになった。いつ花が咲くのかな。5フィート3インチの背丈になり、伸びなくなった。
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3月の終わりのある日、日が照り、暖かく、とても美しい日となった。Hirokoはこの「くさい花」をポーチに出してあげることにした。暖かい日に当たって、花の蕾が少し緩んだようだった。匂い、と言ってもそんなに「くさい」匂いではないが、匂いもしてきた。
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少し蕾が開いたと思うでしょう。
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待ちに待った花がとうとう開いた。イースターの日曜日、3月31日に大きく開いた。やはり匂いも少し強くなった。でも「くさい」匂いではないと思った。

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これはこの花の一年目の芋。
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これは三年目と四年目。
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花を咲かせた芋は8インチの大きさだけど、この大きさになるには5、6年はかかる。

このポテトからコンニャクができるのだ。日系日本人二世の人でこの芋からコンニャクを作っている人がいるけど、芋が固く、擂るのが大変とのこと。それにコンニャクに固めるものがなかなか手に入りにくいらしい。Hirokoはコンニャクはミツワで買うことにした。でもこのコンニャクの花を楽しむため、また芋を育てよう。

こんな「くさい」花も神さまは作ったのでしょうね。紫のこんなに綺麗な花に「スティンキー、くさい」なんて名前をつけるなって可愛そうに。学名は何なのか調べてみましょう。どなたか知っていたら教えてください。
(ウィキベディアフリー百科事典からお借りした説明文。)
スマトラオオコンニャク(スマトラ大蒟蒻、学名Amorphophallus titanum)は、サトイモ科・コンニャク属の植物。インドネシア、スマトラ島の熱帯雨林に自生する。7年に一度2日間しか咲かない、世界最大の花として有名になった。花の形からショクダイオオコンニャク(燭台大蒟蒻)という別名もある。また、Titan arumという英名からタイタンアルムとも呼ばれる。他にも、その強烈な腐臭から死体花やお化けのように見えるのでオバケコンニャク(お化け蒟蒻)という名前もある。
この花は可愛そうな花。いろいろ変な名前をつけられて。コンニャクの花が一番。
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続きに、Hirokoの教会のイースターの模様を書きますので読んでください。写真は撮り忘れました。
プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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