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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

愛されている光子

愛されている光子 12 愛されている光子

光子の上の娘、グレースの結婚式だった。三百人以上が招待され、ブライド、グルームの付き人もそれぞれ友人達が五人もつき、祝された結婚のはじまりだった。

グレースは株式のブローカーの資格も取り、良い環境で順調に仕事をしていた。グレースのハズ、ジェームスも良い仕事をもち、収入も多く、二人は人が羨ましがるような結婚生活をはじめた。プール付きの家も郊外に購入し、グレースは幸せそうだった。グレースは結婚後も遠くの郊外の家から毎日曜日教会に出席し、日曜学校でティーンの子供たちを教えていたし、金曜日には教会にくる殆どの子供たちのための特別集会を開き、新しい子供たちを連れてくるように奨励して、楽しく遊び、その中でイエスのことを教えていた。ハズのジェームスはクリスチャンだと言ったが、あまり主に仕えることはしなかった。でもグレースが教会へ来て子供たちの指導していることに文句は言わなかった。それだけでも光子は感謝していた。

そんな二人の結婚生活をみながら、光子はいろいろ考えていた。グレースは小さい時からボーイ・クレージーで光子を困らせた。グレースがボーイ・クレージーなのか、グレースのほうに何かあるのか、周りにいるボーイたちがいつもグレースを構うのだった。六歳くらいのときから、髪の毛を引っ張られたり、靴のかかとを踏まれたりして、光子に文句を言っていた。光子はそんなとき、きっとそのボーイはグレースのことが好きなのかもしれないよと言ったりしたが、それは大人になってからのグレースには良い結果ではなかったようだ。ボーイたちが表す「好き」という感情に混乱したらしかった。その後もボーイたちから高価な送りものを沢山もらった。少し大きくなると、高価な宝石、貴金属品などを贈り物として貰っていた。髪を引っ張られたり、靴のかかとを踏まれたり、高価な贈り物のプレゼントで表される「好き」という感情の表現に、グレースは戸惑っていたらしかった。こんなグレースと、光子はボーイフレンドのことで、何と多く言い合ったことか。白人のお母さんたちは、娘たちが何歳であっても、ボーイフレンドができると喜んでいた。光子にはそんなふうに考えることは出来なかった。グレースは、友達のお母さんたちは違うと言い、ボーイたちと夕食後どこかに出かけるのは普通のことだと思っていた。それでグレースと光子の意見がいつも食い違い、言い合うことが多かった。

光子は、自分は母親で、子供は母親の言うことを聞き、従うべきだし、親のいうことは全面的に正しいのだと言った。それに聖書の教えは絶対であると思っている光子は、聖書の言葉を引用してはグレースと言い合った。
「グレース、親の言うことを聞くべきでしょう。」
「だって、キャーシーのお母さんは行ってもいいと言ったわよ。それに早く帰ってくるんだから。」
「キャシーのお母さんとママの言うことと一緒にしないでよ。ママはあなたのことを思って言うのよ。宿題はどうするの。それに明日は学校に行かなければならないのよ。」
「だからそんなに遅くならないうちに帰って来るって言ってるでしょう。宿題はもう終わったわ。」
「ママは駄目と言ったのよ。聖書には親の言うことに従う子は祝福されるってあるでしょう。」中学生くらいまではここまでで、グレースは何もいわず、黙ってしまっていた。でも高校生になるとそうはいかず、グレースは、
「聖書に、親は子供を苛立たせてはいけないってもあるのよ」と言った。光子には、それは屁理屈にしか聞こえず、そのようなグレースに、ママはあなたのことを思って言ってるのに、そんなことを言うなんて、あなたはママの言うことを聞けない悪い子だなどと言って、部屋に追いやった。

中学生のときは、プレゼントされたものは返すように、また映画を見に行ったり、お食事に出かけたりするときは、グループで行くことと言ってあった。そして必ず誰と誰が一緒に行くのかと煩く聞いた。そして二人だけでそんなところに行くことができるのは十六歳、高校二年になってからであることを強く言って聞かせていた。何回声を荒げてグレースと言い合ったことか。グレースは長女で、小さい時からボーイたちがグレースの周りにいて、光子はずいぶんと心を痛め、どのように扱えばいいのか分からず、恐れていた。そしていつも必要以上に酷い言葉でグレースを扱った。

グレースが高校二年になり公然とデートするようになったとき、一言の弁解も聞かずに、光子は一方的にグレースのデートの相手をけなしたり、悪く言ったりした。それと言うのもグレースが選ぶデートの相手がいつも教会では問題視されているボーイたちだった。親の目から見ると、この女の子、あの女の子とデートの相手を探しているようなボーイで、その上教会にはあまり来ないし、そのボーイたちの親も教会には来ていないことが多かった。光子は自分は正しいと思い、グレースと話し合ったり、静かに教えたりせず、一方的にこうしなさいとか、それをしてはいけないとか、聖書にはこのように書いてあるでしょうとか言って、グレースに命令した。

大学を選ぶときも、多くの子供たちが家から出て州外の大学へ行きたがり、自分に合った大学を見て回って選んでいた。でも光子は一方的にシカゴ市内にある州立大にするように言った。グレースはそれに従った。しかしその後、グレースはそんな光子を無視するようになり、大学に入ってからは何も言わなくなった。勉強も良くしたが、いろいろな人とデートを楽しんでいた。女の子がデートに出かけ、夜遅く、一時、二時に帰ってくるのは、どんなにか親の心を痛め、心配なことか、子供たちは分かってくれないのかと、光子は思って過ごしていた。

そして大学四年のときに知り合ったジェームスは、高価な送りものをしてグレースの心を捉えた。光子はこのボーイのことを余り知らなかった。教会で育った子ではなく、他の教会から来た子だった。でも初めて会ったときの印象では、口が重く、男尊女卑を建前にしているようなところがあった。光子のお父さん、旦さんと似ているところがあり、気にかかった。光子はグレースに聞いた。
「今度の人はクリスチャンなの。」
「ママ、今度会ったときに聞いたら。」
「いつ会わせてくれるの。家に連れてらっしゃいよ。」
「ママが批判して、反対するから連れて来られなかったのよ。」
「今は、連れて来られるの。」
「そうね。今度連れて来るわ。」
「そう。クリスチャンか、どうかは聞かなくちゃね。いつも言ってるでしょう。聖書にはノンクリスチャンと結婚してはいけないと書いてあるって。」
「もう何回も聞いたわよ。そうね、ウィーク・エンドにでも連れてくるから聞いてよ。ママが直接。」
「そう、土曜日の夕食にする。」
「相談して、返事するから。」
そんなことを話したあとで、グレースはジェームスを土曜日の夕食に、やっと連れて来てくれた。そのときの会話からジェームスが一応はクリスチャンであることは分かった。ジェームスは、自分が一番で、自分は何でもできるし、収入が高い良い仕事をしていることを自慢しているようなところがあると、光子は思った。あとで、光子は反対しているわけではないけれどと前置きして、そんな批評をグレースにはっきりと言った。グレースは、またママの反対がはじまったと言って耳を傾けてはくれなかったし、ジェームスはね、普通はお喋りで誰とでもよく話をするのよ。きっとママだから口が重かったんじゃないのなどと言われた。

その後しばらくして、ジェームスはグレースに高価なアパートをミシガン湖畔にあるハイライズに借りて、住まわせるようなことをしたが、光子には何の相談もなかった。そして結婚することにしたとの報告を受けた光子は、光子のお母さんが、光子が結婚するときに言ったことをグレースに言いたかった。でも今さら何を言っても思い、何も言わなかった。でも言うだけは言えばよかったとあとで後悔した。光子のお母さんが言ったことは、「光子。あなたの結婚にとやかく言うわけではなく、あなたの結婚を喜んでいるけど、あなたのお祖母さんもそうだったし、私も、どうもうちの家系には、夫に何を言われても言い返したり、夫に反抗したりせず、夫の言いなりになる弱さがあるんだよ。あなたもそのことでは気をつけなさいよ。」とのことだった。それを聞いたときは何を言われているのか分からなかったが、あとになって理解できた。それでグレースの結婚相手に対して持った疑問が、光子に言ったお母さんの言葉をグレースに言いたかったのだ。

グレースは結婚後十年経ったとき、息がつまると言って離婚を考え始めていた。自分の意見が言えず、言われるままに生活していることに自分を見失ってしまったと言った。光子のお母さんの言う通りだったことに、光子は驚いた。おしてお母さんの言ったことを言っておけば何かの役に立ったかもしれなかったなどと思い、後悔したのだ。グレースの離婚の話がはじまったとき、一緒に住むようになっていた舅、姑が病に倒れ、昼夜二時間毎に痛み止めの薬をあげなければならないため、一睡もできないような日が続く看病の最中にだった。グレースの離婚問題が起こったのは、光子の子育てが悪かったからだと思った。

それにずいぶん前の話になるが、下の娘、リンダはやっと大学を卒業し、将来何をすればいいのか分からず悩んでいたことがあった。リンダは勉強の嫌いな子だった。高校ではほとんど勉強せずに卒業を迎えてしまった。それで良い大学に行かれず、大学を卒業しても、リンダは将来のことで深く悩んでいたのだが、光子はそれが分からなかった。リンダは何も言わず、悩んだあげく、最後には自殺を試みた。そんなことがあったあと、環境を変えて勉強に励みたいと言って、日本語の勉強に日本へと発って行った。

グレースの離婚のことと一緒に、リンダに起きたこれらのことが心に蘇り、光子が全て悪かったのだと自分を責めた。子育てに失敗したことを思い、落ち込んでしまった。舅、姑を寝ずに看病することと重なり、光子は参ってしまった。旦さんは、グレースもリンダも女の子だから、教育は全て光子に任せてあったと言って、相談にならなかった。

光子は、このグレースの離婚の話が出る前に、悪霊追い出しの祈りをしてもらい、イエスの愛を深く知ることができるようになっていたのを感謝した。またその祈りをしてくれた牧師先生とは親しく話ができたことも感謝だった。神は光子の問題を先取りして準備してくれたように思えた。そうでなければ、光子は精神に異常をきたしていたかもしれなかった。牧師は苦しんでいる光子をみて、
「そんなに苦しむことはないよ。この世に完全な親なんていないんだから。それに父なる神も子育てに失敗しているよ。」
「えっ、神が失敗?!」
「そうだよ。アダムとイヴのことを考えてごらん。」
「ふーん。本当にそうだ。でも何だかおかしいなあ」と、光子は考えさせられたが、そんな神にもっと親しみを覚え、更に一歩近づき、話することができた。

そんなとき光子は、友人がお祖母さんになるベビー・シャワーに招かれた。いつもはこれらシャワーに出席するのが光子は楽しみだった。シャワーには、ウエディング・シャワーとベビー・シャワーがある。新婚生活、ベビーに必要なものをまた式の日、または予定された日の二、三週間前にプレゼントしてあげる。そして品物のプレゼントだけでなく、新婚生活に必要な知恵とか、赤ちゃんを扱う上の注意とかをサジェスチョンしてあげるのだ。でもこの友人の娘の赤ちゃんのためのシャワーに出席することは、光子には少し苦痛だった。そして更に辛かったのは、このシャワーに出席している人たちの中に、グレースが離婚するらしいということを知っている人がいた。その人が光子に、
「光子さん。あなたはお孫さんがもてなくなるね。淋しいね」と言った。いつもの光子なら、教会のサンデー・スクールの子供たちがみんな光子の孫みたいだからと、冗談交じりに言えるのに、その日は何も言えなかった。人の口というのは、時々人の心を突き刺す矢のような役目をする。恐ろしいことだ。そうだグレースにはまだ子供がいなかった。子供がいないのが離婚するときは助かることだ。親が離婚すると子供が可哀そうだと思い、その人が言ったことは辛いことだったが、子供がいないことは良かったと思えた。

グレースのことは、牧師先生にも来ていただき、みんなで話し合い、離婚しないで何とか二人でやって行くようにと話したが、全然駄目だった。グレースは離婚したいの一転張りで、とうとう離婚してしまった。そのあと教会へは出席しなくなった。

グレースの離婚、舅、姑の病、そして死などで転倒している光子たちのところに、二番目の娘、リンダが「神の時は美しい」という歌を聞き、そのときが来たことが分かったと言って、日本から帰ってきた。熱心に教会に出入りし、病人を見舞ったり、ナーシング・ホームを訪ねたりしていた。そのうち仕事を見つけ光子たちのところから出て行った。しばらくして、結婚したよと言ってやって来て、光子を驚かせた。五歳も年下のボーイだった。リンダは勉強しないことで光子を困らせ、高校生のとき多くの時間をかけて話し合い、最後には喧々囂々とやりあった。でもボーイのことでは心配しなかったのに、この突然の結婚のことには驚き、不安だった。結婚式もしなかったが、光子の友人たちに祝されて、何も持っていない二人のためにとシャワーをしてもらい、安いアパートだったが、イヌなど飼ったりして楽しそうに生活していた。

しかし二年くらいして暴力を振るわれて、着の身着のまま、リンダは逃げてきた。それでリンダを連れてアパートに行き、リンダのものを持ってきた。でも朝起きたらその子が光子のアパートの裏のポーチに寝ていたりして、恐ろしかった。その子が、「悪かった。これからは気をつけるから」と言うのでその子の話を聞いた。でもリンダに帰るようには言わなかった。リンダはデートしているときにも暴力を振るわれたが、自分がこの人を治してあげようと思って、結婚に踏み切ったそうだ。そのあといろいろあったが、子供もおらず、お金もなかったし、離婚が成立した。

光子の二人の娘は、それからは結婚せず、職業婦人として仕事に励んでいる。二人とも子供が生まれる前に離婚したので、光子たちには孫はいない。年末年始の挨拶状、そしてクリスマス・カードが、年末になるとたくさん送られてくる。その中の多くは、光子の友人たちが家族、そして孫に囲まれた写真で作ったカードだった。それを見て光子は、自分は神に愛されているだろうか。グレースの離婚騒ぎのとき、あの人が、孫がもてなくなって淋しいねと言ったなあなどと思い出される。

聖書の中では、女の数は数えないのが普通で、五切れのパンと一匹の魚で五千人に食べさせたミラクルでも、その五千人は男の数だけとのことだ。また旧約聖書の中の系図でも、普通は男の人の名前だけなのだ。女の子しかいない光子は、愛されているのだろうかなどと考えてしまう。その上、孫がいなくて淋しいでしょうと二、三の人に言われたし、これも光子が愛されているのだろうか考える理由だった。

光子は聖書の中のできごとや、人々が言うことによって、愛されているのだろうかなどと考え、滅入ったりはしないことにした。光子は情熱的に愛されていると思っている。愛され、祝福されていると思えることが多くあるからだ。イエスがいつも一緒にいてくれている確信がある。年をとると忘れることが多く、人を呼んでデナーをするときなど、忘れ物がないかと考え、これでよし、万事完了と安心すると、天ぷらするなら油が少ないよなどと思い出すのだ。光子は、イエスが側にいて見ていてくれているからだと思え、些細なことでも感謝する。教会で子供たちのミニストリーで働かなくなっても、ブログでイエスのことを書いたり、キリスト者でない人たちが編み物を習いたいなどと出入りしてくれたりしている。これもきっとイエスがこれらの人を送ってくれているからと感謝する。負け惜しみでなく、孫がいたらできないことをたくさん用意してくださるイエスに感謝している。

孫がいないことでは、グレースとリンダが老人になったとき淋しくないかなあと少し心にかかるときがあるくらいだ。この不景気のとき、グレースは株式ブローカーとして、職がなくなるかと思ったこともあったが毎日忙しく残業しているし、リンダも弁護士事務所で忙しく働かせてもらっている。これらのこともイエスに感謝できることだ。

ただ一つ、グレースとリンダがイエスを愛し、仕えるようになるために教会に戻ってくれるように祈っている。これが光子の肩に重くのしかかっている十字架である。「一度神に捕まりイエスを受け入れた者を神は離すことはない。人が神から離れても、神はしっかり捕まえててくれる。自分もそうだった。グレースもリンダも神に捕まえられていて必ず戻ってくる」と言ってくれた人に感謝している。光子の願い、祈りがいつ現実化されるか。光子の生きている間か、死んでからか。それは神の時だから分からない。

最後に、愛されていると思える光子の第一の理由は、神は何故か分からないが、光子をイエス・キリストを信じるものにして下さったことだ。これを思い大いに感謝し、光子は愛されていると考えている。
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Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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