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雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ち付けても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

愛されている光子

義人はいない、ひとりもいない

トントン。「ハロー。ごめんくだなさい。」
誰だろうこの忙しいときに。うちの夕食が早いということを知らない人だから、押し売りだろうと思って、戸を開けるのをためらった。戸を開けずに、「どなた」と聞いた。
「恵(けい)さんのお宅でしょうか。」
「あなたは誰。」
「ああ、済みません。ノースショア教会のホイットマン牧師ですが...。」
「えっ。どなた。教会だって。宗教には興味がないから。」
「先日、母の日にいらしてくださったお礼に訪問させていただいてるんです。」
「今、とっても忙しいのよ。夕食のものがこげちゃいそう。誰かよくわからないし。宗教には関係ないし。それに訪問するときは電話してからきてください。それでは...。」
「ああ、すみませんでした。今度電話させていただきます。」
ドアーの内と外での会話だったのでその人がどんな顔をして帰って行ったか分からないが、やれやれ帰ってくれたと考えてキッチンに行った。「オニオンが焦げちゃったじゃない」と独り言を言いながら、今夜のデナーのスパゲティーを作り続けた。スパゲティーを茹でるお湯も沸きあがっていて、「何分話したんだろうね。この忙しいときに牧師かなんか知らないが、電話もしないでくるなんて失礼だよ」と思った。それでもクッキングしながら今の会話を思い出して、はっとした。「母の日に尋ねた教会だって。そうだ。あれは井上さんの教会だ。井上の栄(さかえ)に誘われて、母の日にランチを一緒にする前に行ったんだ。リックは、教会か、しばらくぶりだなあ、行こうと行って、行ったんだ」と思い出し、今その先生に何か失礼なことを言ったように思えて、びっくりした。「教会へ行くのは考えなくちゃ。行った御礼に訪問して来るんだ。でも電話もしないで来るなんて。」
夕食のとき、リックにさっきあったことを話し、電話しないで来るなんでアメリカ人らしくなく失礼だよと言った。リックは、
「恵、電話がかかってきて、今から訪問したいと言われたら、おまえは何んと言う」と聞かれ、恵は、
「勿論、忙しいとか、予定があるとか言って断るよ。」
「そうだろう。牧師はちゃんと知ってるんだよ。それで電話なしで来たのさ。」
「ふーん。なるほどね。でも何だか騙されたみたいだよ。ところでリックは教会に、子供ときは行っていたって言ってだけど、今はどうなの。」
「うーん。教会ね。覚えている限り教会に行ってたなあ。聖書の中のいろいろな話…。」
「聖書って、何。」
「ハハハ…。聖書を知らないんだなあ。日本人だね。聖書は神の言葉を神の霊に感じて書いたと言われているんだから、神の言葉だよ。」
「ふーーーん。そんな本があるんだね。それで教会ではその本の話をするの。」
「いろんな話があるよ。」その夜、リックは聖書のことを少し話してくれた。
日本では、クリスチャンのくせになどと言って、クリスチャンは、アルコールを飲んでははいけない、タバコは吸ってはいけない、ダンスはいけない、あれはいけない、これはいけないとうるさく言うらしいし、生活の楽しみがなくなっちゃう。アルコール、タバコ、ダンスなど週末に友達と寄り集まって楽しんでいる今、教会は止めとこう。興味もないし。
井上さんに悪いことしたかなあ。今度会ったときに言っておこう。教会の牧師先生が来たけれども、戸も開けないで追い返しちゃったて。
週末に栄たちと会ったとき、教会の先生が来たことを言って、井上さんに謝ってくれと言った。栄のところにも来たそうだ。栄はママ(お姑さん)の手前もあるので先生を家に上げて一応挨拶をしたと言った。
「この間教会に来てくださってありがとう。キリスト教のことを何か知っているかということと、どうしてアメリカに来たのかなどと聞かれて、尋問されてるみたいだったよ。」
「いやだね。」
「教会へ行って大失敗だったね。ゴメンヨ。ママが行ってみたらなどと言うからさ。」
「いいよ。いいよ。教会では良かったよ。子供たちのクラスもあって、みんな親切に話しかけてくれたしね。」
「本当に、温かみがあって。いい人たちだったね。」
「キリスト教というと、あれもこれも、してはいけないことが多くて、若い私たちには向かないって思ったんだよ。もっと楽しみたいからね。」
「そうそう、この間、ママのところで日本から来た若いクリスチャンに会ったよ。」
「どんな子だった。クリーンで、スクエアだった。」
「うん。ママがいい子だ、いい子だ。お行儀はいいし、クリスチャンとして育てると、あんないい子になるなんて言ってたね。」
「ふーん。ママのクリスチャン・プロパギャンダだね。」
「お父さんがギデオンとかいうキリスト教の団体の北海道支部の支部長さんで、とっても厳格でね、ダンス、映画はだめ、スカートの丈まで決められるんだって。」
「だからさ。私は何を言われても教会はおわづけだよ。」
「でもその子面白いこと言ってたよ。厳格なお父さんなのに一人でアメリカに行ってギデオンのこと、アメリカのキリスト教のこと勉強しておいでと、ギデオン関係のおうちに泊まって、英語の勉強、キリスト教の勉強してるんだって。それでね。その子が分かったのは、キリスト教は、あれしてはいけない、これしてはいけない教じゃないんだって。」
「何それ。」
「ミシガンの方のアメリカ人の家庭にお世話になったとき、教会の若い人たちがソフト・ボールのゲームをする日があって、その子も誘われたんだって。でもソフト・ボールをやったことなかったんだって。お父さんがそのような楽しみは罪だって言うんだって。」
「わあ、罪なんて。そんな言葉聞きたくもない。それであんた何と言ったの。」
「勿論、私はクリスチャンじゃないから何が善くて何が悪いかなど言えないけど、ソフト・ボールが罪だなんていうキリスト教には興味がないというか反発を感じると言ったわよ。そしたら本当よね。日本に帰ったらクリスチャンの人たちはもっとのびのびとソフト・ボールなどをして楽しんでもいいって言おうと思ってるって。そこのうちのご夫妻は、お食事のあとなど楽しそうにダンスもしていたんですって。日本のキリスト教のイメージ変えなくちゃって意気込んでたよ。」
「そう。でもキリスト教と教会はいまのところ関係がないよ。」
「私もそうしたいけど、そうもいかないときがあるけどね。」
なんだか日本のキリスト教とアメリカのキリスト教は違うみたいで、一体キリスト教って何なのだろうと、恵は少し疑問をもったことは事実だった。
恵のお父さんも厳格な人だった。お父さんは地主で村会議員、恵と十六歳も年齢の違うお兄さんは立派な軍人だった。お父さんとこのお兄さんのもとで、恵は息がつけなかった。尋常小学校卒業のときに、恵は主役に選ばれ劇に出ることになった。その劇はヨーロッパが舞台で、そこに育ったある女の子の話だった。一幕目で、「青きドナウ」をバックミュージックに肩を少し出してドナウ河の水で髪の毛を洗い、その長い毛を梳きとかしているシーンがあった。そのシーンがはじまったとき、劇を見に来ていた恵のお父さんはつかつかと舞台に上がって、恵を引き下ろし、家に連れて帰った。お兄さんはそれを聞き、学校に抗議を申し込んだというようなこともあった。
恵は同じ村に住んでいる従兄弟のところへ行くのが息抜きだった。そこは恵の家とは反対で、従兄弟の大学の友人たちがたくさん来ていて、自由にいろいろなことを討論し合っていた。恵も政治、経済のことを話すのは好きで、仲間に入れてもらった。
その中の一人に信太郎がいた。恵はその信太郎に恋をした。信太郎も恵を思ってくれた。そうなると若い人たちはどんなに大勢の人がいても目と目で話し合い、会う日を決め、遠い街へ行き外で会うようになった。信太郎は大学生なのに文科であったため召集令状が来た。第二次大戦の終わりごろのことだった。信太郎が出征する前に二人は行きつくところまで行ってしまった。恵には悪いことをしているという意識はなかった。信太郎は結婚を約束してくれた。信太郎が出征したあと、恵は身ごもったことを知った。こんなことをお父さんやお兄さんに知られたら殺されると思った。お母さんに相談して、お母さんの実家に行き、子供が生まれるまでそこにいた。その子は養子に出された。信太郎は特攻隊に入れられ、敵艦に突撃して名誉の戦死を遂げてしまった。
第二次大戦は日本の敗戦で終わった。日本の指導者階級は大混乱に陥った。地主制は廃止され、土地は全ての人に平等に与えられた。軍隊はなくなり軍人は何をすればよいのか、みな気が抜けたようになってしまった。恵の家でもお父さんもお兄さんも混乱していた。家も進駐してきたアメリカ兵に一時借用という名目で没収されてしまった。恵の始末どころではなく、小さない家に移り、来る日も来る日も、お父さんとお兄さんは縁側に座ってため息をついては互いに顔を見合わせているばかりだった。
家を没収して使っていたアメリカの将校が帰国することになり、家を返してもらった。その将校がお父さんとお兄さんとに、アメリカに帰るときに、恵をアメリカに連れて行き、その家の子供たちのお守りをしてもらい、学校に行かせるとの話しがあった。お父さんとお兄さんとはいいことだと、その話を有難く受け入れた。恵には相談がなかったが、その話を聞いたとき、監獄にいるような生活から出られると思い、有難かった。
シカゴに来て、言葉が分からず、食べるものも違い、全てに戸惑い、神経衰弱のようになった。大学に行くようになり、栄に会え、栄の家族とも行き来できるようになって神経衰弱も良くなった。また大学で知り合ったリックと結婚し、子供が与えられ、恵の生活は順調だった。しかし二番目の子が生まれ、結婚六、七年目になったとき、恵は、何か埋めることのできない溝が二人の間にあるような感じをもった。それは恵だけでなくリックの方もそうだったようだ。リックは、考えたいことがあるので別れて暮らしたいと言って家を出て行った。
上の子が幼稚園を終わり、小学校へ行くようになった。恵はアメリカの小学校では修身を教えないのに気が付いた。子供たちに善悪を教える責任は家庭にあるのだろうか。栄が修身学習のことをどう思っているか知りたくて電話した。栄もそのことに気がつき、いろいろな人に意見を聞いてみたら、ある人が修身の勉強は教会でするのだと言ったことを聞いて、なるほどと思ったと言った。それを聞いて恵も考えさせられた。
そんな話をしたあとしばらくして、栄から電話があり、ママから言われたので子度たちを教会に行かせることにしたと言った。恵もそれを聞き、リックに相談するため電話することにした。リックも電話しようと考えていたところだったと言った。恵は事務的に、娘たちを教会に送ろうと思うけど、どう思うかと聞いた。リックは賛成だった。リックは自分たちも教会に行ってみるのもいいことかもしれないなどと言って、恵を驚かせた。
子供たちをはじめて教会に連れて行く日だった。あの牧師先生と顔を合わせたくないなあと思いながら教会に行くと、栄と教会の入り口で会い、サンディー・スクールの先生方に紹介してもらった。そのあと何をしてよいのか分からず、車に帰って座っていると、リックとの電話では話せなかったことをあれこれと考えた。考えても答えがなく、考えだけが駆け回り、その中にどっぶり浸かり、押しつぶされそうだった。サンディー・スクールが終わったらしく子供たちが出てきたので、恵も子供を連れに教会に入って行った。先生にお礼を言い、来週もまたいらっしゃいとの言葉に送られて教会を出た。子供たちはサンディー・スクールがとっても楽しかったので来週もまた来たいと言った。
それからは毎週子供たちを教会に連れて行ったが、教会の前に車を止め、子供たちだけを教会に送った。サンディー・スクールが終わるまで、恵は車の中で新聞を読んだりして待っていた。そんなある日、車の窓ガラスをコツコツと叩く音で、新聞から目を上げると、ハンサムな日本人の顔をした人が立っていた。ウインドーを下ろすと、その人は丁寧に自己紹介し、大人のクラスがはじまるから出席していただけるだろうかと聞いた。新しい牧師先生が来ることになり、その先生が大人のサンディー・スクールをはじめることになったのだと言った。恵は、あの先生がいないのが分かったことと、丁寧な誘いに、承諾してしまった。今まで聖書を読んだこともないし何も知らないのだと言うと、その人は聖書は何回読んでもはじめて読んだように思え、知っていると思っても知らないことが多いし、新しい先生で、みんな新しくスタートするのだからと言って、恵を安心させてくれた。
先生は背の高い初老の白人で、優しそうに一人一人を見て微笑んでいた。自己紹介が終わり、聖書の一番はじめの本、創世記を勉強しましょうと仰った。恵は何も分からないままクラスに出席するようになり、はじめてキリスト教の神はこの宇宙の創造主で、人をも創られたと聖書にあるのが分かった。いろいろ疑問が沸いたが、クラスの中で質問する勇気はなかった。何回が出席しているうちにキリスト教の神は愛の神で、人の必要を満たそうとパッショネートに愛してくれると仰った先生の言葉が忘れられず心に残った。
夕食の支度に忙しいとき電話がなった。上の娘が出て、何かいろいろ話していた。誰からの電話か心配になり娘のほうに行った。娘は電話を切り、
「マミー、ダディーが帰ってくるって。今夜。今の電話、ダディーからだったよ。」
「そう。今夜、ダディーが帰ってくるって。マミーに話したいって言わなかった。」
「ああ、そうか。嬉しくって、じゃ、あとでねって、切っちゃった。ゴメンネ。」
「いいよ。ダディーが話したかったらまたかけてくるよ。」
「だって今夜帰って来るんだから…。」
「そうだね。じゃ、今夜は何にしようか。」と娘のはしゃぐ気持ちに引きずられ、いろいろ思う思いを押しやって、娘と気持ちをあわせることにした。
でも夕食の支度をしながら、リックが今夜帰って来るが、この一ヶ月半のセパレーションは何だったのだろう。リックは問題が解決できたのだろうか。恵は考えているうちに、この間のサンディー・スクールで聞いた神の愛、パッショネートに人を愛してくれる愛の神のことを思い出していた。恵がリックに対して持っている不満の一つは、パッショネートな愛のないことだった。今までは若さにまかせ、栄たち、友人たちと生活を楽しんでいて、リックへの不満も底のほうに沈んでいた。でもその不満が心にあるので、ときどきリックを引きずり回すようなことをしていた。リックは、そんなことでも心が重かったこともあったのだろう。恵はサンディー・スクールに出席し、自分を省られるようになり、考えをもまとめられるようにもなったと思え、驚いた。
リックが帰って来たが変わったとは思われなかった。リックもサンディー・スクールに出席してくれるといいのだがと思ったが何も言わないことにした。それでも恵はサンディー・スクールに出席するようになり、キリスト教の神はパッショネートに人を愛してくれると聞いたが、聞いたことがあるかと聞いてみた。リックはパッショネートに愛してくれる神はお前に合っているのではないかと言った。何ごともなかったように前とあまり変わらない日常生活に戻った。でも恵は恵なりにリックをあまりプッシュしないことにした。
日曜日がきて、子供たちを連れて、教会に行ってくるよと言っただけで、リックを誘ったりせずに出かけた。その日は人が犯した罪の話だった。人の罪。罪なって言葉は聞きたくもない恵だった。愛の神、そして人間の罪。一体どんな関係なのか興味が沸いた。全ての人が生まれながらにして持っている罪、それは創世記にあるのだった。神のようになりたいと思う思いが罪のもとなのだと先生は仰った。先生は続けて、神のようになりたいと思う思いとは、自分がしていることは全て正しく、自分には罪がないと思う思いだ。アダムはエバが悪いから自分はそうなったと言い、エバは蛇が悪いと言い、みんな自分がしたことを人の責任にして、自分は悪くなかったと言っていると仰った。恵はそれ以上聞きたくなかった。こんなはずじゃなかった。恵の心の中に仕舞ってあるものをこの先生からほじくり返されているようだった。
恵は結婚もしないうちに子供生んだが、それは自分が悪いのではなく、お父さん、お兄さんの理解のなさ、頑固さが恵あそこまで追いやったと思っていた。先生は自分は悪くない、人が悪くさせたと思う思いが罪だと言った。
夜になって、その日サンディー・スクールで学んだことをリックに話し、全ての人は罪人だと先生は仰ったけど、リックも罪があるかと聞いてみた。リックは神に反抗することが罪だから、教会から離れ神に背を向けている今の自分は罪人だろうと言った。先生が仰ったように全ての人が罪人であるのはそれでうなづけた。一体その罪、悪をどうすればいいのかとリックに聞いた。リックはその先生を家に呼んでお昼でも食べながら話し合ったらどうか。自分もその先生に会いたいと言った。
恵は、自分が罪人であることは容易にうなづけた。しかし罪人と分かった今、何をすればいいのか。次の週に牧師先生と昼食を一緒にすることが待ち遠しかった。必ず何かが分かると思った。
恵は、イエスが十字架で人の罪のために死に、蘇り、またいつの日か帰ってくることを信じ、キリスト者になった。恵みは自分の罪深さを知っている分、イエスの愛を深く知ることができ、またパッショネートは愛を欲しがった分、イエスはその必要を満たしてくれた。恵はイエスなしには生きることのむなしさを知るようになった。
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プロフィール

Tsukasa Hiroko

Author:Tsukasa Hiroko
初めの家は塵でできており、砂の上に建っていました。
四十年前にシカゴで木の家を岩の上に建てさせていただきました。
今はレンガの家が岩の上に建つようにしていただいたようです。
金の家になれる日を望んでいます。

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