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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

旅日記

2014年10月の日本旅行記II

今度日本に行くときはビジネスクラスで行こうとマイレージを貯めていた。マイレージも十分あったしアップグレードをお願いしていたんだけど、やはりマイレージでアップグレードしてもらうのは大変。勿論はじめから何千ドルも出してビジネスクラスを買う人がいるならその人たちが優先となるわけで、私たちがビジネスクラスで行けるかどうかはその日にならなければ分からない。その日になった。あなたがたビジネスクラスで行けますよと言われ、神に感謝した。
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飛行機に入ったら、まずアテンダントがシャンペンをもってきてウエルカムをしてくれた。これがアメリカンエアラインのビジネスクラス。あまり人がいなかった。
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旦さん、リサ、Hiroko、それぞれビジネスクラスを楽しんでいる。12時間の飛行時間はあっという間だった。椅子がベットのようになり寝ることもできたし、足を上にあげてゆったりとしていて、本当にくつろげることができた。二時間おきに歩くこともしなくてよかった。
これがはじめにいただいた食事。
1 ape
プラスチックでなく、ステンレス製のナイフとフォーク、Hirokoは箸をいただいて、布のナプキンでアペタイザーを食べた。
3 Beef 2 Yaki
旦さんとリサはステーキ。Hirokoは海老の焼きそば
4 Des
デザート
この他に途中でおうどんかサンドイッチ、そして日本着陸前にスナック。

旦さん、リサ、Hiroko無事、到着時刻10分前に日本に着いた。それからがまた大変。移民局、荷物をとって税関へ、無事通過。宅配で荷物を送り、そのあと緑の窓口でレースパスを変えて、山形行きの新幹線の切符をもらい、やっと新幹線に座ってやれやれ。汽車弁の米沢牛お弁当とお茶を買って遅い夕食。レッドワインを飲みゆっくりできた。
第一夜はHirokoの弟、好輝のところで。リサの電話が通じたので大助かり。お風呂を沸かし、夜食を整えておくって。ビールやら、ワインやら、焼酎やらを飲んで第一夜から大変。義妹、伊久枝さんが前よりもずっとよくなっていて、嬉しかった。何かをしようって、積極的だった。

二日目、今年の6月に亡くなったHirokoの妹の家、吉田家訪問。ここはKibochanとNozomichanのおうち。まずは妹のお墓参りに連れて行ってもらった。仏教徒の家を訪問するとまずは仏壇、そしてできればお墓まいり。クリスチャンとしてのHirokoはこれでよいだろうか。Hirokoは偶像を拝んでいるのではなく、妹の霊に見まえ、妹と話したのだからいいと思っている。妹は神でもなく偶像でもない。Hirokoには唯一なる神がいるのみで、偶像はいないのだから、仏壇の前に座るも、お墓の前にで亡くなった方の霊に額づくのも問題はないと思っている。
2 enjoy company 6
これが吉田家の面々、左から吉田家の主人、Nomomichan、Kibochan、そして吉田の女主人、Nadeshikosan
2 enjoy company 1
この写真、説明はいらないね。凄い語馳走
1 Foods 1 1 Foods 2
1 Foods 3 1 Foods 4
1 Foods 5
たくさんのご馳走。この中で一番美味しかったのはNadeshikosanお手製の芋に会のお汁。銀杏のたくさん入った茶碗蒸しも美味しかった。食べ過ぎちゃった。
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Kibochanのお誕生日で妹のNozomichanのピアノ伴奏でHappy Birthdayをみんなで歌った。
2 enjoy company 2 (2) 2 enjoy company 4
Nozomichanとリサ  吉田家のご主人、少しのアルコールで酔ったらしい。

3日目、伊久枝さんが良くなったといっても、あることは前と同じ。リサが伊久枝さんの着るものの整理をしてあげようということで、これから冬になるので冬服、そして礼服などの整理。家の中のお掃除を好輝と克也でやったと言っていたが、お掃除もしてきれいにした。スターバックへ行ってWifi使用、そのあとショッピングへ。
4日目、庄司家の土曜日は温泉日。半日かかって温泉へ。お昼には山形名産のお蕎麦。そして山形物産館へショッピング。山形はリサの最後の日になるのでお土産のショッピング。山形物産館なので全部山形産かと思ったら、やはり中にはMade in Chinaがあって大笑い。

5日目、旦さんの叔父さんと叔母さんの家訪問のため広島へ。天気予報によれば台風接近の予定。どうなるかと思ったが無事広島に着けた。台風は次の日、6日に東京方面を襲った。イエスに感謝。

広島には3時ごろに着いて時間があったので雨の中平和公園へ。
1 peace 4 1 Peace 3
1 Peace 2 1 Peace 1
ここに原子爆弾が落ちたそうだ。
2 Musium 5 2 Musium 4
2 Musium 3 2 Musium 2
2 Musium 1
平和公園の近くにある博物館へ。リサは博物館にはあまり行きたくないようだった。何か恐ろしいもの、見たくないものがあるように感じたらしい。3歳のときこの博物館で見たことが戻ってきたのだろう。博物館に入るのに躊躇したようだったが入ってきた。前に見たものが目に入ったと言っていた。3歳の子が見たこれら原爆を表すものはショックだったのだろう。

このホテルに二泊した。
1 Hotel 1 1 Hotel 2
これがホテルの正面、そしてホテルの部屋からの眺め。
2 Okonomiyaki 1
2 Okonomiyaki 2 2 Okonomiyaki 3
山形のHirokoの甥、匡輝が、広島に行ったらまずはお好み焼きを食べるようにと言った。平和公園からホテルまでの長い、長いショッピングモールを見つけ、その中をあちこちと見て歩いているうちに、本当にお好み焼きやさんがたくさんあった。そのひとつに入った。東京のように小麦粉の中に野菜に海老、肉が入っていて焼くとぼってりと小麦粉の多いパンケーキのようになのとは大違い。小麦粉ではなくで卵でまとめてあった。それでもおうどんが中に入っていた。リサは大喜び。旦さんもHirokoも名物を楽しんだ。
ホテルに帰ったあと、ホテルの近くにある牡蠣バーで焼酎割りを飲んだ。山形で克也が美味しいと言って飲んでいたのをいただき、リサも美味しいとやみついた。焼酎をいろいろなジュースで割って作る飲み物は美味しかった。
1 Hotel 3 1 Hotel 4
朝食が供される部屋。ご飯と味噌汁があって、美味しい朝食をいただけた。

6日目(広島での2日目)旦さんの叔母さんは3年前に亡くなっているので、その息子さん、旦さんの従兄弟、向井哲郎さんご夫妻訪問。
1 Ohaka
これが向井家のお墓。叔母さんの名前が入っていた。
1 Ohaka 2 1 Ohaka 3
お墓の前で、リサ、旦さん、向井家の奥様、向井家のご主人、向井哲郎さん
2 Lunch 1 2 Lunch 2
向井家でいただいた大きな、大きなお弁当箱のお昼。そして奥様お手製のお汁、中身は自家製のうり。美味しいお汁だった。奥様はお好み焼きやさんに勤めていて、お好み焼きを作るのだそうだ。今度はそれをいただきたいものだ。

旦さんの叔父さんの家、植木家。義典叔父さんも久子さんも元気で本当によかった。
3 Shabushabu 1
夕食はホテルの近くでしゃぶしゃぶを食べた。大きな神戸肉の写真をリサを撮っていたけど、Hirokoは忘れちゃった。

7日目、東京へ。
1 Shinkansen
これが新幹線。どこへ行くにもこれと同じような新幹線に乗って動いた。
2 Hotel 1 2 Hotel 2
これが東京のホテルの正面。リサが向かい側からホテルを撮っていた。
2 Hotel 3 2 Hotel 4
ホテルの名前はスパーホテル。これもビジネスホテルらしいのだけど、東京駅の直ぐそばで温泉つき。リサの日本最後の日なので、最後に今一度温泉を楽しめだ。部屋からの眺め。
2 Hotel 5
これが部屋の中。旦さんはショッピングにもデナーにも行かないって。デナーはマクドナルドのハンバーガーがいいよ。だって、どこで買うの。マクドナルドがこのホテルの向かい側にあったよって。ショッピングに行った帰りに買ってきてとのこと。そういうのはよく見えるね。
リサとHirokoは東京の銀座にショッピング。リサはお土産もの、それにリサ特別のマニキュアが見つかって大喜び。伊久枝叔母さんにって。日本で有名は松坂屋デパートに入って、その地下に行ったら、あるわあるわ出来合いのお弁当がいっぱい。その中から夕食にお寿司などを買って帰ることにした。忘れないでマクドナルドへ。夕食のあとホテルのバーへ。美味しい焼酎割りをまた楽しんだ。
3 Breakfast 1
3 Breakfast 2 3 Breakfast 3
3 Breakfast 4 3 Breakfast 5
3 Breakfast 6 3 Breakfast 7
3 Breakfast 8 3 Breakfast 9
次の朝になったら昨夜のバーが変わって朝食をいただくところになっていた。大体どこのビジネスホテルでもびっくりするような朝食が食べられる。でもここの朝食は特別だった。今日、リサはシカゴに帰る日。夕方の6時発はのでゆっくり。旦さんとHirokoはリサを送って成田まで行ったが、山形に5時ごろには行きたいため2時に成田を出た。リサはそのあと4時間もあって、最後のショッピング、メールを送ったり、マッサージマシンがあったので残っていたコインをたくさん使ってマッサージを楽しんだそうだ。

さて、これからは旦さんとHiroko、北海道にいるHirokoの親類、大阪と東京の友達訪問と忙しい日を送ることになりそう。

北海道へは新幹線がまだ通っていないので、汽車で行く場合寝台車が一番なのだけど、みんなに利用されていて切符を入手するのが困難。特に来年の春には新幹線を通すとかで、この十月から毎夜、新幹線の試運転をしていて半分の寝台車がキャンセルされていた。旦さん/Hirokoも切符がもらえなかった。ということは3度も乗り換えて、スーパーエクスプレスで札幌へ行かなければならなかった。
1 To Hokkaido
一回目に乗り換えたところで、「愛子」という駅の名を見たので、シカゴの友達、愛子さんのことを思い出して写真をとった。
二回目に乗り換えたときだったか、次の汽車を探し、座る場所はって後ろを見たら旦さんがいないのよ。びっくりしてね、プラットフォームを重いスーツケースを引っ張って端から端まで走ってみたけどいないの。乗ってきた列車と同じフォームだけど反対側の列車だからねと言ったのに、どうしたことか。駅員さんがどうしました。お子さんですか。いやそうじゃないんです。そうじゃないんですけど、日本語が分からず、耳も聞こえず、目も見えないおじいさんなんです。駅員さんは変な顔しただけで、子供じゃないなら何とかなるよというような顔をして行ってしまい、Hirokoはどうしたらいいのか。フォームの中を行ったり来たり、。。。どうだろう、階段をよちよち上がってくる旦さん。顔を見たとたん、同じプラットフォームって言ったでしょう。どうしたの。でもまず汽車に乗って座席を探して。どこへ行ったの。どうしたの。と質問、質問。切符を見せてこの汽車に乗りたいんだけどと言ったらここを教えてくれたって。Hirokoを見失ったらしい。ああ、びっくり、びっくり。今まではそんなことなかったのに、やはり目が見えないだね。

いろいろなことあったけど、札幌に無事着いた。
2 Sapporo Bus Hotel 1  2 Sapporo Bus Hotel 2
札幌第一やのホテルの部屋からの眺め。山に雪が降ってたんだろうか。それと朝食の部屋

次の朝、10時ごろHirokoの従姉妹の息子、歯医者さんの奥さんと子供たちが迎えに来てくれた。KenchanとJunchanも一緒。Kenchanは5年前シカゴに来たことがある。「札幌羊が丘観測所の丘」というところで札幌を一望できるところに連れて行ってくれた。
2 Sapporo 1 2 Sapporo 2
「青年よ、大志をいだけ」と有名な言葉を残したクラーク博士の銅像の側で。
旦さん、歯医者さんの奥さん、Kenchan、Junchan。
2 Sapporo 3
若い観光者のみんなの写真を歯医者さんの奥さんが撮ってあげたら、その中の一人がこっちのみんなの写真も撮ってくれた。「好きです」の言葉が若い人に受けるのでしょう。
そのあと札幌ドームに連れて行ってくれた。風の強い日で吹き飛ばされそうだった。そんな中、ドームの中への入り口が見つからず、とうとうドームを一周してしまった。Kenchanがどこかへ行って入り口を見つけてきてくれた。ひとつ上の階にいたらしい。このドームは冬のオリンピックのときに作られたもので、そのあと各種職業スポーツの試合があったり、音楽会があったりといろいろなことに使われているとのこと。

このドームの直ぐ近くに歯医者さんの事務所があって、そこで歯医者さんと一緒になり、お昼は何にしようか。ラーメンがいい。ラーメンかい。とんこつラーメンはないの。あれは九州が有名で、札幌はやはり札幌ラーメンだね。はい、札幌ラーメンがいい。
3 Ramen 1 3 Ramen 2
これがこのあたりでは一番有名ならーめんやさん。本当にたくさんの人が外まで並んでいた。やっと順番になって美味しいラーメンを食べた。厚い、厚いチャーシューだった。美味しかった。

ラーメンのあと、歯医者さんはみんなを小樽の観光地に連れて行ってくれた。本当に観光地。見るものがたくさんあった。写真を撮ってないので何を見たか忘れちゃった。ひとつ面白かったのは「お父さん、預かります」という看板。奥さんと子供たちがショッピングしている間、何もすることのないお父さんを預かるというのだそうだ。面白いね。
4 Otaru 4
歯医者さん、高田富博さん
4 Otaru 3 4 Otaru 2
小樽の観光地で高田家のみなさんと。
4 Otaru 1
Kenchanたちはアイスクリームを食べていた。ガラスの手工芸品のお店がたくさんあって、本当にいろいろなものが売っていた。Hirokoはお土産にひとつイヤリングを買った。

歯医者さんは旦さんとHirokoに素敵な温泉ホテルを用意してくれていた。
5 Jyozankei 2 5 Jyozankei 1
ホテルの正面入り口とホテルの名前、「定山渓グランドホテル。」十月のはじめは紅葉が素敵で、それを見にくる観光客でいっぱいだそうだ。
5 Jyozankei 0 5 Jyozankei 00
ホテルの入り口からの景色。秋の紅葉の色とりどりの美しさ。
5 Jyozankei 3
まず部屋に入ると、畳の間、ダイニングルーム、ソファのある居間があった。
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寝室
5 Jyozankei 5 5 Jyozankei 6
この二つのドアの後ろは何?ひとつはトイレ、ひとつは化粧室。そしてその後ろにお風呂場
 5 Jyozankei 4
これがプライベートバスルーム。スチームルームもあった。
旦さんとHirokoはこの部屋を楽しんだ。こんな素敵な部屋を、歯医者さんありがとう。
5 Jyozankei 9-2 5 Jyozankei 9-1
このホテルで夕食をした。Hirokoは二つか三つ、色違いの半纏があるのに気がついた。旦さんとHirokoが着ていた半纏の
色だと、はじめの飲み物その他ボーイさんがそばにいてサービスしてくれた。
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ビュッフェスタイルのデナーだったが品数が多く何を食べたらよいのか迷ってしまうほどだった。食べすぎだね。
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部屋からの景色
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これはお風呂からの景色。次の朝、太陽がまだ昇りきらないときの山の紅葉の景色が素晴らしかった。
シカゴの紅葉も美しくなるが、何といっても日本には山があるから違うのよね。山の傾斜に赤、黄色、緑、茶色が上から下まで交じり合って見えるのは一見する値がある。本当にホテルはいっぱいだった。

次の日は日曜日。三、四年前までシカゴにいたJennyさん。今は札幌に住んでいるので彼女の教会に行きたいと連絡したところ、喜んで連れて行ってくれると言って、ホテルまで迎えに来てくれた。
1 Damu 1
これがJenny-san.
1 Damu 2 1 Damu 3
1 Damu 4 1 Damu 5
1 Damu 6 1 Damu 7
1 Damu 8
教会は午後からとのことで、まずはと「豊平峡」というところへ観光に連れて行ってくれた。ここでもやはり紅葉を楽しむ観光客で賑わっていた。
Jennyさん、どうもありがとう!旦さんもHirokoも神に礼拝を捧げることができで感謝です。 残念なことに教会の写真を撮るのをすっかり忘れました。
1 Supper
歯医者さんのご家族全員が旦さんとHirokoを教会まで、美味しい海鮮魚介のお店で夕食するために迎えに来てくれた。Jennyさんも一緒させてもらった。
2 Supper (2) 4 Supper
Jennyさん、歯医者さんと奥さん。 右の写真は奥さんと Mikichan、彼女3年前シカゴに来たのよ。今は高校生。
5 Supper 6 Supper
たくさん、たくさんのお料理だった。食べるのに忙しくあまり写真は撮れなかった。いろいろな魚介類があった。たくさんのお料理の種類があるのにびっくりだった。
3 Supper
KenchanとJunchan、 HirokoはJennyさんがこのboysとよく話してくれてよかったと思う。

この食事のあとは歯医者さんが結婚式の日に泊まったというホテルをまた用意していてくださり、ここに泊めていただいた。写真が一枚もなかったとは残念。写真機のカードがいっぱいになってしまったので写真機が使えなくなったからかな。

札幌のあとは帯広に行き、Hirokoの従姉妹たちに会うことになっていた。まずはじめに石丸家(Hirokoの母親の実家)の長男、恭雄の月命日で、丁度旦さんとHirokoの結婚50周年の日でもあり、従姉妹たちと一緒に祝日ができて本当によかった。10月13日、お坊さんがきてお経をあげて行った。
1 Reiko 0
これは石丸家の仏壇
6-1 Reiko 6 Reiko
石丸家の先祖は日本の武士だったそうで、その鎧となぎなた
2 Reiko 5 Reiko
石丸家の長男、恭雄とその両親の写真
3 Reiko 4 Reiko
恭雄の奥さんが花を生けて今日の日を祝ってくれた。

そのあとはみんなで温泉へ。従姉妹、従兄弟がみんなで旦さんとHirokoを招待してくれた。石丸家の次男、春朗がこのホテルでの集まりを全部アレンジしてくれたとのこと。奥さんは転んで肋骨を二本折ったとかで痛いとも言わず春朗を助けて一生懸命やってくれていた。
1 Onsen Dinner
温泉ホテルの夕食風景。ここも大勢の観光客で賑わっていた。
2 Onsen Dinner 3 Onsen Dinner 
Hirokoの母親の甥、石丸春朗、Hirokoの従兄弟とその奥さん
6 Onsen Dinner 5 Onsen Dinner
Hirokoの母親の姪たち、Hirokoの従姉妹達と恭雄の奥さん
4 Onsen Dinner
ホテルの部屋からの景色

温泉の次の日、従兄弟、従姉妹たちと一緒にDan-san/Hirokoも再び石丸家へ
7 Cusins 3 7 Cusins 4
7 Cusins 2 7 Cusins 1
ここに集まったみんなは80歳前後。みんな若く見えるでしょう。

さあ、旦さんとHirokoは大阪へ。大阪久美子さん、4、5年前シカゴから大阪に帰っているので会いに行くことにした。帯広から札幌へ、札幌から飛行機で大阪へ行く予定。しかし台風も来る予定。どうなることか。
台風は東北から太平洋へ抜けていっちゃった。でも雪の振る中札幌へ、そして次の朝無事飛行機で大阪へ。
1 Takoyaki 1 1 Takoyaki 2
大阪に着いてお昼に何をしようか。また匡輝のサジェスチョンでたこ焼き。美味しかった。
1 Takoyaki 3 1 Takoyaki 4
これがたこ焼きをつくっているところ。くるくると丸まるのだから不思議、不思議
2 Hotel 1
そのあとは大阪久美子さんが用意してくれたホテルへ。

それから大阪城見物へ。
3 Osaka C2 3 Osaka C1
ここは入り口だけど、大阪城まで随分あるかなければならないようだね。
3 Osaka C4 3 Osaka C3
やっと大阪城の入り口の近くに。
3 Osaka C6-1 3 Osaka C6
金の鯱と大阪市中が見渡せる大阪城の一番上まであがった。階段で昇ったの。元気でよかったね。毎日歩いているおかげかなあ。金の鯱は権力と自信の象徴
3 Osaka C7 3 Osaka C8
大阪久美子さんと金の鯱  
3 Osaka C5
大阪城での戦い
3 Osaka C9
若い人たちが当時の戦争風景をやって見せていた。

大阪城のあとは大阪久美子さんのお兄さんがやっているレストランで夕食
4 Dinner Kazu 1
「和」というレストラン。
4 Dinner Kazu 2 4 Dinner Kazu 3
旦さん、和レスランのご主人、大阪久美子さん。大阪久美子さんには大阪見物から、昼食、夕食、ホテルなどなど、いろいろお世話になってしまった。
4 Dinner Kazu 4 4 Dinner Kazu 5
レストランの内部
4 Dinner Kazu 6 4 Dinner Kazu 7
大阪久美子さん一生懸命お手伝いしていた。
4 Dinner Kazu 8
「和」レスランのご主人からいただいた高価で珍しいシーズニング効果大をいただいた。来年、庭に植えたら出るかなあ。

次の日
5 Sightseeing 1 5 Sightseeing 2
大阪久美子さんから水の町大阪をボートで観光しよう誘われ、ボートを待っているところ。
右側に見える写真のボートは水陸両用のボート。陸を走ってきて水に降りるところを見ると面白いとのこと。
5 sightseeing 3 5 Sightseeing 4
大阪支庁などなど、歴史的にも由緒ある多くのビルを見ることができた。
5 Sightseeing 5 5 Sightseeing 6
このボートの不思議なことのひとつ。低い橋の下を通るとき、屋根を低く出来るようになっている。左と右の写真を比べてください。屋根を支えている丸い支柱が右側の写真ではぺちゃんこになっているでしょう。それだけ屋根が低くなっているわけ。
5 Sightseeing 7
ボート観光を終わって。
6 Shopping 2 6 Shopping 1
天神橋ショッピングセンターへ。このショッピングセンターは1から6か7まであるそうだ。長い、長いショッピングセンターとのこと。本当にいろいろなお店があった。
7 Lunch 1 7 Lunch 2
さて、名残惜しいけど旦さん、Hirokoは東京へ。それで新幹線の駅、新大阪へ。そこに大阪の老舗のレスランがいっぱい入っている一角があって、またまた匡輝のサジェスチョン、大阪名物のうどんで昼食をすることにした。ここは有名なのだろう。人が一杯入っていた。でもやっと座れるところを確保して旦さんと大阪久美子さんは鴨うどん、Hirokoは狐うどんを頼んで楽しんだ。

さてこれで半分終わり。これからまだ東京と山形の旅行記IIIが続くから、また来てね。

今年は腰をひねることなく上手にターキーを焼けた。遅くなるけどいつか写真を載せるね。

じゃ、またね。
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プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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